こんにちは、せいやです。

 

今日のテーマは「いつも言い合いでストレスがたまる」です。

 

前回は期待に答えてくれず、ストレスが溜まる話をしました。

自分の頭の中の相手への理想像が、現実とかけ離れたときに

期待し、失望するサイクルを繰り返します。

 

別の視点で言えば、ひとり遊びしているとも言えますね。

 

今日は「言い合い」をテーマに話していこうと思います。

 

ああいえば、こういわれる。

 

相手に指摘すると、相手からもしてきされる。

 

今週は上司同士のこの「言い合い」に挟まれそうになり、

ずっと観察していました。

 

ここで私が思ったことは

・自分の人生に責任を持っているか?

・その責任をどう捉えているか?

・個人ではなく集団になったときにどう責任を果たしていくか?

 

私は人生の起きることはすべて、自分の内側に原因の種があり、

すべての起こることは自分の責任だと思っています。

 

例えば、生活習慣が悪くて健康診断に引っかかったのは自分の責任だと

みなさんも共感いただけると思います。

 

しかし、チームメンバーが目の前で喧嘩していたらどうでしょうか?

 

私はこれも自分の責任だと思っています。

チームリーダーだからではなく、人生は人との関係性で成り立ち

関わっている以上、当事者だと思っているからです。

 

ではなぜか?

 

私の上司同士の問題は私のコミュニケーション方法にも問題がりました。

複数チームを兼務し、複数プロジェクトのマネジメントも担当しており

それぞれで私にとっては上司が変わってきます。

 

しかし、過去の私は心の奥に強い劣等感をもっていたときに

誰かの役に立つことで、劣等感をわすれ、自分を肯定していました。

 

みなさんも同様のことはないでしょうか?

 

私はよく人の揉め事に挟まれることが多かったのですが、

問題解決をすれば、自分の存在を肯定できるツールとして

活用をしていました。

 

問題解決能力を上げるためには仕事のできる人から

学ぶことが一番と思い一部の人を蔑ろにしてしまう傾向があります。

 

その蔑ろがその上司同士の言い合いの火種になっていたり、

一部の原因になっていることをみました。

 

私も反省し、人生は関係性と思いながら利害関係重視の仕事では

できていませんでした。

 

私は一人ひとりしっかり、関係性を再構築しようとしたら

上司の苦悩も見えてきて、業務の分担をして

チームとして一層、結果を出せる関係性に徐々に強まってきています。

 

この例は間接的に自分が言い合いに関わっている例です。

 

しかし、見えないレベルで本来人と人は関わっています。

チームで何かする時に発言がなくともひとりひとり意識があるように

集団の意識というものがあります。

 

集団の方向性や考え方の癖や文化、場の空気などさまざまな要因が

混ざり合って、集団の意識があります。

 

この集団の意識に属している以上、ひとりひとりの責任が生じるのです。

 

個人でも集団でも自分の責任を持っているとわかれば、

解決に向けて脳も動き出し、アイデアが出てきます。

 

自分に責任がないと思えば、与えられている現実をより良くする

コントローラーを自ら捨て、傍観することしかできない状態になります。

 

ぜひ、この1週間傍観しているだけになっていないか?

自分でできることはないか?

 

意識するだけでも、あなたの抱えている問題は1mmでも進みます。

この積み重ねが人生をよりよくしていくのです。

 

ここまで、お読みいただきありがとうございました。

みなさまの人生がよりよくなりますように。