はじめに
施術家やパーソナルトレーナーとして、私たちは日々、クライアントの健康とパフォーマンス向上のために尽力しています。
その中で、「正しい姿勢」を指導することは、ケガの予防や快適な身体づくりの第一歩と言えます。
しかし、立位姿勢に関する一般的な指導の一つに──「膝とつま先を正面に揃える」──があります。
これについては、解剖学の最新知見から見直すべき点があるかもしれません。
実はご存じの方も多いと思いますが、解剖学的には立位ニュートラルポジションでは足部が5〜15度外側に開くのが自然なアライメントだとされています(Neumann, 2017)。
これは多くの姿勢評価の専門書には記載されている事ですが、不思議な事に日本の運動指導の現場では浸透しておらず、むしろ「膝とつま先は正面を向く」姿勢の指導が一般化されています。
今後の運動指導の現場で解剖学的なニュートラルポジションの視点を取り入れていくことで、多くのクライアントの股関節、膝、足関節の長期的な健康を守れる可能性がある事を一緒に探っていきたいと思います。
「つま先正面」が広まった背景:私たちを取り巻く環境
多くの指導現場で「膝とつま先を正面に」と教わってきた私たちですが、このルールが広まった背景には、いくつかの理由があります。
これらは、私たち全員が置かれている環境の産物であり、誰もが自然に受け入れてきたものです。
見た目の美しさへの期待
整った姿勢は「美しい」とされ、つま先が外に開く姿勢は「だらしない」と感じられがちです。クライアントや指導者として、見た目に配慮するのは自然なこと。この文化的価値観が、指導の基準に影響を与えてきました。
指導のシンプルさの魅力
フィットネスやリハビリでは、複雑な解剖学よりも「分かりやすいルール」が求められます。「つま先を正面に」は、教えやすく、統一感のある指導が可能です。そのような現場でクライアントに伝わりやすい方法を選んできた結果かもしれません。
安全性の強調
スクワットなどのトレーニングで「膝とつま先の方向を揃える」指導は、膝の剪断力を軽減する安全策として広まりました。このルールが、立位姿勢にも当てはまると解釈され、広く一般化されたのかもしれません。
知識のアップデートの難しさ
脛骨の外捻じれや股関節の前捻角といった解剖学的詳細は、忙しい現場では見落とされがちです。私たちも、日々の業務の中で最新の知見を取り入れるのは簡単ではありません。
メディアの影響
SNSやトレーニング動画では、視覚的に整った「つま先正面」の姿勢が好まれる傾向があります。私たちも、こうした情報に無意識に影響を受けているかもしれません。
これらの背景を振り返ると、「つま先正面」が広まったのは、私たちがクライアントのために最善を尽くそうとした結果とも言えます。
しかし、解剖学の視点から見ると、別の可能性が見えてきます。
解剖学が教えてくれること:自然な立位アライメント
新関真人著『臨床で毎日使える図解姿勢検査法』では、立位でのつま先の向きは5~18度が正常と記されています(新関, 2003)。
『筋骨格系のキネシオロジー』によると、「脛骨は下腿部で軽度の外捻じれを示し、膝が正面を向くとき、足部は5~15度外側に開く」(Neumann, 2017)。
その他多くの書籍で、立位ニュートラルポジションでは膝が正面を向く時にはつま先はやや外側と明記されています。
その理由としては、脛骨が膝から足首に向かって10~15度外側に捻じれているのが正常だからです。
このため、膝が正面を向くとき、つま先は自然に外側を向くのが一般的です。ただし、脛骨が内捻するケースもまれにあり、個人差に注意が必要です。
この自然なつま先の外旋は、股関節や膝の力学的負荷を軽減し、関節の健康を保つ役割を果たします。
立位のニュートラルポジションの誤解と同様に、歩行時もつま先は正面を向くと誤解されがちですが、通常の歩行では足角は平均7~12度外側に開き、スムーズな推進力を生み出します(Ito et al., 2001)。
また、先ほどは脛骨の捻じれに個人差があり注意すべきと記しましたが、股関節の形態、特に大腿骨頸部の前捻角にも個人差があり、つま先の向きに影響する点も留意しなくてはいけません。
特に後捻股の人では、つま先を正面に固定すると股関節の可動域が制限され、詰まり感が生じやすいという報告もあります(Audenaert et al., 2012)。
このような個体差を考慮すると、クライアント一人ひとりの「ニュートラルポジション」を見つける重要性がわかります。
気づかないうちに潜むリスク:長期的な関節への影響
もし、足部を無理に正面に固定する指導を続けると、クライアントの身体にどのような影響があるでしょうか。以下は、解剖学の知見から見えてくる、気づかないうちに起こりうる可能性です。
股関節への負担
足部を正面に固定すると、股関節が過度に内旋し、股関節周囲筋群(小殿筋や大腿筋膜張筋)に緊張が生じます。「この内旋ストレスは、大腿骨頭と寛骨臼の異常接触(FAI)を誘発し、変形性股関節症のリスクを高める可能性がある」(Ganz et al., 2003)。特に後捻股のクライアントでは、股関節の違和感や疼痛が現れやすいことが報告されています。
膝関節のストレス
自然な立位では、脛骨の外捻じれにより足部が外旋しますが、正面に固定すると膝に不自然な捻じれが生じます。「この非生理的な負荷は、軟骨や靭帯に慢性的なストレスを与え、変形性膝関節症のリスクを増大させる」(Neumann, 2017)。
足関節と全身への影響
足部の不自然な位置は、アーチ構造や距腿関節の安定性を損ない、扁平足や外反母趾のリスクを高めます。さらに、下肢のアライメントの乱れは骨盤や体幹に波及し、腰痛や姿勢不良を引き起こす可能性があります。
これらのリスクは、すぐに顕在化するものではありません。
しかし、若い世代がこの姿勢を習慣化することで、将来、股関節や膝の不具合が増える可能性は無視できません。私たち指導者として、こうした長期的な影響を未然に防ぐ視点が求められています。
私たちにできること:新たな学びと実践
この新たな視点を取り入れるために、以下のステップを一緒に考えてみましょう。
解剖学の学び直し
『筋骨格系のキネシオロジー』(Neumann, 2017)や新関真人著『臨床で毎日使える図解姿勢検査法』(新関, 2003)などを手に取り、脛骨の外捻じれや股関節の前捻角について再確認してみましょう。「足部の自然な外旋は、股関節と膝の力学的負荷を最適化する」(Neumann, 2017)。こうした知識は、クライアントへの指導に新たな深みを加えます。
クライアントごとのアライメント探求
「股関節の形態は個人差があり、足部の自然な外旋に影響する」(Audenaert et al., 2012)。一人ひとりの骨格や可動域に合わせたニュートラルポジションを見極めることで、より安全で効果的な指導が可能です。
知識の共有と啓発
このコラムに記した『足部が5~15度外旋する自然な立位』のメリットを、クライアントや同僚と気軽に話題にしてみましょう。たとえば、指導後に『つま先の角度で楽に立てるポジション』を一緒に試してみるのも良いかもしれません。互いにオープンに意見交換することで、クライアントの健康をさらに守れます。
おわりに
「つま先を正面に」という指導は、私たちがクライアントのために選んできた方法の一つです。しかし、解剖学の知見から考えると、足部がわずかに外旋する姿勢の方が関節に優しい可能性が見えてきました。
この気づきは、私たちの指導をより良くするための新たな一歩です。
クライアントがより楽に動き、関節の健康を長く保てるよう、私たち自身も学び続け、一人ひとりに合った姿勢を一緒に探っていきましょう。
共に、クライアントの笑顔と業界の未来をより良くしていけるはずです。
参考文献
Neumann, D. A. (2017). 筋骨格系のキネシオロジー:リハビリテーションの基礎(第3版). 医道の日本社(原著:Kinesiology of the Musculoskeletal System: Foundations for Rehabilitation (3rd ed.). Elsevier).
新関真人. (2003). 臨床で毎日使える図解姿勢検査法. 医道の日本社.
Ganz, R., et al. (2003). Femoroacetabular impingement: A cause for osteoarthritis of the hip. Clinical Orthopaedics and Related Research.
Ito, K., et al. (2001). Three-dimensional kinematics of the hip joint. Journal of Biomechanics.
Audenaert, E. A., et al. (2012). Hip morphological characteristics and range of motion. Journal of Orthopaedic Research.