TC研究会 姿勢制御を考えるコラム|第2回

人は「姿勢が崩れてから」
立て直しているのか?

前回のコラムでは、「動きを良くしたいなら、動きだけを見てはいけない」という話をしました。

私たちはつい、走る、投げる、蹴る、跳ぶといった「目に見える運動」に注目します。

しかし、その運動が成立するためには、身体を空間の中で適切に保つ姿勢制御が必要です。

そして、ここで前回の内容をもう一つ思い出してください。

姿勢制御は、単に「この筋肉が強いから姿勢を保てる」といった単純な仕組みではありません。

Horakらが示したように、バイオメカニクス的制約、感覚戦略、空間定位、運動戦略、動的制御、認知処理。こうした複数の要因が相互作用しながら、私たちはその場、その課題に応じた姿勢をつくっています。

姿勢制御とは、「正しい姿勢を維持する能力」ではなく、状況に応じて適切な戦略を選択し続ける能力とも考えられるのです。

では、実際に私たちはどのように姿勢を制御しているのでしょうか。

姿勢が崩れたとき、人間はどうやって立て直すのか?

たとえば、立っている人を後ろから軽く押したとします。

身体の重心がわずかに動けば、足関節を中心とした調節によって姿勢を保つことができます。いわゆる足関節戦略(ankle strategy)です。

外乱が大きくなったり、支持面や課題の条件が変化したりすれば、今度は股関節を大きく使う股関節戦略(hip strategy)が選択されます。

さらに、それだけでは支持基底面の中に重心を保てなければ、一歩踏み出すステッピング戦略(stepping strategy)が必要になります。

「足関節戦略が正解で、股関節戦略は間違い」という話ではありません。

そのときの外乱、支持面、身体機能、感覚情報、過去の経験などに応じて、適切な戦略を選択できることが重要なのです。

ところが、この「戦略の選択」は誰でも同じように行えるわけではありません。

高齢者が小さな外乱でも股関節を大きく使うのはなぜか?

たとえば、高齢者の姿勢制御を観察すると分かりやすいでしょう。

若年者では比較的小さく緩やかな外乱に対して、足関節を中心とした戦略によって対応できる場面があります。

一方、加齢や身体機能、感覚機能などの変化によって、より早い段階から股関節を大きく使う反応がみられることがあります。

ここで重要なのは、「股関節を使ったから悪い」のではないということです。

問題になるのは、本来なら複数の選択肢を持っているはずなのに、状況に応じた柔軟な戦略の選択ができなくなることです。

小さな外乱にも大きく反応する。あるいは逆に、大きな外乱なのに十分な戦略変更ができない。

姿勢制御能力とは、単に「グラグラしない能力」ではなく、環境や課題の変化に合わせて、適切な戦略を選び、切り替えられる能力でもあるわけです。

実は、もっと古くから「姿勢を保つ戦略」は考えられていた

ここで少し別の角度から見てみましょう。

姿勢制御を考える古典的な概念の一つに、Klein-Vogelbachによる考え方があります。

カウンターアクティビティ(CA):筋活動によって身体を安定させる
カウンターウェイト(CW):身体各部の質量配置によって釣り合わせる
カウンタームーブメント(CM):目的動作とは反対方向への予備的な動きを利用する

カウンターアクティビティ(CA)

カウンタームーブメント(CM)

カウンターウェイト(CW)

*イラストは資料①より引用改変

簡単にいえば、人間は身体の一部が動いたとき、それによって生じる重心変化に対して、別の身体部位や筋活動を使ってバランスを取ります。

たとえば上半身が一方向へ移動すれば、下半身を反対方向へ移動させる。そうすることで、身体全体の重心を支持基底面の中に保とうとする。

これは非常に合理的な戦略です。ただし、ここでも大切なのは、「その戦略しか使えない」となると話が変わってくるということです。

スウェイバック姿勢を「姿勢の形」だけで見ない

では、この3つの考え方を実際の姿勢に当てはめてみましょう。

たとえば、いわゆるスウェイバック姿勢です。

骨盤が前方へ移動し、上半身が後方へ位置する。一般的には「不良姿勢」の一つとして捉えられる姿勢ですが、単純に「腹筋が弱い」「臀筋が弱い」「骨盤の位置が悪い」といった筋力やアライメントだけの問題として見てしまうと、なぜその人がその姿勢を選んでいるのかが見えなくなります。

この視点からスウェイバック姿勢を見ると、少し違ったものが見えてきます。

骨盤を前方へ移動させ、上半身を後方へ配置する。つまり、筋活動によって積極的に身体を支えるCAへの依存を小さくしながら、身体各部の配置によるCW(カウンターウェイト)を利用してバランスを保っている、と捉えることができます。

さらに、股関節周囲では筋による能動的な支持だけではなく、関節包や靱帯などの受動的組織にも依存しやすい姿勢になります。

「筋肉で支え続けるより、骨格や受動的組織、身体の配置を利用して立っていた方が楽」

そう考えると、スウェイバック姿勢も、その人の身体が何も考えずに崩れた結果というより、その時点の身体条件の中で選択している代償的なバランス戦略として見ることができます。

ただし――

「合理的な代償」であることと、
「機能的に優れた戦略」であることは同じではありません。

CWや受動的組織への依存が大きくなり、CAによる能動的な安定性を十分に利用できなければ、次の運動へ移るときに使える戦略の幅が狭くなります。

その結果、動き出すために身体を一度大きく揺らしたり、反対方向への予備動作を利用したりするなど、CM(カウンタームーブメント)への依存が大きくなることも考えられます。

また、特定の関節や受動的組織への負荷が集中したり、別の筋群が過剰に働いて安定性を補ったりする可能性もあります。

つまり問題なのは、「スウェイバックという形をしていること」だけではありません。

なぜCWに頼らなければならないのか?
なぜCAを十分に利用できないのか?
必要な場面で別の戦略へ切り替えることができるのか?

臨床やトレーニングの現場で大切なのは、単に「姿勢を良くしてください」と見た目を修正することではありません。

なぜ、その人はその姿勢制御戦略を選ばざるを得なかったのか。

そこまで考えて初めて、その人に必要な介入が見えてきます。

そしてこれは、先ほどお話しした高齢者の足関節戦略・股関節戦略の話とも共通しています。

どの戦略を使うことが「正しい」「間違い」ということではありません。問題は、特定の戦略に依存し、状況に応じて柔軟に戦略を切り替えられなくなることです。

「崩れてから立て直す」だけが姿勢制御ではない

ここまでの話は、主に姿勢が変化したときに、人間がどのような戦略を使って対応するかという話でした。

しかし、人間の姿勢制御には、もう一つ非常に重要な仕組みがあります。

実は私たちの身体は、姿勢が崩れてから、初めて対応しているわけではありません。

たとえば、立った状態から素早く腕を前方へ挙げるとします。

腕という質量が前方へ移動すれば、その反作用によって身体の重心も影響を受けます。

「腕が動いた」

「身体が揺れた」

「まずい、姿勢を戻そう」

もし身体がこの順番でしか制御できなければ、私たちの動作は非常に不安定で非効率なものになってしまいます。

実際の身体は違います。

「これから腕を動かす」ことによって起こる姿勢変化を予測し、腕が動き出す前から身体を準備しています。

予測的姿勢調節

Anticipatory Postural Adjustments:APA

*スライドは資料②より引用改変

一方、実際に外乱が生じた後や、予測しきれなかった姿勢変化に対して身体を立て直す反応は、代償的姿勢調節(Compensatory Postural Adjustments:CPA)と呼ばれます。

もちろんCPAも必要な姿勢制御です。予測できない外乱は日常生活にもスポーツにも存在しますから、CPAそのものが「悪い」という話ではありません。

しかし、もし本来予測できるはずの運動に対して十分な準備ができず、常に姿勢が変化してから大きな反応で立て直しているとしたらどうでしょう。

そこで先ほどの「運動戦略」の話につながります。

柔軟な姿勢制御ができなければ、柔軟な運動制御もできない

第1回でお話ししたように、運動制御は姿勢制御と切り離して考えることができません。

状況に応じて柔軟な姿勢制御戦略を選択できないということは、その上で行われる運動制御もまた、柔軟性を失う可能性があるということになります。

小さな外乱なのに、大きく股関節を使わなければ対応できない。

身体の一部を動かすたびに、別の部分を大きくカウンターウェイトさせなければ姿勢を保てない。

本来なら動作の前に準備できるはずの姿勢制御を、動作が始まってから大きな反応によって補わなければならない。

これらを単純に「筋力が弱い」「フォームが悪い」という一言だけで説明してしまうと、その人の身体で実際に起こっていることを見落としてしまうかもしれません。

どの戦略を使ったかだけではなく、なぜその戦略を選ばざるを得なかったのか。

そして、動く前に、その運動に必要な姿勢を準備できていたのか。

という視点が重要になります。

では、この「動く前の準備」は、身体のどこで、どのように行われているのでしょうか。

ここから、ある非常に興味深い研究の歴史につながっていきます。

それが――

体幹深部筋の事前活動です。

そして、この現象が大きく注目されるようになった背景には、意外にも腰痛リハビリテーションの歴史がありました。

※本コラムは教育目的の一般的な解説です。個別の評価・治療・運動処方を目的としたものではありません。

資料① スポーツPNFトレーニング 覚張ら著 大修館書店

資料② 脳卒中の動作分析 金子著 医学書院