TC研究会 姿勢制御を考えるコラム|第1回
「動きを良くしたい」なら、
動きだけを見てはいけない
トレーニングやリハビリテーションの現場では、「運動制御(モーターコントロール)」という言葉を耳にする機会が増えました。
走る。投げる。蹴る。跳ぶ。
こうした動作を、より効率よく、より正確に行うために、私たちは「どう動くか」を考えます。
しかし、ここには一つ、大きな見落としがあります。
その運動を行うための「姿勢」は、そもそも制御できているでしょうか?
たとえば、ランニングを考えてみましょう。
腰の位置を高く保ち、安定した重心位置で走ることを目標にしている選手がいるとします。そこで腿上げや各種ドリルを繰り返し、「脚をどう動かすか」を指導する。
ところが、その選手が片脚を持ち上げた瞬間に、骨盤や体幹の位置を保てないとしたらどうでしょう。
問題は、本当に「脚の動かし方」だけなのでしょうか。
そもそも運動とは、空間の中で身体を一定の状態に保ちながら行われるものです。

運動制御の前提には、姿勢制御がある。
ここを抜きにして「良い動き」だけを追いかけても、問題の本質にたどり着けないことがあります。
図1|姿勢制御を背景として運動制御が成立するイメージ
姿勢制御と運動制御は、別々のものなのか?
中枢神経系の障害に対するリハビリテーション領域では、姿勢制御と運動制御の関係が非常に重視されています。
参考として、リハビリテーション領域で知られる「ストロークラボ」の資料を見ると、上肢を挙上するという一見単純な運動の背景にも、姿勢制御が存在していることが示されています。
私自身、以前は「姿勢制御」という土台の上に「運動制御」が乗っている、そんなピラミッドのような関係をイメージしていました。
しかし、この図を見ると少し違った見方ができます。
運動制御は姿勢制御と切り離されたものではなく、姿勢制御という大きな営みの中で成立している。
私たちが日常的に指導するクライアントの多くは、中枢神経系疾患を有しているわけではありません。それでも、この考え方はトレーニング現場にとって大いに参考になるのではないでしょうか。
「どの筋肉が弱いのか?」という発想
姿勢を考えるとき、私たちは長い間、筋肉を中心に考えてきました。
姿勢を維持するためには抗重力筋が働く。姿勢が崩れているなら、〇〇筋が弱いのではないか。
だから、その筋肉を鍛えればいい。
この考え方は、とても分かりやすいものです。
しかし、人間の姿勢制御は本当にそれほど単純なのでしょうか。
まったく同じ筋力を持つ人でも、安定した床に立つ場合と不安定な場所に立つ場合では、姿勢の制御方法が変わります。目を開けている場合と閉じている場合でも変わります。さらに、恐怖を感じているか、別の課題に注意を向けているかによっても変化します。
だとすれば、「この筋肉が働けば、この姿勢が保てる」という一対一の説明だけでは足りません。
姿勢は「筋肉」ではなく「システム」で制御される
知覚、認知、情動、過去の経験、課題、環境。人間の運動には、単なる筋力や関節可動域だけでは説明できない多くの要因が関係します。
姿勢制御の考え方も、古典的な反射中心の捉え方から、階層理論、運動プログラム理論、システム理論、生態学的理論などへと発展してきました。
現在では、姿勢は単一の筋肉や単一の反射だけで成立するものではなく、複数の要素が相互作用するシステムとして捉えられています。
この考え方を姿勢制御へと整理した代表的研究者の一人が、神経科学者・理学療法士のHorakです。
Horakらは、姿勢制御には大きく「姿勢定位(postural orientation)」と「姿勢平衡(postural equilibrium)」という二つの機能的目標があるとしています。
姿勢定位とは、環境や身体の状態に応じて感覚情報の重みづけを調整しながら、身体各部の位置関係を適切に保つこと。
姿勢平衡とは、内外部から生じる不安定性に対して身体質量中心を安定させるよう、運動戦略を協調させることです。
そしてHorakらの整理では、姿勢制御には大きく次の6つの要因が関わります。
・バイオメカニクス的制約
・運動戦略
・感覚戦略
・空間における身体の定位
・動的制御
・認知処理
図2|姿勢制御は6要因の相互作用として考える
バイオメカニクス的制約
トレーナーがイメージする姿勢制御は、大きくはここに含まれるでしょう。筋力、関節可動域、支持基底面内でバランスを保つための安定性限界などです。
感覚戦略
主に視覚、前庭感覚、体性感覚です。重要なのは、これらの感覚を常に同じ割合で使うわけではないこと。環境や課題に応じて、どの感覚情報をより重視するかを変化させます。いわゆる「感覚情報の重みづけ」です。
空間定位
重力に対して身体がどのように位置しているのか。身体の向きや垂直知覚なども含まれます。
このほかにも動的制御、認知処理、運動戦略がありますが、ここですべてを解説すると本題から離れてしまうため、詳細は割愛します。
大切なのは、この6つを暗記することではありません。これらは独立して働いているわけではない、ということです。
身体の構造が変われば、選択できる運動戦略も変わる。
視覚や前庭感覚、体性感覚から入ってくる情報が変われば、身体の位置をどう認識するかも変わる。
さらに、課題の難易度や注意などによっても選択される戦略は変化します。
つまり姿勢とは、「正しい筋肉を働かせれば完成するもの」ではありません。
身体、感覚、環境、課題、認知。
それらの条件に応じて、その瞬間その瞬間に解決され続けている問題なのです。
6つの要因の中でも、臨床で特に注目したい「運動戦略」
Horakのモデルでは、これら6つの要因に明確な優先順位がつけられているわけではありません。姿勢制御は、それぞれの要因が相互作用することで成立します。
一方、リハビリテーションの臨床では、機能的な運動を獲得するために、まず姿勢の安定性を確保するという考え方が重視されています。
なぜなら、私たちは手足を動かしてから姿勢を整えているだけではないからです。
身体は、これから起こる運動によって重心がどのように変化するかを予測し、主動作が起こる前から姿勢を準備しています。
これが「予測的姿勢調節(Anticipatory Postural Adjustments:APA)」です。
たとえば腕や脚を素早く動かすとき、身体は手足が動いてから慌てて姿勢を立て直しているわけではありません。運動によって生じる姿勢の乱れを見越し、主動作に先行して姿勢を準備します。
一方、実際に外乱が加わった後、あるいは予測しきれなかった姿勢変化が生じた後に身体を立て直す反応は、代償的姿勢調節(Compensatory Postural Adjustments:CPA)と呼ばれます。
APAが十分に機能しない場合、結果としてCPAへの依存が大きくなり、より反応的・代償的な姿勢制御になりやすくなります。
つまり、機能的な運動には「筋力があること」だけでなく、動作が始まる前に、次に起こることを予測して安定性を準備できることが重要なのです。
図3|「動く前」に身体を準備するAPAのイメージ
そして、このAPAの研究をたどっていくと、体幹トレーニングを考えるうえで非常に重要なテーマにぶつかります。
体幹深部筋の事前活動です。
腹横筋、多裂筋、横隔膜、骨盤底筋群など、いわゆる「インナーユニット」と呼ばれてきた筋群は、なぜこれほど体幹トレーニングの世界で注目されるようになったのでしょうか。
その背景には、腰痛リハビリテーションをめぐる長い研究の歴史があります。
そして、その歴史を振り返ると、
「腹圧を高めれば腰は安定する」
「インナーマッスルを鍛えればいい」
「体幹は固めればいい」
という現在でもよく聞く説明が、どこから生まれ、そしてなぜそれだけでは説明できなくなっていったのかが見えてきます。
次回予告
「次回は、この姿勢制御の中でも特に興味深い『動く前に姿勢を準備する仕組み』について、もう少し掘り下げてみたいと思います。」
TC研究会 姿勢制御を考えるコラム|第1回
「動きを良くしたい」なら、
動きだけを見てはいけない
トレーニングやリハビリテーションの現場では、「運動制御(モーターコントロール)」という言葉を耳にする機会が増えました。
走る。投げる。蹴る。跳ぶ。
こうした動作を、より効率よく、より正確に行うために、私たちは「どう動くか」を考えます。
しかし、ここには一つ、大きな見落としがあります。
その運動を行うための「姿勢」は、そもそも制御できているでしょうか?
たとえば、ランニングを考えてみましょう。
腰の位置を高く保ち、安定した重心位置で走ることを目標にしている選手がいるとします。そこで腿上げや各種ドリルを繰り返し、「脚をどう動かすか」を指導する。
ところが、その選手が片脚を持ち上げた瞬間に、骨盤や体幹の位置を保てないとしたらどうでしょう。
問題は、本当に「脚の動かし方」だけなのでしょうか。
そもそも運動とは、空間の中で身体を一定の状態に保ちながら行われるものです。

運動制御の前提には、姿勢制御がある。
ここを抜きにして「良い動き」だけを追いかけても、問題の本質にたどり着けないことがあります。
図1|姿勢制御を背景として運動制御が成立するイメージ
姿勢制御と運動制御は、別々のものなのか?
中枢神経系の障害に対するリハビリテーション領域では、姿勢制御と運動制御の関係が非常に重視されています。
参考として、リハビリテーション領域で知られる「ストロークラボ」の資料を見ると、上肢を挙上するという一見単純な運動の背景にも、姿勢制御が存在していることが示されています。
私自身、以前は「姿勢制御」という土台の上に「運動制御」が乗っている、そんなピラミッドのような関係をイメージしていました。
しかし、この図を見ると少し違った見方ができます。
運動制御は姿勢制御と切り離されたものではなく、姿勢制御という大きな営みの中で成立している。
私たちが日常的に指導するクライアントの多くは、中枢神経系疾患を有しているわけではありません。それでも、この考え方はトレーニング現場にとって大いに参考になるのではないでしょうか。
「どの筋肉が弱いのか?」という発想
姿勢を考えるとき、私たちは長い間、筋肉を中心に考えてきました。
姿勢を維持するためには抗重力筋が働く。姿勢が崩れているなら、〇〇筋が弱いのではないか。
だから、その筋肉を鍛えればいい。
この考え方は、とても分かりやすいものです。
しかし、人間の姿勢制御は本当にそれほど単純なのでしょうか。
まったく同じ筋力を持つ人でも、安定した床に立つ場合と不安定な場所に立つ場合では、姿勢の制御方法が変わります。目を開けている場合と閉じている場合でも変わります。さらに、恐怖を感じているか、別の課題に注意を向けているかによっても変化します。
だとすれば、「この筋肉が働けば、この姿勢が保てる」という一対一の説明だけでは足りません。
姿勢は「筋肉」ではなく「システム」で制御される
知覚、認知、情動、過去の経験、課題、環境。人間の運動には、単なる筋力や関節可動域だけでは説明できない多くの要因が関係します。
姿勢制御の考え方も、古典的な反射中心の捉え方から、階層理論、運動プログラム理論、システム理論、生態学的理論などへと発展してきました。
現在では、姿勢は単一の筋肉や単一の反射だけで成立するものではなく、複数の要素が相互作用するシステムとして捉えられています。
この考え方を姿勢制御へと整理した代表的研究者の一人が、神経科学者・理学療法士のHorakです。
Horakらは、姿勢制御には大きく「姿勢定位(postural orientation)」と「姿勢平衡(postural equilibrium)」という二つの機能的目標があるとしています。
姿勢定位とは、環境や身体の状態に応じて感覚情報の重みづけを調整しながら、身体各部の位置関係を適切に保つこと。
姿勢平衡とは、内外部から生じる不安定性に対して身体質量中心を安定させるよう、運動戦略を協調させることです。
そしてHorakらの整理では、姿勢制御には大きく次の6つの要因が関わります。
・バイオメカニクス的制約
・運動戦略
・感覚戦略
・空間における身体の定位
・動的制御
・認知処理
図2|姿勢制御は6要因の相互作用として考える
バイオメカニクス的制約
トレーナーがイメージする姿勢制御は、大きくはここに含まれるでしょう。筋力、関節可動域、支持基底面内でバランスを保つための安定性限界などです。
感覚戦略
主に視覚、前庭感覚、体性感覚です。重要なのは、これらの感覚を常に同じ割合で使うわけではないこと。環境や課題に応じて、どの感覚情報をより重視するかを変化させます。いわゆる「感覚情報の重みづけ」です。
空間定位
重力に対して身体がどのように位置しているのか。身体の向きや垂直知覚なども含まれます。
このほかにも動的制御、認知処理、運動戦略がありますが、ここですべてを解説すると本題から離れてしまうため、詳細は割愛します。
大切なのは、この6つを暗記することではありません。これらは独立して働いているわけではない、ということです。
身体の構造が変われば、選択できる運動戦略も変わる。
視覚や前庭感覚、体性感覚から入ってくる情報が変われば、身体の位置をどう認識するかも変わる。
さらに、課題の難易度や注意などによっても選択される戦略は変化します。
つまり姿勢とは、「正しい筋肉を働かせれば完成するもの」ではありません。
身体、感覚、環境、課題、認知。
それらの条件に応じて、その瞬間その瞬間に解決され続けている問題なのです。
6つの要因の中でも、臨床で特に注目したい「運動戦略」
Horakのモデルでは、これら6つの要因に明確な優先順位がつけられているわけではありません。姿勢制御は、それぞれの要因が相互作用することで成立します。
一方、リハビリテーションの臨床では、機能的な運動を獲得するために、まず姿勢の安定性を確保するという考え方が重視されています。
なぜなら、私たちは手足を動かしてから姿勢を整えているだけではないからです。
身体は、これから起こる運動によって重心がどのように変化するかを予測し、主動作が起こる前から姿勢を準備しています。
これが「予測的姿勢調節(Anticipatory Postural Adjustments:APA)」です。
たとえば腕や脚を素早く動かすとき、身体は手足が動いてから慌てて姿勢を立て直しているわけではありません。運動によって生じる姿勢の乱れを見越し、主動作に先行して姿勢を準備します。
一方、実際に外乱が加わった後、あるいは予測しきれなかった姿勢変化が生じた後に身体を立て直す反応は、代償的姿勢調節(Compensatory Postural Adjustments:CPA)と呼ばれます。
APAが十分に機能しない場合、結果としてCPAへの依存が大きくなり、より反応的・代償的な姿勢制御になりやすくなります。
つまり、機能的な運動には「筋力があること」だけでなく、動作が始まる前に、次に起こることを予測して安定性を準備できることが重要なのです。
図3|「動く前」に身体を準備するAPAのイメージ
そして、このAPAの研究をたどっていくと、体幹トレーニングを考えるうえで非常に重要なテーマにぶつかります。
体幹深部筋の事前活動です。
腹横筋、多裂筋、横隔膜、骨盤底筋群など、いわゆる「インナーユニット」と呼ばれてきた筋群は、なぜこれほど体幹トレーニングの世界で注目されるようになったのでしょうか。
その背景には、腰痛リハビリテーションをめぐる長い研究の歴史があります。
そして、その歴史を振り返ると、
「腹圧を高めれば腰は安定する」
「インナーマッスルを鍛えればいい」
「体幹は固めればいい」
という現在でもよく聞く説明が、どこから生まれ、そしてなぜそれだけでは説明できなくなっていったのかが見えてきます。
次回予告
「次回は、この姿勢制御の中でも特に興味深い『動く前に姿勢を準備する仕組み』について、もう少し掘り下げてみたいと思います。」
【資料・引用】
図①
https://www.stroke-lab.com/wp-content/uploads/2021/10/459f154c3f1a5f064d42357624bfccea.pdf
図②③
『脳卒中の動作分析』 金子著 (医学書院) 引用改変
