今日から 全員出社となり久々に顔を合わせ 各々の状況報告みたいな形で始まりました。

朝は会社近くのコーヒーショップでのんびりして 昼はいつものローテーション回りの内の1件で済ませ 帰りも いつも通りの仲間と帰る……そう いつも通りに

突然 この「いつも通り」がなくなると大抵「動揺」「不安」「絶望感」が襲ってくるものです。
更にこういう時は いくら抗っても なかなか「いつも通り」に戻す事は不可能なのですね。

その後 強烈な「寂寥感」が襲ってきて そこで「いつも通り」という事の有り難さに気が付き 「いつも通り」という「当たり前だと思っていた事が当たり前じゃなかった」という事が判るんですよね。

私もまさか今の様な1人暮らしになるなどとは 思ってもいませんでしたから 正に上記に書いた通りでした。

ただ先日書きましたけれど その様な状況に陥った時に「本性」が出てくるんですよね。

それは大きく分けると「現実を受け入れ これからどう生きていくか?何から始めればいいか?」を考えるタイプと「破壊または破滅」の道を選ぶタイプだと思います。

どちらのタイプなのか?どちらのタイプになりそうなのか? これは人それぞれだと思いますけれど 当然破滅や破壊型になる事はお薦めしません。

よくニュースで「別れ話のもつれから…」とか「リストラにあって…」「何もかも上手くいかなくて…」という原因で人を傷つけたり自ら命を絶ってしまうという報道がありますけど 私は 絶望的になる「気持ち」は理解出来ますが 「行動」には全く理解出来ないですね。
また そこまではならなくとも「全てにヤル気をなくしてしまう」「酒に溺れる」最悪な「薬物」に手を出してしまう場合もある様ですね。

私も家族を失った時には強烈な絶望感で張り裂けそうでした。
でもなぜ自暴自棄にならず今 日々働き 休日には掃除や洗濯をして 呑気に散歩する生活をしていられるか?と言いますと……

「意地」…なんですね(笑)

もしいつか 元カミさんや息子に街で偶然会った時に 惨めな姿だけは絶対見せたくないっていう「意地」だけなんですね(笑)

かなり自分自身の事だけ長々書いてしまってすいませんでした。

オマエ何を書きたいんだよ!って思われてる方もいらっしゃると思いますので書いておきますね。
「今 当たり前と感じている環境は 決して当たり前なんかじゃないですよ」

という事です。

「んな事 オマエに言われなくたってわかってんだよっ!ケッ!」っと思っているとは思いますけど お判りだとは思いますけど その環境が心地よいなら 大事に大事にしてくださいね。
昨日 あるコンビニの震災募金箱を盗もうとした女子高生が逮捕されたというニュースがありました。

この一方で 街頭で懸命に募金を募る女子高生がテレビに流れていました。

はっきり言えばどちらも「あり」なんだろうなと思います。

なぜなら子供は大人の鑑ですからね。

その証拠に大人は「義援金詐欺」や この女子高生と同じく偽の震災募金を募ろうとして何人も捕まっています。
その一方で やはり懸命に募金活動をされている大人がいます。

ですから今回逮捕された女子高生のニュースには驚きや憤りよりも この後 警察や親御さんはどう指導していくんだろう?という事が気になりましたね。

この一件でも そうですけど子供達は基本的に
「大人だって汚ねえ事やってるじゃん!」
という確固たる事実をベースに考えてると思うのですね。

確かにその通りで反論出来ない点は多々あり 今は「死語」とも言える「聖職である教師」だけでも例を挙げれば「教え子に性的虐待をする教師」や「援助交際」「覗き」「痴漢」で捕まる教師のなんと多い事か…
そこにまた教師の出身校だけで良い教師か悪い教師かを判断する親がいて 食卓で子供達がいる前で担任教師をバカにするので 子供達まで教師をバカにするという流れになっているんですよね。

更に悪い事に何か問題が起こると親は学校に全ての責任を押しつけ 学校は学校で自分たちの出世に影響があるのはマズいと 事実に蓋をしようと奔走し 見て見ぬフリをするという完璧に負のスパイラルに入っていくのが最近の傾向ですよね。

子供達は…まあ自分たちもそうでしたが そういう大人の動きや言動にはホントに敏感で 教師が叱ったりしようものなら親に泣き付き 泣き付かれた親も普段から教師をバカにしているので子供の言い分を鵜呑みにして学校に怒鳴り込むんですね。

その光景を子供達はニヤニヤしながら見ているっていうのが現在の教育現場でしょう。

何やら教育評論家みたいな内容になってしまったけれど 私も子供達から見ればロクな大人じゃないかもしれないんですけど ただ少年野球の子供達の前ではダメなものはダメと自信を持って叱り 良い事をした時には諸手を挙げて褒めてあげる事ぐらいはしています。

私は中学時代の担任の先生とは いまだにお付き合いさせて頂いていて それはそれは沢山の思い出と共に卒業後何十年経った今でも掛け替えのないもので 今の子供達にも先生にも将来是非そういう間柄になってほしいんですけど… もうそんな事は無理なんだろうか?
昨日 セ・リーグの開幕が最初の3月25日から 僅か4日あまり延びて3月29日からとなりました。

この決定には多くの方々が「ダメだコリャ!こいつら全然真意が判ってないや!」
と思われたのではないでしょうか。

私も唖然としましたね。この決定にはセ・リーグ各球団の経営者とプロ野球コミッショナーの思いの中に
「電力さえ抑えりゃいいんだろ!文句あんのかよ!」という どうしようもない驕りと傲慢さがあるのは否めないですね。

全く世論やファン 選手達の思いというのを無視したこの決定には 世間の鉄槌を与えなければならない所まで来てしまった感があります。

何も野球をやるなと世論やファン 選手達が言っているんじゃないんです。

被災地の方々の方向性が ある程度見えて 国が立ち直る動きが具体的に見える時まで延期した方が良いと言っているだけなんですよね。

お笑いの方々が 被災地に笑いを届けるには あともう少し時間がいると判断されているのに なぜそんな理由さえ知ろうともせず 開幕!開幕!と言うのでしょうね?

そこには 以前のプロ野球隆盛期を知る人間の驕り高ぶった感覚と くだらない面子しかないと思うのですね。

私は後輩達には「いざという時に本性が出るから」と言っていますが 正に今回のセ・リーグ各球団の経営者とプロ野球コミッショナーの判断は 人々の気持ちなんかより、まず経営ありきという本性が出た様に思えます。

ご存知の様に 私は阪神タイガースのファンなので球団上層部の頭の中は空っぽという事は昔から知っていましたが(笑) ここまでバカとは思ってもいませんでした。

今回の騒ぎで 巨人やヤクルトに数多くの批判の電話が相次いでいると報道されていますが これはセ・リーグ全体が悪いと私は思います。

残る望みは 唯一つ!選手達に反旗を翻してもらうしかありません。

選手会が どういう判断をし どういう動きをするのか 一縷の望みを持って見守っていこうと思っています。