神酒所へのご祝儀

 恒例の浅間神社の夏祭りは、初夏のような暑い日差しでしたから、さぞや盛り上がっているだろうと楽しみにして神酒所にご祝儀を持参しました。ところが、期待が大きかったためなのかどうかわかりませんが、賑わっているはずの神酒所には前の町会長が座っているだけで、ほとんど町会の役員の姿がありませんでした。後で聞いたところによると、嘘か本当か知りませんが、高齢者ばかりになったので、町会員への接待もままならず、酒のつまみ等も神酒所で作ることもできなくなったそうです。それでは、町会所有の神輿や山車を誰が差配するのでしょうか? おとなの神輿はともかく、山車を引いて廻るくらいしないと楽しみにしている子供達がガッカリしてしまうでしょう。

 

 それでも、夜になったら、お囃子の音も高らかに山車がやってやってきました。どうやら、例年通りのイベントをするらしいので、ホッとした半面、周囲が子供の頃のような一途なお祭り気分ではないことにも気づかされました。さすがに、山車のすぐ近くには人混みができていましたが、それを待っていて家から外に出て見物している人の姿がほとんど見られなかったからです。かっては、山車が来ると道路に出て、知り合いに声をかけたり、拍手して迎えたりしたものだからです。

 

 夏祭りがすぎると本格的な夏が来るという感覚でしたが、今年は、その前にもう夏が来てしまったようです。翌日に子供の山車が廻って来たときには、お世話役が皆さん夏のいでたちで麦わら帽子などをかぶっていました。そして、近くの町会長の家の前で休んで、飲み物を振舞われていました。それを横目に見ながらスポーツクラブに行きましたが、いつもの日曜日のようにウォーキングマシンも空いていないほど混んでいます。しかたないので、お風呂に入ったら、サウナも満員でした。近くの人は、たぶん神社の氏子が多いはずですが、ほとんどお祭りとは無関係な生活なのでしょう。それでも、お祭りの話をしていた人たちもいて、「昔のようにお祭りに家族が集まるようなこともなくなった」と言っていました。

 

 

 

 

 

トマトと茄子の苗

GWを待って、畑を耕した当初の目的であるトマトを植えると決めていましたから、予定通り、苗を探しに出かけました。かって、4月中旬に蒲田で苗を扱っている店の前を偶然通りがかり、苗を見つけたのですが、次に予定があり、まさか顧客と会うのに野菜の苗を持っているわけにもいかず、眺めるだけで買うのを断念した覚えがあります。そこで、本格的な野菜の季節が到来し、ちょうど夏のような暑さだったので、環七沿いの目星をつけていたガーデンセンターに向かいました。

 

トマトと茄子が欲しかったのlですが、まさにピッタリの苗が並んでいました。少し欲張って、大根と人参も探したら、苗ではなく袋に入った種しかないのだそうです。それでも、目的を達したので、種類違いをそれぞれ5~6つの苗を買いました。それから、畑に植えようとしたのですが、余り近すぎてはいけないと教えられたため、既に盛りが過ぎている水菜やネギを間引かなければならなりません。

 

初めて植えた野菜たちですから愛着もありますし、最後まで丁寧に扱いたかったので、収穫した水菜などで毎日飲んでいる野菜ジュースを多めに作ることにしました。採った後を耕さないと土が固くて苗が可哀想な気がし始めて、つい、土を掘り出したのがいけなかったのでしょう、後で腰が痛くてたまりませんでした。それでも、大根や人参の種まで蒔くことができたので、GW初日として充実感のあるスタートを切ることができました。

 

海苔のふるさと

 満開の桜を追って歩いていたら、いつの間にか久しぶりのふるさとの浜辺公園に来ていました。どことなく、今までの景色が違うと思ったら、浜辺の近くに棒と枯れた枝のようなものが見えるからでした。看板で、海苔を「海苔のふるさと」大森だから、実際に海苔を育てているのだと知りました。昭和37年(1962)に東京湾の埋め立てで海苔業者が廃業するまでは、浅草海苔という名で、日本一の収穫量を誇っていたそうです。

 

 浜辺に隣接して「大森海苔のふるさと館」があり、海苔網や竹ヒビの模型が展示してありますが、その道具を実際に使って海苔を育てているのだそうです。すると、少しずつ子供の頃の記憶が戻ってきて、海苔干し場や採れたての海苔などをおぼろげに思い出しました。冬の寒い朝に小さな船で海苔を採って、漉いてからパリパリになるまで外に干したのでですから、重労働だったに違いありません。それも家族総出で働いたとも聞いていますから、今の共稼ぎどころではなかったに違いありません。

 

 まだ早い時間だったのですが、それでも子供が浜辺で走っていたり、犬を散歩させている人の姿を見かけました。もうしばらくすると、大勢の人が集まってくるのでしょう.。なぜなら、去年の夏には、まるでキャンプ場のようにテントが張り巡らされ、裸で日光浴したり、飲食をしている人々を覚えているからです。そこで、そんな喧噪の浜辺と海苔の養殖とは、どことなく不似合いな気もしますが、まだ、大森では海苔業者が多く営業しているので、、自然に時間が経てば、馴染んでしまうのかもしれません。