







「大正関東大震災」とは、
本名は、「相模湾地震」
被害の大きさは、歴史の時間では、「東京」をクローズアップされやすい。
でも、今回、一番に被害が大きかったと思っていた「三崎」に行ってみて、、、
そこに江戸づくりと思われる「倉」や、「老舗」が、往時をしのばせる建物が、現存しており、
昔懐かしい風景ですね~
なんて、語っている「観光客」さんもいらっしゃいました。
地震被害を考えると、三浦半島の先端「三崎市」ともなれば、「明治時代以前」など、所在していないものと思いながら、街を歩いていたのに、、、
そこに在ったのは、江戸時代からありそうな「茅葺」の「農家」や、明治からありそうな「石造り」の蔵。
大正関東大震災後の再建で、東京も横浜も、「石積み」や「レンガ建て」がメインとなって行ったようです。
三浦市と言う辺境の地であるがために、新しい技術では無く、それまでの姿で再建された可能性も否定は出来ませんが、、、
関東大震災と、歴史の再建との関係は、もう少し、チェックしてみようと思います。
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