怪物 | アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

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ジャンルや新旧問わずに週末に映画館に通っています。映画の感想から、映画がらみで小説やコミックなんかのことも書ければ。個人の備忘録的なブログです。


怪物


2023年作品/日本/125分

監督 是枝裕和

出演 安藤サクラ、田中裕子、永山瑛太


2023年6月10日(土)、TOHOシネマズ渋谷のスクリーン4で、8時15分の回を観賞しました。


大きな湖のある郊外の町。息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、そして無邪気な子供たち。それは、よくある子供同士のケンカに見えた。しかし、彼らの食い違う主張は次第に社会やメディアを巻き込み、大事になっていく。そしてある嵐の朝、子供たちは忽然と姿を消した(以上、公式サイトからの抜粋)、という物語です。


「怪物」、ようやく観ました。私は予告以上の知識がないまま観賞したのですが、いっさいの情報をシャットアウトして観たほうが良いタイプのドラマなので、これからご覧になる予定の方はお気をつけて、と前置きしたいと思います。で、私としてはとても面白く、最後まで興味を持って観られたものの、一点《これが大切》を除いては、ままあるタイプの作品な気もしつつ。


演出やキャストの魅力で最後まで引き込まれて観ました


この脚本だからこその是枝裕和だったのかー、と観終わったところで感じました。お互いを理解しようとしない人たちが引き起こす衝突。必死に助けを求めているのにSOSの声が届かない社会。そして子供たちを取り巻いている今の問題など。今回は他人の脚本ではありますが、そこかしこに是枝裕和さんがこれまで描いてこられたのと同じ世界が色濃く反映されていました。


今回、脚本を書いた坂元裕ニさんは「花束みたいな恋をした」の方ですが、思い返すと「花束〜」においては男女における〝すれ違い〟を描いていました。同じ時間と空間を共有していても、お互いに見えてない、理解しあえていない人たち。これは、二つの作品に共通しているテーマだと感じます。人は本性を剥き出しにしては生きていけず、そのギャップにドラマが生まれます。


そういうところで、是枝裕和さんと坂元裕二さんは相性が良かったのかもしれないですね。はっきり言って、こういう構成(どういう構成かはご覧ください)の映画は珍しいものではなく、繰り返し作られてきたわけです。台風一過というのは、「○○門」のラストに通じるものがありますし。それをこれだけ見せるのはやはり是枝裕和さんの演出力に負うところが大きいかと。


▼長野県の諏訪湖の風景、古い街並みがいい感じです


みんな何かの役割を果たし、何かを守ろうとし、誰かを傷つけている


母親、教師、校長、父親、そして生徒。このドラマに出てくる主要な人物はみんな隠し持っている顔があります。子供のことを愛しているというシングルマザー、真面目でナイーブな新任教師、学校に全てを注ぎ込んだ年老いた校長、不動産会社で地位を得た父親、教室でクラスメイトをいじめる生徒。でもそれは他人の目から見た本人の一面にしか過ぎないのですよね。


そもそも、〝〜だから、こうあらねばならない〟というのが偏見なわけですが、他人はそう見てしまうし、日本は特に人にレッテルを貼り、〝役割〟を求めがちな社会です。なので、コースをはみ出した人たちにとってはとても生きづらい国です。この映画に出てくる人たちはみんな役割期待を果たさんと優秀であろうとし、そのために本来の自分の姿を隠して苦しんでいます。


そして優秀であろうとするために、何かを守ろうともしています。子供であり、立場であり、伝統であり、地位や名誉。そして、そのために皆んな誰かを、精神的・肉体的に傷つけているのですよね。他人を犠牲にしてしか存在しないような個人の安心、満足、幸せって何なんでしょう。しかも、それが分かっているから、誰も本当の意味で幸せにはなっていないとう。


▼その何気ないひとことが誰かを傷つけているのです


ジョヴァンニとカムパネルラ、廃線の銀河鉄道は宇宙へと


映画の中に出てくる廃線となった線路に放置された古びた車両という舞台が良かったです。そこに行き着くまでに長いトンネルを抜けなければならないところも。この車両を子供たちの秘密基地にするという発想が素敵でした。さらに、なかに銀河を思わせるデコレーションを施しているところ。このドラマは明らかに宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」の世界がモチーフですよね。


ここでの子供たちの交流、会話が良くて、やっぱり是枝裕和さんの映画は子供たちが出てくると、俄然、生き生きとしてくるなー、と感じさせます。やはり見どころというと、みなさんここを挙げるような気がします。子供たちの演技と相まって、素敵な場面がたくさんありました。カメラがまた綺麗でしたねー。二人は廃線となった線路の向こうに何を見ていたのでしょう。


銀河鉄道ということで、二人の子供たちはジョバンニとカンパネルラに重なるわけですが、そうなるとラストの情景はー?ここの解釈は観客に委ねられていますが、この二人に幸せになって欲しい、いや、みんなが幸せに暮らせる世の中を願うことには変わりないのかと思います。ラストに流れる坂本龍一さんが手がけられた音楽に耳を傾けながら余韻を味わいました。


▼今回の田中裕子さん、私は〝怪演〟だと思いました


なお、本作では不自然に戯画化された人間の様が映し出されることがあります。それは、〝私からは彼らはそう見えた〟ということなのではないでしょうか。例えば、学校の応接室でのやりとりはあまりに滑稽で、思わず吹き出しそうになりますが、母親の主観からすると、校長をはじめとした教職員の不誠実極まりない態度は、あのように感じとれたのかもしれません。


学校の〝いじめ問題〟という古いテーマを扱っていると思わせながら、もっとも今日的な問題を持ち込んだドラマ。その《一点》において、切なくなり、考えさせられる作品でした。「怪物」というタイトルに引っ張られ、〝誰が怪物なのか?〟といった犯人探しをするのではなく、素直に観た方が純粋に心に刺さるように感じました。色んなかたに観て欲しい作品でした。


トシのオススメ度: 4

5 必見です!!
4 オススメです!
3 良かったです
2 アレレ? もう一つです
1 私はお薦めしません


怪物、の詳細はこちら: 公式サイト


この項、終わり。