空白 | アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

ジャンルや新旧問わずに週末に映画館に通っています。映画の感想から、映画がらみで小説やコミックなんかのことも書ければ。個人の備忘録的なブログです。

空白


2021年作品/日本/107分

監督 吉田恵輔

出演 古田新太、松坂桃李、田畑智子


2021年9月25日(土)、新宿ピカデリーのシアター6で、9時35分の回を鑑賞しました。


女子中学生の添田花音はスーパーで万引しようとしたところを店長の青柳直人に見つかり、追いかけられた末に車に轢かれて死んでしまう。娘に無関心だった花音の父・充は、せめて彼女の無実を証明しようと、事故に関わった人々を厳しく追及するうちに恐ろしいモンスターと化し、事態は思わぬ方向へと展開していく(以上、映画.comからの引用)、という物語です。


こちら、吉田恵輔さんの新作ということで楽しみにしていました。しかも企画が、関わられた作品群から絶対的信頼のおける河村光庸さん(「ヤクザと家族」「茜色に焼かれる」)で嫌が上にも期待値が上がります。本作は先にレビューした「由宇子の天秤」のエンディングからスタートするようなドラマで、これもまた人間の心の内を描いた見応えある作品でした。


自分の殻の中に閉じこもる人たち


漁業を営む添田充は、一人娘で中学生の花音(かのん)と二人暮らし。どうやら訳があって奥さんとは別れた様子。ある日、花音がスーパーでの万引きを疑われて、若い店長の青柳直人に別室へ連れていかれます。逃げ出した花音は、青柳に追いかけられた末に途中で自動車事故にあい死亡するという痛ましい事件がおきます。そこから始まる関係者たちの泥沼の物語りです。


このドラマ、他人からどう思われているのかはあまり気にならないのか、自分のあるがままに生きているような人物が中心になっている感じです。事故で亡くなる花音もマイペースで、周囲と折り合いをつけていくということには無頓着な様子。ある日、花音はそのことを学校の担任教師の今井若菜から指摘されます。しかし、それもあまり本人はピンときていない様子。


父親の充はもっと極端で、自分の主張が絶対に正しいと考え、威圧的で周りを寄せ付けない感じ。これも本人は気づいてないか悪気ない様子。逆にスーパーの店長の青柳は、全く自己主張せずに、周りから舐められていくのですが、本人はやはりそのことが分かっていない。そして、彼の下で働いている世話焼きの草加部麻子も、自分の行為の受けとられ方に関心がいかない。


▼「生きてるだけで、愛。」の趣里さんが先生役です


態度は最低最悪だが娘を愛してる父


もうみんな自分の殻のなかに入り込んでしまっていて、自分が外からどう受け取られているのか、客観的に見ることが出来なくなってしまっているのです。このドラマは、そんな人物たちが、父親の充が花音の事故死の原因を探るなかで、自分自身の生き方や在り方を見つめ直していく様子を描いているのだと思いました。しかしそのプロセスはあまりにも辛いものでした。


充は自分の娘が万引きをしたなんて信じられないので、逃げ出した理由、真実はいったい何なのかを暴き出そうとします。そこで彼はいつもの調子で声高で威圧的に関係者に迫るのですが、よく見ていると態度こそ最低最悪でも決して間違ったことを言っているわけではないのですね。そして、やがては、本当は一人娘を愛していたのだということが見えてきます。


娘を失った悲しみや喪失感を、怒りという負のエネルギーにして、ぶつけているのが充なのでしょうね。彼が決して根っからのワルではなく、それが彼の不器用な人間性なのだということは、彼の下で働く野木という青年の言動を見ていると分かってきます。また別れた奥さんの彼との接し方を見ていても感じられるところ。そんな充を変えるきっかけ、ここが見どころでした。


▼野木を演じた藤原季節さんが、何げに良かったです


失ってからでないと気づけないこと


充にしてみると、彼が欲したのは娘は万引きをするような人間ではなかったということを証明することでした。そのために学校に乗り込んでイジメがあったのではないかと担任教師を問い詰めたりするのですが、そんななかでもう一つの予期せぬ事件が起きてしまうのです。その事件の関係者の対応を見て、充は自分の過去の行いを初めて客観的に見つめなおすことになります。


そして二つのことに気づくのです。一つは、怒りでは何も変えられないこと。そしてもう一つは、自分は実は娘のことを何も理解していなかったということ。ここからの展開は、本作のタイトルどおり、彼と花音の間にあった〝空白〟を埋めるための時間になっていきます。そして、二人の間に横たわる大きな距離が、一気に縮まる映画でしか味わえない瞬間が素晴らしいです。


そして並行して描かれる店長の青柳の再スタート。彼は今回の事件で親から受け継いだスーパーを閉じざるを得なくなります。しかし、失ってからそのスーパーの価値を改めて認識させられる瞬間が訪れます。充も青柳も、失ってはじめて大切だったものが何かに気付かされるわけですが、それが遅すぎたという絶望ではなく、彼らの希望として描かれている点が本作の良さかと。


▼「孤狼の血」の松坂桃李さんがガラリと異なる役を


しっかりしたヒューマンドラマだったと思うのですが、人物造形が少し戯画化されている気もします。そしてマスコミの描き方が一方的で単純化されすぎているような印象も受けました。そこが残念。しかし、今年はボクシング映画の「BLUE/ブルー」とこの「空白」で、吉田恵輔さんは2021年の映画賞で監督そして脚本賞を総なめにしそうな勢いですね。古田新太さんの霊安室での慟哭も忘れられません。


「由宇子の天秤」はラストを観客に委ねてきますが、「空白」は起承転結はっきりしていてより多くの方に受け入れられやすい内容かと思います。ぜひご覧になってみてください。


トシのオススメ度:4

5 必見です!!
4 お薦めです!
3 良かったです
2 アレレ? もう一つでした
1 私はお薦めしません


空白、の詳細はこちら: 映画.com


この項、終わり。