由宇子の天秤 | アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

アレレの映画メモランダム/休日は映画の気分

ジャンルや新旧問わずに週末に映画館に通っています。映画の感想から、映画がらみで小説やコミックなんかのことも書ければ。個人の備忘録的なブログです。

由宇子の天秤


2021年作品/日本/152分

監督 春本雄二郎

出演 瀧内公美、河合優美


2021年9月23日(木)、ユーロスペースの2番スクリーンで、12時00分の回を鑑賞しました。


3年前に起きた女子高生いじめ自殺事件の真相を追う由宇子は、ドキュメンタリーディレクターとして、世に問うべき問題に光を当てることに信念を持ち、製作サイドと衝突することもいとわずに活動をしている。その一方で、父が経営する学習塾を手伝い、父親の政志と二人三脚で幸せに生きてきた。しかし、政志の思いもかけない行動により、由宇子は信念を揺るがす究極の選択を迫られる(以上、映画.comからの引用)、という物語です。


春本雄二郎さんとはご縁があって、いちど偶然にも直接お会いしたことがあります。コロナ禍の前だったので2019年3月だと思います。梅ヶ丘の羽根木公園の梅祭りの折、そこで映画工房春組のチラシを配っておられたのですが、何だかわからないまま受け取って言葉を交わし、自主映画を作っておられることを知りました。映画ブログを書いていることをお伝えすると、優しく笑って〝シネフィルですね〟と言ってくれました。


由宇子がはまってしまった落とし穴


女子高生の自殺事件を巡り、その真実に迫ろうとするドキュメンタリー監督の由宇子。彼女は女子高生の父親と、そして自殺の原因と言われている高校教師の母と妻へのインタビューを試みます。被害者と加害者と思われる両方の証言を重ねることで公平さを担保し内容に説得力を持たせようとする由宇子。その中での個人のプライバシーの確保や、局からの圧力に応じての編集など、彼女の作家としての苦悩が伝わってきます。


作り手としては、何とか自分の関わった作品を世に出したいと思うはず。それがベストな状態ならもちろん最高ですが、仮に妥協が入ってベターであったとしても致命的な欠陥がなければやはり観てもらいたいと思うのじゃないでしょうか。そして、その強い思い、社会的使命感があるからこそ、この映画のなかで並行して描かれていく由宇子自身に降りかかる父親の起こした事件のなかで彼女の心が揺れ動くわけですよね。


人の生死を扱う重たいドキュメンタリーの場合、社会的信頼を無くした者が、社会問題を弾劾したところで説得力皆無でしょ?といわれるのがオチということなんだと思います。それで、由宇子は父親の起こした事件を知ったとき、ことの重大さもありうまく立ち回ろうとするのですが、ここに落とし穴があったんでしょうかねー。他に選択肢はなかったのかと考えさせられますが、果たして自分だったらどう行動したでしょうか。


▼瀧内公美さんの仕事と塾で見せる変化良かったです


清濁併せ持つ人物たちの心のなかは


この映画を観ていて人物描写が素晴らしいのは、誰もが清濁併せ持つ人間として多面的に描かれているところ。この由宇子もそうで、正義感の強い女性である一方、かなり強引で利己的なところも垣間見せます。あれ?と思ったのは、自殺した女子高生の教師の母親へインタビューに訪れたところ。アパートの外観は撮るなと言われた矢先、彼女が撮影している姿が映し出されます。カットを使うかどうかは別にしても彼女の嫌な一面が見えます。


父親の方の事件で見せる由宇子の行動も、贖罪という面もあるものの自分のドキュメンタリー作品のためという両面があり、計算高くて都合よく見えてきたりもします。父親の塾長の政志もそうで、一見は優しそうですが、やってることは誠実でもなんでもない。この二人がやっていることを、それこそドキュメンタリーで撮影して世に問うたらどうなんだと。で、由宇子にはそれも見えてしまっていたということなんでしょうね。


さらには、この父親が起こしてしまった事件の被害者である女子高生の萌(めい)も、事実が隠されるなかでかなり複雑な人間性を見せます。普段はおとなしい彼女が、由宇子と映画に行く際に出てきたときには、同じ女性なのか?と目を疑ってしまいました。そして、その一瞬で彼女に対して抱いていたこちらの感覚がひっくり返ってしまうという。彼女はいったいどういう人間なのか、何が真実か。この映画は人物の心中をずっと考えさせられます。


▼この狭い部屋での二人のやり取りが素敵すぎました


誠実さをつらぬくことの困難や犠牲


この映画、本当に人間ドラマがよく出来ていて、類型的に描かれる人物が誰ひとりもいないのです。なんといいますか、人には意識してなくても、この人はきっとこういう人だろうな、とバイアスをかけて見てしまうところがあると思うのですが、そこを全部ひっくり返されてしまいます。最後の最後には、もうビックリするような展開も待っていて、実はエンタテインメントとしての面白さもちゃんと持っている作品なんです。


本来はドキュメンタリー作家としてバイアスを持ってはいけない立場の由宇子ですが、あることを男子の塾生から言われてからは、萌をもう色眼鏡をかけてしか見られなくなってしまい、あからさまに態度を変えてしまうのですよね。何があっても公正な態度で臨むというのは本当に難しいことだと思いました。真実は藪の中ですが、しかしその時、萌はたった一人の心の拠り所を失ってしまったことに絶望を感じたのでしょうか。


誠実な態度というのは言葉でいうのは簡単ですが実際には難しいことですね。後半のサプライズについては書けませんが、由宇子は自分に面会に来たある人物との対話のなかで、改めて誠実とは何か、誠実であるために必要になる勇気や負わなければならない自身の犠牲について考えさせられ、現在の我が身に照らしていたのではないでしょうか。そして、ドキュメンタリー作家としての矜持を思い出したのかもしれません。


▼キャメラやスマホが持つ力を考えさせられました


そんななかで、特筆しておきたいのは萌の父親の描き方です。なぜなら、この父親だけには二面性を感じなかったからです。若い頃は夢を追いかけていたと思われるこのダメ親父ですが、実は彼なりに精一杯やっていて、娘がどんな人間なのかも分かっていそう。そんな中で見せる礼儀や優しさや直情型の怒り。見かけは良くないですが、彼には実は嘘がないんですね。この父親を演じた梅田誠弘さん、上手かったですね。


一言では語りきれない、とても複雑で重たい作品でした。正義とは、誠実とは、真実とは。報道はどうあるべきか。究極、ひとはどう生きるべきか。いろんなことを考えさせられます。そして答えは一つではありません。この映画、あえて描かれていないことが多く、ラストもここから新たなドラマが始まる感じでした。そのため、ずっと反芻できます。監督・脚本・編集、春本雄二郎さんの力作だと思いました。


キャストも、先の梅田誠弘さん、もちろん瀧内公美さん、光石研さんをはじめ素晴らしいです。萌を演じた河合優美さんは「サマーフィルムにのって」の方と分かって〝え?〟となり、調べてしまいました。この振れ幅は凄いですね。また、「岬の兄弟」の松浦裕也さん、和田光沙さんが出ておられて、同じ人とは思えませんでしたよ。本作は、2時間半もあるのですが、長さを感じさせず最後まで緊張感を持って見切りました。


公開館数が10館ですが増えて欲しいです!


トシのオススメ度:5

5 必見です!!
4 お薦めです!
3 良かったです
2 アレレ? もう一つでした
1 私はお薦めしません


由宇子の天秤、の詳細はこちら: 映画


この項、終わり。