アフターコロナを生き抜く!これから起こる変化について発信するブログ -38ページ目

アフターコロナを生き抜く!これから起こる変化について発信するブログ

コロナ後は価値観の変容が起きます。新しい時代に向けた準備をはじめましょう。テーマは環境保護、自然農、瞑想、健康食品など、興味があればコメントください!

こんにちわ。
本日はナーガールジュナ(龍樹) の「中論」について
ブログを書かせていただきます。

参考書籍:「中論(上)縁起・空・中の思想」

三枝充悳著


















ナーガールジュナの「中論」はとても
読んでみたかった本です。







このブログでも紹介した書籍の著者である
理論物理学者のカルロロヴェッリがその
中で、ナーガールジュナの思想を絶賛しておりました。








ナーガールジュナとはどんな人物だったのでしょうか。








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ナーガールジュナ(龍樹)について
クシャーナ朝のカニシカ王とほぼ同時代の2世紀中
ごろの僧でバラモン出身とされる。中国では竜樹と
表記する。大乗仏教の中心的思想である「中論」を
著した。大乗仏教運動の中心地は西北インドであっ
たが、ナーガールジュナはデカンの東南部である
アーンドラ地方で活動した。大乗仏教の経典は中国
を通じて日本にももたらされたので、日本でもナー
ガールジュナは「八宗の祖」と言われている。
その主著、『中論』などで、「空」の思想など、
大乗仏教の理念の体系化をはたした。
https://www.y-history.net/appendix/wh0201-059.html
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中論の原文はサンスクリット語です。









それを漢文に訳して
それをさらに日本語に置き換えたのですが、










それでも非常に難解です。








本書を読んで、驚嘆した箇所は
観去来品第二 
去ることと来ることの考察と名付けられた第二章
で、このような記述があります。











「もしも去る主体を欠いたならば
去るはたらきは成り立たない。
もしも去るはたらきが存在しないならば
一体どうして去る主体が存在するであろうか?」













難解ですが、わたしなりに
解釈したことを書いてみます。










「去る主体」 



と 



「去るはたらき」






が登場するわけですが、








「去る主体」も



「去るはたらき」も


どちらか一方が欠ければ
存在することができない
と言っています。








これは「縁起」についての
記述だと思います。











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縁起とは、他との関係が縁となって生起するということ。
全ての現象は、原因や条件が相互に関係しあって成立し
ているものであって独立自存のものではなく、
条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるという
ことを指す。 
仏教の根本的教理・基本的教説の1つであり、釈迦の悟り
の内容を表明するものとされる。wikipediaより
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「去る主体」も








「去るはたらき」も








どちらか一方が欠ければ
存在することができない、、、。








これを縁起の考え方に照らして言えば
この世には、結局は何も無いのだということを
言っています。







何も無い、、、、。







にわかには信じられませんが
よく考えてみれば
とても深い

洞察の結果と言える考え方です。









この世に存在しているモノ(人・もの)
は絶えず何かに依存しています。










例えば今、私は椅子に座っていますし、









このブログを書いています。









これらの動作、一切から解放された

絶対的な「自分」という主体はあり得ません。






この物理世界にいる間、

三次元世界にいる間は決して

この依存からは逃れられない。






そしてその動作も主体を
欠いては存在できない。








何かに絶えず依存しなければ
「存在」することができない。








絶えず何かに依存していないと
自分というものを定義できないのです。







これは存在していると言えるのでしょうか?








いいえ、存在しているとは言えない。








それが本書の結論です。









つまりはこの世は何も無い。










衝撃的ですが、真理だと思います。










この考えを念頭に置いて生きていく人生と
そうでない人生では
大きく結果が異なっていくことだけは間違い
ないと思われます。










本日は 難解?!でも、この世の真理を語っている! ナーガールジュナ 著「中論」を読む
ということでブログをお届けしました。

ではまた。

こんにちわ。

今日は自然農畑のレポートです。


日時 24年6月15日(土)
   15:00~16:30まで

場所 群馬県北西部 某所

天気  晴れ

気温  30℃























・トマト

 

トマトはちょっと放置してしまったら

横に伸びてしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

支柱に固定して、

まっすぐ

上に伸びるように仕向て

おきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ゴーヤ

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴーヤも伸びやすいように

支柱を補強しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・かぼちゃ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花が咲いていますので

順調だと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・玉ねぎ

 

 

 

 

今年もあまり大きくならず、失敗でした。

 

 

 

 

 

 

 

まだまだ土が弱いのか?

 

来季の課題として持ち越しです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・じゃがいも

 

葉枯れしていますので

収穫したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ショベルで土を起こして

掘り出します。

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

外に実が露出してしまっている株もありました。

 

 

 

土寄せが甘かったのか?

反省です。

 

 

 

 

 

 

 

大小さまざまですが

収穫でき、良かったです。

 

 

写真はこの日収穫したキタアカリ。

 

 

ホッカイコガネとキタカムイは

次週掘りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本日は自然農畑の状況についてでした。

ではまた。



 

こんにちわ。
本日は意識の起源について
ブログを書かせていただきます。

参考書籍:「タコの心身問題」

PGスミス著





タコの心身問題という奇妙な本を
読み終えました。






頭足類から考える意識の起源という
副題がつけられているとおり

 

 

 

 

 


タコの心身構造から人間の意識は
どうなっているのかを探るという奇抜な本です。







タコの心身から人間の心。





いったいどう結ぶついて
いくのか興味深く読み進んで
いきました。







あくまで最終目標は人間の心身

についてです。





ところがこの本の作者
は本当にタコに愛着があるらしく






相当なページを
純粋なタコについての記述に
割いています。






それはそれで楽しかったのですが
やはり、人間の意識の起源のほうに
私としては興味があったものですから、








この本から得た
意識の起源についての
記載箇所を中心に
得たこと。思ったことなどを書きます。








意識の起源は何なのでしょう?








数十億年の昔、
生物はまだ単純な細胞の集まり
にすぎませんでした。







カギになるのは生物たちに起こった
多様化だと本書は指摘します。








今から数億年前、エディアカラ紀からカンブリア紀に
移行する際に、生物は急激に多様化します。








その多様化によって

捕食者と被捕食者
つまり、食べる者と食べられる者という
区別ができます。









敵に食べられないためには
感覚を研ぎ澄ます必要があり、








そのために神経系を
生物は発達させます。







その発達した神経系が
どうも「意識」の起源に
関係がありそうなのです。







そして主体的に感じる能力(意識)を
感覚器官、運動能力を徐々に発達
させることで育ててきたのでは
ないかとしています。(96頁)







言ってみれば人間の活動は
感覚と行動の繰り返しと言えます。







私たちが次の瞬間に何を感じるかは
二つの要素で決まります。







一つは私たちの行動、
そしてもう一つは外界の変化です。






行動か外界の変化による
感覚への刺激が次の行動を生む。





この無限の連鎖が言ってみれば
人間の活動のすべてであります。






神経系が複雑になって初めて
主観的な経験、つまり意識が生じたのではなく








もともと単純な形態の主観的経験が
あってそれが神経系が複雑になる
につれて大きくなった、そういう
流れだと思われます。








ここまでで思うことですが








行動→感覚、感覚→行動
この繰り返しが人間の活動の
すべてだということです。








その流れは終わることが
ないとすれば、
人が変われないヒントも
ここにあるように思います。








無意識で
人は変わりたくはない
思っているものです。








先延ばしなども
前向きな変化を
恐れる太古から続く
人間の特性なのでしょう。







変化を恐れず
前向きな気持ちで
新たな一歩という「行動」を
起こした人は良い
感覚と行動のスパイラルが
稼働して、人生をより良くでき
るのでしょう。










本日は 良い変化を起こせる人とそうでない人の違い!? タコの心身問題を読む
ということでブログをお届けしました。

ではまた。