アフターコロナを生き抜く!これから起こる変化について発信するブログ

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コロナ後は価値観の変容が起きます。新しい時代に向けた準備をはじめましょう。テーマは環境保護、自然農、瞑想、健康食品など、興味があればコメントください!

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こんにちわ。

今日は自然農畑のレポートです。


日時 26年8月1日(土)
   16:30~17:30まで

場所 群馬県北西部 某所

天気  晴れ















きゅうりなどの夏野菜の
収穫も落ち着いてきましたので
そろそろ、今シーズンも折り返し
地点という感じです。












にんじんや小松菜など
秋に向けての種まきも始めようと思いますが、










本日は今年初挑戦の作物の今の様子を
紹介していきたい。











・いんげん





今年はつるありいんげんに初挑戦。

 

 

その生長のスピードには驚くばかり。

 

 

タネを蒔いて、発芽したかと思っているうちに

どんどん上につるを伸ばす。

 

 

収穫がやや手間ですが

おいしくて、お勧めの野菜です。

 

 

 

 

 

 

 

 



・冬瓜(とうがん)

 

 

 

 

 

 

 

今年初挑戦の冬瓜(とうがん)。

 

 

 

 

大きい実は人の顔くらいの大きさのものもある。

 

 

 

 

収穫時期は9月末のようで、

今、全体を覆っている産毛がとれて

つるつるになったら。

 

 

 

冬まで保存できることからこの名がついたようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・あづき

 

 

 

 

 

 

あづきのタネを蒔いてみました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

元気に生長しています。

 

 

 

 

 

育てやすいとのことで種まきをしましたが

用途についてはあまり、考えていませんでした。

 

おしることかお赤飯くらいしか

思いつきませんが、とりあえず生長を見守ります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・きゅうり(地這い)

 

 

 

 

 

 

 

 

きゅうりはいつも、つるありで支柱で育てるタイプのもの

しか育てておらず、地這いタイプは今年初。

 

 

たしかにつるもでてきていないので

どのように生長していくのは興味があります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・ごま

 

ゴマも初挑戦。

あまり水もやらないが

元気に育っています。

 

 

 

 

 

 

 

暑い最中ですが

白くて、小さい綺麗な花を咲かせました。

 

 

 

 

 

 

 

 



本日は自然農畑の状況についてでした。

ではまた。
 

こんにちわ。
本日は自我とペルソナの関係性について
ブログを書かせていただきます。




昨日、とても悪い夢をみた。





たくさんの人が死んでいってしまう夢で
非常に苦しく、目が覚めて夢であったことが
わかり、ほっとした。






なぜそんな夢を見てしまったか
疑問に思う。







でも夢で見る死は
悪い意味ととらえがちだが
実は違っている。






心理学的に死は再生を象徴するものだから。






参考書籍:「無意識の構造」
河合隼雄著






自然界全般を考えてみたときに
再生する前には必ず死がある。






自然農をして、作物の生長の過程を
みていてもわかる。






実をつけ、収穫を終えると
その作物は枯れていく。







枯れること
すなわちその作物の死であります。






その死を経て
落ちたタネから
また新しく芽を出して、生長していき、また実をつける。

これが再生。






ということは
夢で見た人の死は
何かが新しく生まれるているとを
象徴していて、
それを無意識が教えてくれているのではないかと思う。






自分の中の何かが死んで、
何かが再生されようとしている。






思い当たる節はある。






数日前に、ある出来事があった。






そのことを思い出すだけで嫌な気持ちが
何度もおきる。





この嫌な気持ちは何かを分析すれば
昨日の夢の原因的なものが見えてくるのかもしれない。





なぜこの気持ちが起きるかと言えば
自我とペルソナの関係性ではないかと思われる。





このペルソナとは何か?





人には
自分をよく見せたいという願望がある。






まわりの人の自分に対するイメージを
良く保ちたいのが心情。






そのとき自我がとても醜いものだったらどうか?
自我をそのまま出してしまうと自分の良いイメージは守れない。






そのため人は自我を外部から覆い隠すために
仮面をつけ、ある意味自分を偽って人に接している。






その仮面をペルソナという。






そのおかげで
相手の中の自分のイメージは
好ましく保たれる。






しかし、その裏で
苦しむ自分もいる。






なぜならばペルソナ仮面をつけた自分は
本来の自分ではないから。






こちらの本でもその葛藤について
書かれている。







世間に見せている建前上の自分と
そこに隠れている本当の自分。






著者のディスペンザ博士も
その差をギャップと呼んで苦しんだ。



本当の自分を世間から隠す。






この書で述べられているギャップはまさしく
ペルソナのことを言っている。






博士は本来の自分を隠していたものをどんどん捨てていき、
真の自分をとりもどしていったと語っている。






でも、ペルソナを外すことに対しては
大きな抵抗がある、






抵抗してくるのは自我だ。






なんとか隠したいのだ。







しかし再生を象徴する死に関する夢を
見て、自分の中の一部が新しく再生しようとしている。






一部のペルソナはを外して
楽に生きられるようになってきたのだと思う。






自我の抵抗に耐えて
ペルソナを外した先には
大きなご褒美がある。






訳もなく喜びが湧いてきて
至福に浸れる瞬間が増えてきたように感じる。





これは前出の博士が著書の中で書いていること。





確かに最近ふと、何の前触れも無く喜びがおとずれることが
ある。




自我の一部が壊れ、
日が差し、
無意識の世界、魂の世界が
解放されたから、だと思う。




ではまた。

こんにちわ。




たまにですが、
予期せぬ野菜が予期せぬ場所から
生長してきてびっくりすることがある。





今年もかぼちゃの下からゴーヤが生えてきた。
















 

 

 

 

 


なぜ、このようなことが起こるのか。






それは自然農なので耕やすことをしないからだと思う。







ただ空いたスペースにタネを蒔いていくだけ。





かぼちゃの種を蒔いた場所に、
去年のゴーヤの残渣からこぼれた
タネでも生きていて、そんな土壌で
芽を出し、育ってきたということ。





耕す必要がない理由は旺盛に育つ草が地中で根を無尽に回して
土をほぐすから。




 

 

 

ゴーヤも生えてきたということは
そこで、生長していく自信があるのでしょう。

 

 

 

 

土を極力動かさないので

目には見えない、そこに住む

土壌菌が活発です。

 

 

 

 

その豊かな土壌に安心し、

ゴーヤもかぼちゃの間から

芽をだした。





このかぼちゃとゴーヤはきっと共存できる!





そんな確信はもてます。




あとはその共存のお手伝いをしていく。




ちょっとお世話はたいへんですが

しっかり見守っていこうと思います。







あと、今日はすいかが収穫できました。







小玉スイカです。(品種は「ぷちっと」)
昨シーズンはスイカ失敗したので
とてもうれしい!







ではまた。