アフターコロナを生き抜く!これから起こる変化について発信するブログ

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コロナ後は価値観の変容が起きます。新しい時代に向けた準備をはじめましょう。テーマは環境保護、自然農、瞑想、健康食品など、興味があればコメントください!

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こんにちわ。
本日は人と自然の距離感について
ブログを書かせていただきます。










この本からは多くのことを感じさせて
いただいて嬉しい。








参考書籍:ぼくはテクノロジーを使わずに生きることにした
マークボイル氏 著









そもそも著者がなぜテクノロジーを
すべて捨てた生活を選択して、実践しているのか?










それは現代人への警鐘だと思います。








便利な暮らしはとても良い
でも自然にとっては好ましくない。
大きな負荷をかけています。
このままいくと地球が取返しのつかない状態に陥ってしまう。
間違いなく。それもすごい速さで!








まさに持続不可能社会なのです。








例えばクルマ。









世界では毎年約9,000万台規模で新車を生産、流通させています。







なぜこんなにたくさんのクルマが必要なのか。






地表を削って原材料の鉄鉱石を切り出し、
樹脂だって、ガラスだって
すべてクルマを構成するものは
自然由来。





つまりは自然が犠牲になっている。





こんなこと続けていくことはできない
破滅に向かってまっしぐら。
そんなこともわからない。






なぜなのでしょう。







この書に答えを発見しました。









参考書籍:「賢い身体、バカな身体」

桜井章一甲野善紀著






「人は脳ばかり使って生きているので自然から
どんどん離れていっているわけですが、それは
精神だけの話ではありません。」







常日頃から、直感が研ぎ澄まされている人は
自然との調和がとれているので
自然から人間が得ても良い量はわかっている
はず。







だから自然とうまく調和できる。







でも脳ばかり使っている人は
自然との距離をつかむことが
難しくなってきているのだと思います。







だから、自然が今どういう状況に
なっているのか、わからない。







でも、そろそろわからないと

いけない。







そのためにできること。
産業社会に縛られた生活から
少しずつでも離れていくために
なるべく負荷をかけない暮らしから始める。







スローライフというのでしょうか?






たとえばこんな本もあります。







参考にして
普段スーパーなどに行って
(スーパーや量販店チェーンは産業システム!)
買っている食品や飲料、調味料などを
自分で作ってみるとかどうか。







手間暇はかかりますが、
やる価値は十分にあります。





少しずつ、
実践していくつもりです。






本日は 人間は自然から離れてはいけない?! 産業社会に縛られた生活から脱却! スローライフのすすめ
ということでブログをお届けしました。

ではまた。

こんにちわ。



今回のブログも
前回引用した書籍から。




前回はこちら。






参考書籍:ぼくはテクノロジーを使わずに生きることにした
マークボイル氏 著






著者はアイルランドのグレートブラスケット島というところで
スマホとか、クルマとか、家電とか
便利なものとは一切無縁の生活を送っている。







なぜそんな不便な生活を
わざわざしているのか?







それは現代の産業社会システムへの抵抗なのだと思います。








スマホや車など
便利なものは人の暮らしを快適にし、人を自由にする。







でも、それで本当に幸せか、と問われるとどうか?
話はまた違ってこないだろうか?








その自由な時間で何をしているのかと言えば
YOUTUBEみたりして、暇をつぶしているだけじゃないか。







著者は本書の中でとても共感できることをつぶやいています。







「丸一日の休みを最後にとったのはいつだろう?
こういう日には何もせずふとんにくるまって過ごす一日など
命にかかわりかねない。ひねるだけの蛇口。押すだけボタン。タイマー設定
するだけのセントラルヒーティング、気軽に立ち寄れるカフェ、一日中
のびりさせてくれるスイッチ類など。
そうした便利なものなど何一つありはしない。
つねに例外なく何かしら、すべき仕事がある。
裏返せば、ほぼ毎日生きている実感を覚えることだ。」







「生きている実感」







便利な家電などに囲まれていて
自分では何もする必要がない状況に
おかれている現代人にこの「生きている実感」を
常にもっている人は何人いるだろう?






かつて人類は自然を相手に
壮絶なサバイバルをやってのけてきた。






マンモスが獲れなければ
自分も含めて仲間たちは飢えて死ぬ。






極寒の冬を凍死もせずに
乗り越えるためには
動物の毛皮などで防寒する必要があっただろうが
そのためには、毛皮の素となってくれるシカなどを
捕獲しなければならない。







こういったサバイバルをしていた
ころの習性はDNAにしっかりと刻まれている。







だから人は余暇を得て、のんびりするなど
少なくともDNAレベルでは全く望んでいない。







むしろ命をかけたサバイバル環境に身を置くほうが
性に合っているのでしょう。







そうかと言って
いきなり、著者のように
すべてを捨て、山にこもって
というスタイルはちょっとハードルが高い。







では、できることから
やってみてはどうか?







例えば、私であれば
自然農で収穫できた野菜のみで
食をまかなう、自給自足。








こちらはまだ道半ばだが
目指している。








でも、この自分で野菜を育てるというのは
とても大変。











スーパーへ行って
手軽に野菜を購入したほうが
楽なのは間違いない。








でも、そこに達成感は無い。








自分の自然農畑でとれた野菜は
夏、とんでもなく暑い中でのお世話や
水やり、見守りなどをする。




↑自然農ブロッコリー




元気が無ければ原因は何かなど
あれこれ心配したりするから手間暇と時間をおおいに費やしている。








でも、達成感、満足感を得るというカタチで
この苦労は報われる。








またどのように育ってきたか、
そのほとんど把握しているから
安心感もある。








それを自分で調理して
食べるのだからとても美味しい!








この美味しいという感覚こそ、生きている実感と言えると思う。









本日は 生きている実感?!DNAに刻まれたサバイバルの記憶
ということでブログをお届けしました。

ではまた。

 

今回のブログも
前回引用した書籍から。
 

前回のブログはこちら。










参考書籍:ぼくはテクノロジーを使わずに生きることにした
マークボイル氏 著





今回はコミュニティーに関する気づきを与えてくれました。






著者は若いころから
いろいろなコミュニティーに所属したり、
コミューンを訪問したりしたようです。






コミューンとは
1960年代にヨーロッパではイデオロギー的な共同体づくりが多く行われた。
特徴は、収入や不動産や車などを共有して、育児や食事も共同化し、
ひとつの大きな家族のような共同体として暮らすところにある。
その後イデオロギー的な共同体が下火になるとイデオロギー抜きの生活共同体が多くつくられるようになった。
参考:http://www.ahla.jp/howto/commune.html






でも、
やはりイデオロギーだけで
拵えたコミュニティーには
先住民や部族持っている血縁であったり文化的共通性が無く、
それらは長い時間をかけて
醸成されるものであるはずなのにその歴史無くしては
結局はうまくいっていなかったといいます。












また、うまくいかないコミュニティーは
価値観がバラバラであるようだ。







・大地へ還れ

・ニューエイジ思想

・迷える魂

・産業社会からの逃避







これらバラバラの価値感をもった
人が集まるいわゆる難民たちの
寄り合い所帯になってしまいがちで
だからだめなのでした。






ではコミュニティーをうまくいかせるために
必要なことは何か?






それは「目的」の共有だそうだ。






例えばヴィーガニズム(完全菜食主義)などは
わかりやすい。






肉食をしないという目的を共有しているから。







そして宗教はとても強い価値観の共有です。






著者はガンディー主義のアシュラム(道場)やアーミッシュ
などを本書の中で紹介していました。






アーミッシュとは
アメリカやカナダに住むキリスト教のグループ。
自動車を使わず馬車に乗り、パソコン、テレビなどのテクノロジーに頼らず、
自給自足に近い生活をおくっています。

参考 https://dte-amish.com/?srsltid=AfmBOoomsaylIzzsZZZXEloWaH_2iNqt4eCaezMMJp55INnISKXPj5d0




↑このサイトは見てほしいです。





アーミッシュの人たちのテクノロジーとの
付き合い方にはとても関心します。





以下サイトから引用させていただきます。
「アーミッシュが警戒しているのは、テクノロジーそのものではありません。
テクノロジーがもたらす生活の変化です。その生活の変化を良いと判断するか、
悪いと判断するかを、みんなで吟味します。
吟味を重ねながら、「良し」と判断した物のみを慎重に慎重に、
生活に取り入れているのです。」






日本人は見習うべきですね。
肉食やSNSなどまったく無警戒に受け入れている。





話が逸れました。
元に戻します。






コミュニティーの前提となる
共通の目的とはどういうことか。






著者が住む
グレート・ブラスケット島における
コミュニティの共通目的はと言えば、
それはサバイバル(生存)。





グレート・ブラスケット島とは、
アイルランド、ケリー州ブラスケット諸島の主要島です。
1953年に生活が維持できなくなったため、島は放棄されるまで、
アイルランド語を話す人々の小さな漁村が栄えていました。 
ウィキペディアから





ここでは
モノや便利な道具は何もない。
医者や看護師もいない。
病気になったら、本土へ行くため
小さな船で荒海を超えなければならない。





その必要性から
村民は互いに依存しあうしかない。





そこに選択の余地はなく、
コミュニティーはまとまらざるを得ない。





確かにその通りだとおもいます。






自分が子どもであったときを
思い起こしても
昔はコミュニティーがあったと思います。





田舎に行けば、
多世代が同居して暮らしていた。





でも、それは必要性から来ていた。





当時は家制度の名残もあって
同じ苗字である一族は
一つ屋根の下暮らし、家を守る。
そんな価値観があった。
だからまとまれたのです。





でも今はテクノロジーが進化して
多世代交流などというストレスフルな
ことに耐えなくても
適当に楽しく生きていける。






でもいいのかと言えば
良くはないと思います。






最近は就職しても
3日で会社を辞めてしまう
若者も多いと聞きます。







多世代が必要に迫られて交流するという
ストレスフルな環境が
個人の精神を鍛えていたのだと思います。






だから多少の困難なことが
あってもそれを乗り越えていけた。






便利な時代は
個人を弱くしてしまいます。






アーミッシュにひとたちのように
テクノロジーの変化がもたらす
デメリットをしっかり見極めて
テクノロジーを取り入れる
取り入れないを判断していくべきなのでしょうね!








本日は便利さが人を孤独に?!コミュニティーが教えてくれる大切なこと


ではまた。