こんにちわ。
本日は心を汚す罪について
ブログを書かせていただきます。
参考:
「これを知らないと罪を犯してしまいます「心を汚すことが罪なのです」 【スマナサーラ長老切り抜き】」
https://www.youtube.com/watch?v=w6p_wpuLTRA
最近、ユーチューブでスマナサーラさんの
お話をよく聴きます。
私は宗教には何も入っていませんが
とても興味深い話をされています。

スマナサーラ長老
プロフィール
スリランカ上座仏教(テーラワーダ仏教)長老。
1945年スリランカに生まれる。13歳で出家となる。
スリランカの国立大学で仏教哲学の教鞭をとられたのち、
1980年に派遣されて来日。現在は、日本テーラワーダ
仏教協会などで初期仏教の伝道、ヴィパッサナー実践の
指導に従事されており、修行練磨の誠実温厚な人柄、
的確流暢な日本語による説法で定評があります。
朝日カルチャーセンター講師の他、NHK教育テレビ
『心の時代』への出演も反響を呼びました。
今回は何気ない日常の会話
に潜む危険な行為についてのお話でした。
感情を体に貯めておくと
ストレスになります。
ストレスになる感情とは
ほとんどが悪感情です。
人への妬みや嫉妬
不平、不満、決めつけ。
ストレスを貯めたくないので
それらの悪感情を言葉にして吐き出します。
とにかく悪い感情を吐き出したくて
しゃべります。
これは無知から来る
弊害ですが
知識が無ければ
妄想からでも人は
しゃべりだすのです。
妄想ですから何の意味もありません。
真実からはかけ離れているでしょう。
そして問題は
それを安易に聴いてしまった場合です。
悪感情を吐き出したくて
なんでもいいからと
発せられた言葉を
まともに聴いてしまったらどうなるか?
心が汚れてしまうのです。
それは罪。
精神世界においての基本的な考え方は
自分などいない。
相手もいない。
すべては大いなるものと一体である。
自分の心と思っているのは結局自我。
自我は存在しないものです。
つまりは自分(結局は存在しないもの)
の心を汚すとは大いなるものを汚すこと
と全く同等な行為。
だから、罪。
そういうことだと思います。
だから今日の教訓。
「うかつに人の話を聴かない」ですね。
心を汚さないために。
本日はスマナサーラ長老に学ぶ!日常会話に潜む危険行為 心を汚す罪とは??
ということでブログをお届けしました。
ではまた。













