己と向き合わずに済むツール?!「雑な感慨フォルダ」とは?町田 康 氏著「俺の文章修行」を読む | アフターコロナを生き抜く!これから起こる変化について発信するブログ

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こんにちわ。
本日は心の錦について
ブログを書かせていただきます。

参考書籍:「俺の文章修行」
町田 康 氏著






こちらの本は
著者が文章を書くために
は何が必要か、











また文章というものが
生まれる際に脳内で
何が起こっているかを
示してくれた本です。






私もブログなど書いていますので
このトピックは非常に興味があります。





いろいろなことが書かれているのですが
一番惹かれたのは「心の錦」というものについての記述です。





心の錦とは何かというと己と向き合うことで
胸中に発生する内実で
著者によれば言葉を動かす最初の力
なのだそうです。






そして、心の錦を見つめ
それはいったい何なのかを
考えつつ、文章にしていく。





しかし、そこに至る間に難敵がいます。





それが「雑な感慨フォルダ」。





雑な感慨フォルダとは
人が何かの出来事に遭遇したときに
主に善悪で物事を選別していく心の働き。




「〇〇ってええなぁ」(善)


「〇〇、あかんがな」(悪)





このように
デフォルト化している
善悪に事象を仕分けをしていく。





テレビが良い例。




いつもニュースで
その日にあったことなどが
報じれれていますが、





それを誰に頼まれたわけでも
ないのに、勝手に善悪どちらかの感情を抱き、
それをせっせと、この感慨フォルダーへ
振り分けていく。





なぜ。こんな感慨フォルダが存在するのでしょう?





自分と向き合うことを回避できるからです。





なぜ、向き合いたくないのかと言えば
それは向き合うことで
自分の弱いところ、
醜いところを見ざるを得ない。





非常に苦しい作業です。





しんどいし、
気分も悪くなります。





だから避けたい。





p191にこのフォルダのことが書かれていました。





「多くの事柄を
この雑な感慨フォルダに入れて整理し、価値観を
すっきりさせた後でやおら内容に取り掛かる。
これが内実スルーのメカニズムである。」





価値観をすっきりさせることで、
内実をスルーしていることに気づきます。





でも、内実こそ、心の錦。




良い文章が生まれる起点です。





だからスルーしてはいけない。






対処方法としてこのフォルダを無くして
しまうことが必要です。





でも、フォルダは強固です。




何年もかけ、そのフォルダは外皮を強化して
並大抵のことでは無くせない存在になってしまっている。




なんとかこの呪縛から逃れたいわけですが
どうしようもないのでしょうか。




ありがたいことに
脱却方法がこの本には示されていました。





206p

1、自分が事物、事象に触れて何かを感じたり
考えたりしたら、「あ、俺は今、感じたな、考えたな」
と思いそこでいったん立ち止まる。


2,自分が感じたこと、考えたことは割と
しょうむないかも知れん、と疑う。


3、自分がなぜそう感じたか、考えたか、
その理由を探ってみる。







ここで重要なのは3です。




理由を探っていくと
多くの感情はこの雑な感慨フォルダから
もたらされたことに気づいて愕然とします。




そうすると、2で言っていた
自分の思考は割と「しょうむない」
ということを認めざるを得ない。






これが雑な感慨フォルダの無くし方ですが
著者も言っていますが
永年にわたって、このフォルダを
使って、楽をしてきてしまっているから
無くすのは非常に難しいと言います。





でも、無くせないと良い文章は書けないし
文章を書かなくたって、自分と向き合わずに
過ごしていって良いわけはなく






やはりこのフォルダーを無くす
努力はやっていこうと思っています。








本日は 己と向き合わずに済むツール?!「雑な感慨フォルダ」とは?町田 康 氏著「俺の文章修行」を読む
ということでブログをお届けしました。

ではまた。