北軍 共和党 奴隷廃止

南軍 民主党 奴隷制度擁護

 

1920年の女性の参政権(ウッドロウ・ウイルソン)というのもありますけど、本格的に人権に目を付けた民主党の大統領はルーズベルトでニューディール政策、いわゆる大きな政府によって複数の層の支持を集めその中に北部の黒人層の支持もありリベラル派勢力がここに誕生した、この時点では様々な利害関係を社会主義的な政策により国を大きくまとめることとになりルーズベルトは12年大統領を務めることになった。その流れで1965年黒人の投票権法(リンドン・ジョンソン)

 

価値観どうのこうのと口にする傾向が強いのは民主党なので、アメリカ民主党の大統領にスポットを当ててみると、価値観どうのこうのの変移というものが見えてくる。カーターの人権は外交だけではなく国内にも多様性の推進として女性やマイノリティを連邦裁判官として任命、ロバーツハリスを女性初の閣僚に任命し、現在のDEI政策の土台を形成した。次のクリントンは「アメリカのような政治」を掲げ、アファーマティブ・アクションを使い多様性を自身のアピールのためにカーター時代よりも踏み込んで推進(のちの発言ですがアイデンティティ政治の毒は子供たちの未来への脅威だと発言、それを認識しながら投票集めに多様性を武器にした)しかし、作為が見えすぎたので、逆差別、クォータ制への嫌悪の反動が起きて、中間選挙に敗北(共和党側は「アメリカとの契約」として保守的な政策の小さな政府で勝負)、共和党がアファーマティブ・アクションの全面廃止を迫ったところ、クリントンは「mend it don't end it」終わらせるのではなく修復しようと提案、数合わせと資格のない人を排除し実力主義を残した。他方、同性愛者の入隊を全面的に解禁すると選挙に公約しており、軍部からの猛反発、保守層に対する配慮から(don't ask don't tell)問うな、語るなという言葉を生みだしたり結婚防衛法に署名したりして、ここまでは分断に配慮(そのおかげでクリントンは再選は果たす)しながらポリコレを扱っていたけど、次にチェンジ、チェンジが出て来て、そっちの意味のチェンジかよとアメリカ人が考えているのかは知らないが、本格的にアイデンティティ政治を取り入れて国を憎悪で二分させたのはオバマ、そのオバマも重箱をつつくような他人への攻撃を伴う非難は社会運動ではないとキャンセルカルチャーを「自身らが」権力を与えていながら戒めてはいる。

 

クリントンの「mend it don't end it」終わらせるのではなく修復しよう、大統領の時期が1993年~の話、特定の人間を優遇するアファーマティブ・アクションは選挙に影響するほど不興を買い訂正、一方、2020年代から本格的にアファーマティブ・アクションを始める日本、マスメディア、政治、企業が積極的に推している、他方、その傍らで高市自民は右派と騒いでいる人々がいる、どう考えてもDEI政策をするのは左派というところから考えると、自民は左派でその左に属する政党は間違いなく極左、少なくともこの事実は認識しよう。

 

アメリカではマシューシェパードさんが1998年同性愛者だということを理由に殺害された。ゲイやレズに対する暴力行為や嫌がらせというのも日常的にあったようだ。2009年にマシューシェパードとジェームスバードヘイトクライム法が成立。また、パウエルが提出しクリントンが署名したDADT(Don't Ask, Don't Tell)聞かない、言わないが1993年に成立、軍人が同性愛者であることを公言することを禁じる法律、これらが社会課題になり、オバマ政権がDon't Ask, Don't Tell Repeal Act of 2010で廃止、またそれまで同性婚に賛成していなかったオバマが2期目の選挙中に同性婚を支持した。2023年の東京レインボープライドにはG7の大使も参加しLGBTの権利を訴えたらしい。いわゆる政治的なものでしょう。


 

これらの台座となっているのが「すべての人間は生まれながらにして平等であり、誰にも奪えない権利を持っている」と「原罪」が混合した規範であり、そこからアガペー(自己犠牲的な慈愛)や隣人愛、ケアの倫理(道徳性発達理論を提唱したコールバーグの生徒、ギリガンが作った言葉)=エンパシーと結びついて、それに、ある性質(キリガンも指摘しているが女性は共感や同情をより重視して左派政策に傾倒する傾向があり=無限の理性)を持つ人は影響を受けやすい。日本の場合はケアの倫理がマスメディア、教育界を通じて広がっているという形でしょう。

 

無限の理性の実例

先日、国会議員で立憲民主党所属の蓮舫議員が「無限の理性」でおひとり様の女性が年老いても困らないようにするのが次の目標とXに宣言していた。しかし少子化高齢化の中で、低所得者からも広く税金を取っているそれを支援に配るの、男性は?という福祉を構成するものが欠如していて、そもそも社会を変えてやると女性の社会進出、権利を強く主張して出てきたライフスタイルなのだから、そこから出る弊害も、自由と責任として、受け入れるのは当然でしょと普通は考えられるも、しかし無限の理性からは打ち出の小づちのように権利、福祉が湧いてくるも、それを構成するものに対しての憐みや責任がまるでないが、恐らく圧倒的に自分は正しいと考えていると考えられる。

 

社会契約説  社会や国家は自由で平等な人民の自発的な契約(合意)によって成立したとする考え方

 

アメリカ独立宣言の「すべての人間は生まれながらにして平等であり、誰にも奪えない権利を持っている」の土台になった天賦人権(いわゆる自然権)とジョンロック(17世紀の王政のある時代に生きていた人でフランス革命とその結果を知らない、知っていたら真逆の意見を言っていたと私は思う、というのは革命を擁護したトマスペイン自身も経験したロペスピエールの恐怖政治、中国やソ連の社会主義に「何かある」=アンガージュマンを期待したサルトルが見せられた愕然の結果のように)の社会契約説。ジョンロックの社会契約説とは(ホッブス、ルソーの社会契約説に政府は人々の権利を守るために作られたものであり、もし政府がその役目を果たさないなら、人々には政府を変える権利(革命権)がある、を付け加えたもので各々の社会契約論の主張に違いはある)

 

ルソーは、生産物の余剰からでたりする私有財産が万人による万人の闘争と不平等を招いたとしていて、私有財産制度の前は平和だった、そこから、資本主義の個人の利益や派閥の利益(特殊意志)ではなく、すべての市民が「一般意志」に基づいて直接参加し、自由と平等が保たれ、社会全体の共通の利益を目指す社会契約、これにカークマルクスが影響を受け、共産党宣言になっていく。

 

ホッブスは人間は自分の利益のためにまさに自然に殺しあうからリヴァイアサンとする国家が必要。