今回は別の視点から見ていこう。

 

社会保障費が国の財源を圧迫しているといわれて久しいですが、いまだこれといった解決策が見つかっているようには見えません。そんな中、紹介状なしの受診で5千円以上負担、対象の病院を拡大へ 75歳以上医療費、一定の所得で2割負担 政府中間報告政府の中間発表が昨年の12月にあり社会保障の中の医療のところを見てみると定額負担がこれまでのベット数400床から200床にという提案と、これまで一割負担だった75歳以上の窓口負担を一定の所得のある人に限り2割にという提案があったようです。社会保障費が増えて問題になっているのは現役世代と高齢者の人口動態のバランスですから窓口負担を2割にするということは患部を直接、治療するように一歩、進んだ対策と言えるでしょうが75歳以上で一定の所得がある人からすれば面白くなく、二割負担を決定した与党に悪感情を抱いて次の選挙で不利になるかも知れない。支持政党なしが圧倒している日本の政治で支持層を敵に回すようなことはしたくない、しかし、そこばかり気を揉んでいても社会保障費は膨らむばかりである。

 

先に断っておくが、すべて私の推測で実相はわからない。

 

ルールを統轄するコミッションは権威でボクシングの発展に寄与するのが目標である。

私が見るところコミッションは長年、ボクシング業界に尽力し守ってきたと思う。普段、書いている内容からは信じられないと思いますが私はこう見えてもコミッションに同情を抱いているところがある。それは時としてボクシングを守るにはボクシング業界と対立、また業界を守るにはボクシングそのものと対立しなければならない局面がありボクシングを守るとボクシング業界を守るが異質になることはジム制度、マネジャー制における諸問題から理解できるのではないだろうか。これは皮肉でも何でもない、郡司さんの受け売りでいうと渡辺勇次郎はジム制度を推していたというより全部、自分たちでこなさなければならなかったから結果的にジム制度になったというように日本のジムの性格からして護送船団方式的なやり方が適合したからだと思うがコミッションの本来の目標とはかけ離れているのではないかと考えているからである。それに、そこからひずみも生まれる。

 

 

想起するのは井岡叔父が柳(ユミョンウ)に勝利し辰吉がリチャードソンに勝利した1991年、最優秀選手賞と年間最高試合は辰吉が手にした。今なら当然のごとく、こんなものはただの美人投票と一蹴するし17度防衛中の相手に不利の予想を覆したんだからと理解も示すけれども、当時の私は(辰吉ファン)この決定に不満を見せた井岡陣営のことを(水を差す的に)快く思っていなかった。原告も同表彰式に参加せずに不満を抱いていたように見受けられる、区別されていると思ったからだろう。そうした不平不満が公然化したのがゲレーロとの決定戦での出来事で試合で装着するグローブのことで対戦相手と悶着が起きた。調印式の時のグローブを使用するか自由に選べるかである。原告はこの時にコミッション側に助力(対戦相手との交渉)してほしいと願い出たがきっぱり断られている。ボクシングで考えれば私はこの判断は間違っていないと思う。コミッションは特定の選手やジムの小間使いでも黒子でもないのだから。しかし業界を守っているということで黒子になっていたという記憶はないだろうか。胸に手を当てて振り返ってもらいたい。コミッションは西島の件でそいつを使うなとわざわざアメリカに手紙まで送っていったい何を守ろうとしているのだろう。新参の原告が助力してほしい大手と同じように扱ってほしいと希望したのは黒子としてのコミッションという記憶が存在していたからかもしれない。選挙によって選ばれた人たちではないコミッションメンバーは誰よりもアダムスミスの道徳感情論で論じられている「見知らぬ人」「第三者」「良心」である「公平な観察者」の心境にいなければならない。それがコミッションメンバーの職業倫理である。特定の選手やジムに好意を持ち、一方では憎悪を抱く、そしてそれが行動方針になっているのであれば、それはただのファンやアンチであって権限を持つ管理者としては不適合である。これはジャッジ、レフリーの~判定等が問題となることからも理解できるだろう。このように私はコミッションというのは業界と一定の距離をとるのが良質な関係だと考えるが「ボクシング業界に尽力し守る」となると接触する距離は近くなる。それは業界の黒子(下位互換)にすぎない。

 

 

こうしたことに端を発してか?IBF負けても王者の前哨戦となった。

これは当時、私が書いたもの

 

「IBFスーパーフライ級タイトル決定戦に出場するが

計量で悶着があった、予定の午前10時から2時間早い8時にIBFの管轄だからと

IBFスーパーバイザー、会長、両陣営で当日計量を済ましてしまい

日本を管轄するJBCには連絡が行かずに参加していないという。JBCは憮然としながらも

前日計量を済ましたから世界戦として認めると暢気にいっているが

4・5キロという上限が守られているのか確認したのであろうか?

これは責任の所在としても重要な事なので把握していないなら

責任をもてないから、この試合は認めないと表明するべきだと私は思う。

 

ちなみにIBFスーパーフライ級の前王者であるサンチェスも体重超過で剥奪となったが

その経緯には問題があって前日計量で1回目は116ポンド、そして30分後の再計量では115・5ポンド

10分を残した三度目に115ポンドでクリアーしたとあったが試合当日計量になって実は

115・2ポンドあったとIBFスーパーバイザーの発言があってタイトルが剥奪されたというもので

115・5ポンドの再計量以後ネバダのコミッションはその場に居なかったとか

両者の主張も食い違っていてサンチェスは115ポンド落せたといい、

IBFは彼はできなかったし間違えていると反論して結果的に剥奪となっている。」

 

手数料は徴取するけど助力してほしいと頼んでも何もしてくれない置物なら関係ないということだろうか?ボクシングのいびつな権力の二重構造が招いたことだが、コミッションを#1抜きにして当日計量を行い対立が深まった。そしてIBF負けても王者が起きた。IBF負けても王者の時に「コミッションの堪忍袋の緒が切れたー」みたいな記事がメディアから発信(読んでいないので中身は知らない)されていた記憶があるけれども、もしそれが事実ならば、これはコミッションの職業倫理から最も遠いところにある感情であるがボクシング業界を守っていると自負していたのならぴったり合った表現になるだろう。なにせ業界のつまはじきと戦っていることになるのだから。こうしたことが歪んだ正義なのかどうかは結審したコミッションメンバーとの名誉棄損の審議内容から確認できるだろう。そして権威としての管理者が「公平な観察者」の心境になれないのであれば、それは、この職業に不向きということになるので、残念だが自ら身を引くのがボクシングに寄与することになる。

 

原告にも非があるんだと書こうとしたが権限を持つ管理者と管理される側では立場が違うのでどう考えても、こうした内容にしかならなかった。

 

 

#1

サンチェスの件もネバダ州コミッションは当日計量に姿を現しておらず、IBFの説明では当日はIBFの関係者だけでも構わないという記事もあったので、もともと無造作なのかもしれない。