亀田とJBCの裁判はルールを裁定し統轄する組織「公平な観察者」であるべき人間が法学部を卒業し司法試験に合格し少なくとも訓練を積んだ「公平な観察者」によって裁かれておまけに敗訴しているという可笑しな光景ですが、それに関連して亀田の「正しい」言葉に噛みついている噴飯な人がいるそうです。
何が噴飯なのかというとメモ「お前が言うな」という絶望的な思考力のなさここでも語っているように「正しい」言葉は自身の控訴とJBCの改革をただ合わせたもので外交辞令的なものに過ぎないと私は見ていて、その言葉自体は亀田が処分されて日本ボクシング界が正常化したと嘯いていたものと同じように空しいと感じるもの、実際、処分後も認定団体によるタイトルの乱造にトラブル等、その点は何一つ変わっていない。JBCの改革については「公平な観察者」ではない人がルールを裁定し統轄する組織のトップにいるのは不適合であるから「公平な観察者」になれない人たちの辞職は、その点においては改善も見込まれるのだろうが、傍目から見ると財政面、労働環境、職員(レフリージャッジ等)の技能向上の改善が必要とされているように考えられるので現在のボランティア的なものからの脱却がJBC改革の正鵠だと考えられる。それを考えると「公平な観察者」でない指導者ら数人が辞めたところで正鵠であるボランティア的なものから脱却は果たせないかもしれないと、あくまでこの裁判は不当な処分による損害賠償のものであってJBCの改革と密接に結びついているかと言えば微妙ではあるけれども裁判についてメディアから聞かれたので場に合わせた巧言で答えたということなのでしょう。しかし、この巧言こそは「正しい」言葉に噛みついている噴飯な人が大好きな「常識」というものでもあり、亀田が日本ボクシングのイメージを著しく貶めたの元になるものの対置にあるもので、それに噛みつくのは自身らが心の底から信じる理に反するということを噴飯な人は理解できないから噛みついているのでしょう。