世界保健機構は新型コロナウイルスを「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」と宣言、また、国によっては国家非常事態宣言を発動、外出禁止命令など戦時状態のようだという比喩も大げさではなくなっている。日本も政府から活動の自粛が要請され人でにぎわう行楽地などが従順に要請に応じた。そんな中、k-1が国、県のコロナ防疫の自粛要請に従わずに興行を強行、多くのメディアやインターネットで様々な是非が寄せられ、これだけ注目を集めるのは昔のブーム以来であるが、そのほとんどは悪評になるだろう。私は世界状況から考えると2020年東京オリンピックは延期にした方が良いという立場(選手だけではなく様々な人の渡航が考えられて、突然変異の第二波、第三波は避けたいところ)なので、それに照らし合わせるとk-1は興行をやるにしても密閉、密集が避けられる青天井の広大な広場で2m以上間隔を取って晴天の日に行うなど他にうまくやる方法もあっただろうと考えているが、結論とすれば他でも囁かれている評論と同じく自粛要請に頼り責任回避しようとする行政の姿勢に問題があるに達する。いずれにしてもk-1の興行で感染が広がらないことを願うばかりである。(タイでは3月6日にルンピニ・ボクシングスタジアムで開催されたムエタイの興行でクラスタが発生したようだ)
緊急寄稿(1)新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のウイルス学的特徴と感染様式の考察(白木公康)
こうしたk-1への憤りは恐らく興行の強行は善とされる最大多数の最大幸福に今のところは反しているからだと考えられる。勿論、ミルも批判しているように幸福も人々の快楽の尺度はそれぞれ違うのだから多種多様なものがあるのだろうが多数にとって「納得」できるものが最大幸福になるのだろう。所謂、公共の福祉を守るということ。その意味においてクラスタ的な感染の危惧があるのに強行し多数に被害を及ぼすかもしれないという行為は最大多数の最大幸福に反しているのかもしれない。聞くところによるとコロナウイルスに感染しても80%は軽症で済むという話、ということは、これは感染したら重症化する可能性のある20%を守る戦いになる。数だけで言えばマイノリティの部類に入れられかねないと考えられますが、その20%に近親者が含まれないとは限らない。それは湿気のある密室では乾燥を逃れて数分~30分感染性を維持するエアロゾル感染かつ80%の人は軽症で認識ないうちに感染させているかもしれない難儀な性質を持つウイルスであり、つまるところ他人ごとではないということが多数による「納得」になっているのだろう。他方、自粛で経済が破綻して大きな被害が出るとなったらどうなるだろうか、その時、最大幸福の多数の「納得」はマイノリティの為にという選択になりえるのか?普段、気にしていない時にはこうした時に生まれるトレードオフは案外、見過ごされていることがあるのではないだろうか?今年は絶対湿度が高いのとコロナによる衛生の影響でインフルエンザの感染者が昨年に比べて400万人も減少しているということだが、2019年はおよそ約1200万人が罹患し約3000人がインフルエンザで死んでいる。一日で50人近く死んだ日もあるが、ワクチンもあるし治療方法も確立されているから気にならないのか、新型インフルの時にはワクチンの供給不足で混乱していたが、それほど気にしていないといえば3000人の死亡者がいても私もコロナほどは気にしていなかったし、学級閉鎖はあっても、この為に経済活動を止めるとまでにはいたらなかった。それは新型コロナの影響で大気汚染や温室効果ガスが激減しているということだが、大気汚染関連で死者数を調べてみると880万人が早死にとあり年600万人~700万人が大気汚染が原因で亡くなっているという数字も出てくる。また事故死や死に至る病というように経済関連での絶望死と多くのトレードオフが存在しているが、やはり認識はあっても常時、意識しているかと聞かれればしていないのかもしれない。人間の認識や意思決定は矛盾が多いという話で、昨今は法律が改正されて躾だとしてもペットを叩けば虐待として逮捕される可能性がある一方、豚一匹からコレラがでれば全頭処分、鶏もそうだが、そういえばその際に感染を黙っていたとして家畜伝染病予防法違反で逮捕(自殺者まで出ている)されているが、犬猫も狂犬病予防法がありペストや狂犬病のように人間に害悪であるとき愛玩精神を維持できるだろうか。狂犬病は日本では50年近く発生していないが今も殺処分が存在しているということは可能性としては0ではない。贅沢品である肉を人間が安価で食べる為に動物は集約的畜産されて生涯を終える、動物愛護団体にこれを抗議する人がいてもほとんどの人は動物虐待はよろしくないとしながら集約的畜産は黙認している。こんなことを書くと誰の受け売りかわかる人にはわかるだろうが否定するのは難しい。「最大多数の最大幸福」は今のところと書いたのも少し落ち着けば納得は変化する可能性もある。弾力性のある「納得」には振れ幅があり様々な利害衝突がある。多数による納得は正しいとされる功利と徳倫理の対立もその一つで、自粛か経済活動の対立も利害関係の調整が必要になってくるから医学的(科学的)根拠に沿った政治判断が求められるにもかかわらず自粛要請で責任を持とうとしないのは無責任だという批判がでるのは当然であり、結果として従わないところも出てくる政治問題なのである。
人は不確実性に直面すると動揺して不合理な行動をする場合がある。確かリオ・オリンピックの時にもジカ熱「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」が蔓延したとかで日本でも公園に殺虫剤か何かを撒くシーンがニュースで流されていたが、あれ今どうなったの?そのあとはヒアリか、兎に角、予備知識のないことが突然、舞い込むとパニックになってしまうことがある。未知のウイルスとなればなおさらだろう。扁桃体の直感での行動は案外正しいことも多く、マスクやトイレットペーパー(ウォシュレットは使わないの?)でミニマックス戦略により買いだめが発生、商品が品薄状態になっていて買えた人の直観も不正解とは言えないだろう。前頭前野の推論、いわゆる遅い思考ならどうだろう。買いだめしたところで噂の~ショックが起きればいずれ商品はなくなり長期には買いだめも意味は持たなくなる。それなら買いだめはせずに長期に備えて力を合わせたほうがとなるのか?しかし自粛の話と一緒で多数の人が前頭前野の推論で物事を考える人だとは限らない直観で物事を考えたほうが楽なのだ。ではこれを逆に利用すればいい。規範とか道徳性を一つ一つ自己判断するのは大変だから模範に同調するのが手っ取り早い、ドッキリ番組で周囲の多数が突然、頭を抱えてしゃがみ込むとつられてしゃがみ込んでしまうあれだ。権威に弱いというのも都合がいい。うまく誘導すれば一定の人には効果があると思う、一方、バンドワゴン効果は間違っていてもみんなで渡れば怖くないようなことがあるから医学的(科学的)根拠に沿った啓蒙が重要、政府の存在意義はそんなところにあるのだろう。思っていたよりも感染が広がっていないので油断してしまったところもあるようだけど今一度気を引き締めることも十分可能だと思う。ワクチンの開発まで医療崩壊にならないように努めないとね。
ジャレドの「銃、病原菌、鉄」には相当の犠牲を払いながらマラリアに抵抗力を持つ民族や結核に抵抗力を持つ民族がいると書いてある。ヨーロッパの新大陸上陸によって多くのアメリカ先住民が犠牲になった。大虐殺もあったがヨーロッパから持ち込んだ疫病による被害も大きい。それはヨーロッパが野生動物の家畜化により感染したウイルスをアメリカに持ち込んだからだ(南方戦線で沢山の日本人がマラリアの犠牲になっている)アメリカ先住民は免疫がついていなかった。
中国 8万1000人(6万7千人が湖北省)3200人 人口13億
韓国9400人 144人
オーストラリア 3600人 14人
マレーシア 2100人 26人
日本1700人 55人
インド 724人 17人 人口13億
生活様式の相違も関係しているのか?アジアに比べるとヨーロッパの感染者は多く感じる。
センザンコウから類似したコロナウイルスが発見されているという。