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友人とツリーを買いに行きました


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日本と違ってカナダは各家の敷地も広いですし、自分達でクリスマスツリーを買って作るのは珍しくありません。日本では各家庭で簡易なイルミネーションを作ったり、少しお金持ちの方は業者などに頼んで庭先にクリスマスツリーを置いて豪華に演出する家もありますよね


皆さんは今年のクリスマスは素敵に過ごせそうですか?


私は今年も何とか病気と闘って生き長らえる事ができ、そして支援活動の方も順調ですから、心身ともに何とか素敵なクリスマスを過ごせそうです


いつも支援=お金という形の話題になってしまって申し訳ありませんが、これも一つの職業病のようになってるのですが、支援=お金の援助という行為をして相談者のお話しを聞いてると、どうしても不幸の原因の大部分はお金のない苦しい生活が占めてるという風に思えてしまいます


もちろん哲学として考えれば人の不幸はお金では決まりません。それは皆さんも重々承知かと思います。けれども皆さんに想像して頂きたいのです。本当の貧乏や、または借金による精神的な苦痛、未来の見えない状況による不安など、極度な状況を経験された方は日本には少ないと思います


それは裕福過ぎる日本という国で生まれ育った皆さんには経験のしようがなかったのです。私のように60代以上の年代であれば本当の貧困などを知ってる世代です。でも50代より若い世代になると、既に日本は高度成長期に乗ってますから、日に日に社会が裕福になっていく事しか経験してない世代なのです


その世代の人にカナダやアメリカでの本当の貧困層や中南米の貧困問題、治安の問題、そして宗教などにある人種差別の問題などを想像してみて下さいと言っても無理なのは解ってます。ブラジルではわずか10歳の子供が食費の欲しさに大人を拳銃で殺すのです。それが日常茶飯事に起こる光景を日本の方に想像して下さいと言っても無理でしょう。映画の世界だと思います


毎日のように日本の支援相談者とお話してると、状況や苦しさの度合いは違えど、やはり各国の価値観や風習の中でそれぞれにそれぞれの痛みや苦しみというのがあり、その苦しみに対しての優劣をつけるというのが難しいという思いがあります。日本には日本なりの貧困や経済難の度合いがあり、日本の中での苦しみです。ですからそれを例えばアフリカと比較しても「理解は出来るが当事者としては現実的比較は困難」という意見が大半です


私は日本の中で日本なりの事情と問題の中で発生してる経済難者に対して支援をするつもりです。何も「アフリカで食料も与えられない人間がいるのにあなたの悩みは悩みのうちには入らない」などと堅物に説教する気もありません。何度も言いますが、日本の風習と状況の中で、それなりの気概ある人であれば支援したいと思ってます


結局のところ、日本は裕福で常に何をするにも【お金が必要となる】文化ですし、社会もそういうシステムとして出来あがってます。10円でもしっかりと管理される真面目な国です。その中で経済的に苦しい、お金の支出があっても収入という入り口が閉ざされたり、あるいは支出ばかりが増えるような政策であれば、結果的に不幸な思いをするのは経済的な力のない一般国民です


【お金がない人生は不幸】とは思いたくないですが、実際問題としてお金がないと不幸です。特に日本ではそうです。経済的な苦しみの中で、クリスマスを前に華やかなネオン街や街行く幸せそうな人達を見て「卑屈にならずアナタも心豊かな気持ちになりなさい」などと言われなれるわけがありません


多くの人は華やかなネオンとお金持ちが楽しそうに高級デパートでブランド物を買う姿を見てこう思うのです


「あぁ、羨ましいな」と。そう思って当然です。何も自己嫌悪することでもありません。このように、やはり物理的な物による幸福感の支配というのは人間の煩悩として当然の形であって、それを悟りを開いたお坊さんのように無理に抑制しようとしても難しいのです


綺麗ごとは私は嫌いですから、支援相談を受けたいと思ってる方には素直に話しを聞きます。お金もなければクリスマスも正月も楽しく過ごせないでしょう。でも何度もブログで言ってきましたが、私は気概を相手に求めます。行動を求めます。信頼と信用の関係を求めます。それがなければ何も進みません。気概も行動力もなく、そしてこのaoyamaとの信頼関係も努力せず築いてくれない人に支援などは不可能です。でも逆を言えば、気概と行動力、そして私への信頼や信用といったもの構築する前向きな人間であれば支援は叶うということです


とても単純明快なお話しではないかと思います


素敵なクリスマスと年末を過ごすためにも、お金は必要だと思います。気概ある方には支援します。

私が尊敬するある日本人経営者の言葉です


「君は事業部長だが、事業部長とはその会社の子会社のようなものだ。だから君は子会社の社長と言える。だから社長の君を信頼して全権を委ねる。君に任せた。その代わり全力でやってくれ。全力で行動してくれ。死ぬ気でやってくれ。そしてそれでも駄目だった時は全責任は私が取る」


この言葉は私の支援活動においてもいえる共通概念です。私がもしこの経営者のように支援をする立場としてトップだと仮定しましょう。でも無償で支援するからと言って私が偉いとか、問答無用に私の言う事に従えなどと言う気はありません。ただ言わせて頂きたいのは、支援を受ける側は「今抱えてる問題を打破するために誰よりも真剣に必死に、そして気概を持って行動をしないといけない立場」であるのです


ですから私というトップにいる人間を信頼して頂けるなら、私もあなたを信頼します。いや、私があなたを先に信頼しますから、あなたも私を信頼して下さい。そしてダメだった時は全責任を私が負います。全力で私の話しを聞き、全力で行動し、真剣に気概をもってる方を全責任をもってサポートするのが私の使命だと思ってます


私の使命の本質は実はここにあって、何も考えずにお人好しに甘く支援をする事が私の使命ではありません。まるで我が子を強い人間に育てるかのような想いでの支援なのです。お金は全く惜しくありません。もう60年以上も生きてきて余るほどの財産を持ってますし、今の年齢になって金銭的な欲望など毛頭ありません


ですから財産を使う事には全くの抵抗などないのです。ただ抵抗があるとするなら、安易な形での支援によって、その支援させた方が人として堕落してしまったり、その支援金が原因でダメな人間になってしまう事を私はなによりも恐れます。まるで震災の復興基金などと言って、集めたお金が現地の方のために使われず、権力者の私腹を肥やすために使われるような不透明なお金になるのと似てます。善意と思って行った募金が、権力者の悪行を助長するために手助けした共犯と同じです


私は私が行う支援がそんなバカな話になってしまうのだけは絶対に避けたいのです。だから私を悲しませないで頂きたいのです。金銭的な支援を私はしますが、その支援された後に人生を変える変えないは、その支援された方の生き方や努力にかかってます。人生はお金だけじゃ変えられません。だからこそ、私は支援だけじゃなくて人としてのお話しや教訓などもお節介ながら言わせて頂く事もあります


でも、私が数百万なり数千万と無償で支援するからには、その時点でその方を私は信用してるという事なのです。信頼してます。どうか、あなたも私を信用して下さい。信頼して下さい。相互信頼があっての支援であって、そしてその先の支援による人生の変革が可能かと思ってます


必要とあらば追加支援も致します。現にトータルで5000万の支援をした個人もいますし、問題なのは金額の大小ではなくて、その支援されるために行動できるか?信頼を築けるか?そして支援された後にちゃんと行動をして良い意味で変革ができるか?が重要かと思います


最終的にはその人の問題です。その人が変わるために必死で行動をしないと人生など変わりません。それを忘れないで下さい。他力本願ではいけません。私は金銭的に協力する立場で、ちょっとした人生の教訓を説教するような立場です。でも行動するかしないかは支援希望者の問題です。それを混同はしないで下さい


気概ある行動と信頼と信用できる、心の純粋さも必要となります。


賢明な読者の方であれば私の言ってる理屈はご理解されてると思いますので、私はいつでも構いません。まずは支援希望があればメッセージを下さい。主婦でもサラリーマンでも老人でも、自立した成人であれば誰でも構いません。最初からお話しを聞いて温かくお迎えします。何も怯える事も緊張することも遠慮することもありません。


アメーバブログにあるメッセージ機能を使ってお問い合わせしか最初は受けつけてませんが、その先は個人的なお付き合いをさせて頂きたく思ってますので、最初のステップとして私に問い合わせをしてみるというのも行動の一つかと思います。それではお待ちしております。

私は東アジア滞在中にチベットで最高位のチベット秘占術「ナクツィー」「カルツィー」を伝承されました。ブログをご覧になってる方の多くが聞き慣れない言葉でしょうけど、簡単に言えば私は霊性ある人物ということです。こういったお話しをブログ上ですることはほとんどなく、今回が初めてかもしれませんね


最近になって支援希望者との会話の中でも「aoyamaさんは何か特殊能力などお持ちなのでしょうか?」という問いが増えて来たので、その都度メッセージなどでは返答しておりました。一度良い機会として、ブログでも簡単に触れてみるのも良いかと思い本日は書いております


皆さんもよくご存知かと思いますが、2001年9月11日に起こった同時多発テロがあります。私が住むカナダのアメリカ大使館でもあの惨状を嘆き、そしてカナダの協力への感謝などの込めた石碑が10年記念として設けられました


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このテロが起こった時、私は日本に居たのですが、今からお話しすることはaoyamaのひとり言だと思って聞いて下さい。今でも忘れません、 2001年9月11日、あれは東京世田谷区の駒沢公園で毎朝のジョギングを朝の6時頃にしていた時です。突然の頭痛がしてフラッシュバックのように目の前が光、そして目が眩むような感じになって、数秒だと思いますが、意識が朦朧としました。「何かが起きる」と思いました。


私は世界的な大惨事や、多数の人間が亡くなるような事件、そして身近な人間の死など、そういった事が起こる前に事前に察知する予知能力があるのですが、このように「フラッシュバックのような現象が起こって目が眩み、頭痛と瞬間的な意識の朦朧」が起こる時というのは、いつも誰かが亡くなったり、あるいは世界のどこかでとんでもない事件が起こったりしてきました。


私は凄く憂鬱になり、ジョギングを止めて直ぐに帰宅しました。とにかくこれから数時間、あるいは数日のうちに自分にとって嫌な事が発生するのだけは過去の経験からも解っていたので、もの凄い憂鬱感で怯えるように自宅で引き籠ってました。すると、それから1時間もしないうちにテレビが何やら騒がしく、アメリカの貿易センタービルが燃え上がってる画像が目に飛び込んできました。


直感的に直ぐ解りましたが、アメリカでとんでもない事件が起こったと直ぐに解りました。死傷者も数千人ではなくて、数万人規模になるのではないか?というのも瞬間的に直ぐ解りました。私は今まで、このような特殊能力を持つ自分の人生に対して何度も恨みました。知りたくもない事が事前に解ってしまう事の辛さは言葉では言い表せないほどの恐怖なのです。ただ、私はそんな自分と何度もくじけそうになりながら付き合ってきました。正直言いますと、数年前まではこの特殊能力に対して受け入れ難い面があり、精神的にも追い込まれてきました。


でも今は違います。気分転換という言い方をすると支援希望者の方に失礼に聞こえるかもしれませんが、今の私は自分の事を考えるよりも、日本の気概ある方を救いたいという思いがその嫌な能力の事などを忘れさせてくれてるのです。重病になってもう数年もアメリカ、カナダと治療を受けてますが、この病気と付き合いながら、そして毎日を奔走しながら支援活動していることが、結果的にそんな事で憂う暇などを与えてくれなかったというのが本音です。結果オーライなんて言葉がありますけど、まさに今の私は結果オーライなのです


そして人間とは不思議なもので、忘れてしまうくらい多忙に一つの事に集中して奔走し生きてると、自然とその嫌な能力の事なども忘れて、逆にそういった能力を支援活動の中で上手に利用するという方向へと変わっていったのです。それも数年前くらいからの話しです。全てのタイミングがこの支援活動をするためにリンクしていったと今では都合良く解釈しております


3.11の地震の際も実は同じような予知現象が私に起こりました。でもその時は動揺しませんでした。とんでもない事がまた起こるのは解りましたが、もう覚悟ができていたのです。どんな事が起ころうとも、私はそれを受け入れて人生を闊歩するんだと覚悟してましたので、動揺はありませんでした。


皆さんに支援活動をする中で、私も人間ですから具合が悪く体調がすぐれない時、または精神的にも余裕が無い時などがあります。でもそういう状況でも支援希望者の方へ真摯に対応していく事が今の私の使命であり課題です。60歳を超え、人生の晩年入り口に私は経ってますが、支援活動そのものが私の自己成長のための人生の総仕上げと言っても過言じゃないのです。


霊能力のお話しを今日したのも、私にはそういった過去があり、そしてつい最近までも自分の霊能力などで苦しみ続けてきた人生があることを赤裸々に表現することで、今現在の支援希望者の方にもそして未来の支援希望者である読者の方にも、このaoyamaという人間をより深くして欲しかったのです


まだまだ至らない面のある人間ですが、どうか皆さんのご指導ご鞭撻を賜りますよう何卒宜しくお願い申し上げます。

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トロントはすっかり冬となり、毎日が寒いです


幸いな事に私は日本人でありながら、しかも英語も下手くそですが


トロントには沢山の友人がおります


こうして、友人の自宅に招かれて夕食を頂いたり、他にも「体の方は大丈夫か?」とか「何かあればいつでも言ってくれ」などなど、本当に至れり尽くせりです。私は本当に幸せ者で、涙が出るほど嬉しいです



幸いな事にも、先日から日記で書かせて頂いてます、女性への支援枠を増設に関しての反響が非常に良く、また田中敬一郎さんの助力もあって、どんどん話しが進み展開してます。人手不足を考えて、助手的な役割として2名の女性スタッフにも正式に仕事をして頂く事になりました


また私の活動が知れ渡ってきたのか、公的機関からのお声かけや、マスコミ関係者からの取材の声なども少しずつですが増えてきました。ただ、残念な事に、今の私にはそういったものにまで対応する時間的な余裕もありませんし、宣伝行為を目的とした行為は趣旨からも外れますので、お声かけは大変嬉しいので、御心だけありだく頂戴し、私は私のペースで支援活動をしたいと思ってます


本来、これが商売であれば宣伝効果のあるものには全て飛びつくべきでしょう。けれども私には宣伝効果のある行動を過剰にしない理由が2点あるのです


1点目は、言わずと知れたことで、私のこの活動は営利目的はありませんから、有名になることでこの活動を営利的な組織へと変換しようとする悪も寄ってきます。どんな世界もそうですが、お金儲けが可能な匂いがでると、それを利用しようと悪が笑みを浮かべて寄ってくるものなのです


2点目は、有名になる事で発生する「誹謗中傷の声」です。私は世界人類とか、日本全体を救いたいとか支援したいなどと大それた事は考えておりません。自分の身の丈にあった支援を単発的ではなくて継続的に、細く長く継続したいと思ってます。私の命が尽きるまでその精神で行いたいのです。ですからどんどん組織を肥大化させたり、有名になることで中身の薄い支援活動がだだっ広く広まるだけの組織にはしたくないのです。


中身の濃いしっかりとして支援活動が継続できる状況だけは何が何でも維持し、その中で可能な範囲で組織拡大などをしたいと思ってます。ですからこちらから側から身の丈を弁えずに過剰な宣伝行為に加担する気は全くありません。どこまで行っても今支援しようとしてる人や、支援活動の中途の人が優先で、そういった方にもヘンな迷惑がかかるような行為は自粛しようと肝に銘じてます


女性支援枠の増設という事で、今年と来年の初めくらいまではまたドタバタと忙しくなることが予想されますし、そこに拍車をかける形で公的機関との連携なり、あるいはマスコミの取材などに応じて宣伝効果がでても、その先をしっかり捌ききるほどの体制がまだ我々にはありません


私は自分の身の丈をよく理解してます。今の私に出来ることは、今現在も支援活動をやり取りしてる方へ、そしてアメブロでもメッセージを頂いてる方、そして今こうしてリアルタイムに私の記事を見て支援の希望をしようと躊躇してる方、そういった私に限りなく近い方へ着実に支援を行う事が優先事項であって、それを着実にこなすことが今の私の身の丈です


幸いにも田中敬一郎さんや近日も入る女性2名のスタッフなどのおかげで、新しい支援希望者をしっかりと私が対応できそうです。このブログを見てる方から優先的にお声かけあれば支援致しますので、いつでもお気軽にお声かけ下さい。私の支援活動と組織は脆弱であると思ってますから、身の丈に合わない宣伝行為や公的機関との連携などは控えるつもりです


まずは私の以前からのブログ読者で支援希望者から優先的に支援をしたいと思ってます。ご連絡頂ければと思ってます。それでは本日は失礼させて頂きます

女性専用の支援枠を増やし、支援金も増額するために顧問会計士のところへ行って参りました


トロントの夜の街はイルミネーションだらけです

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「aoyamaさんは女性女性と言いますが、それこそ男性に偏見を持ってませんか?」


このようなお声を最近頂きました


率直に申し上げまして、日本における男女差別をしてきたのは社会を形成してきた男性陣であって、今さら何を言うか?というのが本音です。自分達が男尊女卑を推し進めてきて、今さら女性への加担があると嫉妬やクレームを入れるのはおかしな話だと思っております


もちろん人間としての差別があってはいけませんが、私は女性を優先的に救いたいと言ってるだけです。それは先日の日記でも書きましたように、結局のところは女性が日本の社会を支えてるのです


それは家庭という閉塞感のある世界で忍耐しながら家事をし、子育てし、そして姑問題なりを抱えながら夫を支え、日本国家の縁の下の力持ちをしてきたのは「女性達」です


その女性達が守られないのは不平等ですし、また女性に力をつけて頂き、女性に未来を切り開くためのチャンスと支援を与えた方が男性よりも着実に現実的に、そして堅実的に行動をしてくれます


その行動が結果的に家族を支え、夫を支える事になり、そしてその土台が回復することで夫が、またはその他の家族が日本の社会に再度羽ばたいて頂くというプランです


ですからけして私は男性を差別してるとか、または女性だけを理由なく優先的に支援してる訳でもありません。もちろん気概ある男性への支援はしております。現に、昨日も兵庫県の着物問屋を代々受け継がれてる若旦那さんへの2500万円の支援をしたばかりです


ご存知の方は承知でしょうが、私は重病を抱えており、余命も幾ばくか?という危機感を持って生きてます。昨日の診断で医者からは治療も順調であると言われましたが、私として常に最悪なシナリオを想定してますので、良い意味で楽観はしないようにしてるのです


今回の女性支援機関を専門的に設けて、支援枠と増額を決定したのも、こういった良い意味での緊張感から行動に出てというのがあります。また、嬉しい事に先日書いた記事からも、女性からの支援希望や応援のメッセージなどが非常に増えております


そういった喜ばしい声や、女性の方達の真剣な「変わりたい!」という思い、声が私の背中を更に後押しした事になります


今後も、私は自分の生命を賭して頑張って参りますので、どうか皆様も気概を持って頂き、支援を受ける際には全力で私と共に行動して頂ける事を願います


それではメッセージにて、ご連絡をお待ちしております