支援活動の本当意味 | pomのブログ

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私が尊敬するある日本人経営者の言葉です


「君は事業部長だが、事業部長とはその会社の子会社のようなものだ。だから君は子会社の社長と言える。だから社長の君を信頼して全権を委ねる。君に任せた。その代わり全力でやってくれ。全力で行動してくれ。死ぬ気でやってくれ。そしてそれでも駄目だった時は全責任は私が取る」


この言葉は私の支援活動においてもいえる共通概念です。私がもしこの経営者のように支援をする立場としてトップだと仮定しましょう。でも無償で支援するからと言って私が偉いとか、問答無用に私の言う事に従えなどと言う気はありません。ただ言わせて頂きたいのは、支援を受ける側は「今抱えてる問題を打破するために誰よりも真剣に必死に、そして気概を持って行動をしないといけない立場」であるのです


ですから私というトップにいる人間を信頼して頂けるなら、私もあなたを信頼します。いや、私があなたを先に信頼しますから、あなたも私を信頼して下さい。そしてダメだった時は全責任を私が負います。全力で私の話しを聞き、全力で行動し、真剣に気概をもってる方を全責任をもってサポートするのが私の使命だと思ってます


私の使命の本質は実はここにあって、何も考えずにお人好しに甘く支援をする事が私の使命ではありません。まるで我が子を強い人間に育てるかのような想いでの支援なのです。お金は全く惜しくありません。もう60年以上も生きてきて余るほどの財産を持ってますし、今の年齢になって金銭的な欲望など毛頭ありません


ですから財産を使う事には全くの抵抗などないのです。ただ抵抗があるとするなら、安易な形での支援によって、その支援させた方が人として堕落してしまったり、その支援金が原因でダメな人間になってしまう事を私はなによりも恐れます。まるで震災の復興基金などと言って、集めたお金が現地の方のために使われず、権力者の私腹を肥やすために使われるような不透明なお金になるのと似てます。善意と思って行った募金が、権力者の悪行を助長するために手助けした共犯と同じです


私は私が行う支援がそんなバカな話になってしまうのだけは絶対に避けたいのです。だから私を悲しませないで頂きたいのです。金銭的な支援を私はしますが、その支援された後に人生を変える変えないは、その支援された方の生き方や努力にかかってます。人生はお金だけじゃ変えられません。だからこそ、私は支援だけじゃなくて人としてのお話しや教訓などもお節介ながら言わせて頂く事もあります


でも、私が数百万なり数千万と無償で支援するからには、その時点でその方を私は信用してるという事なのです。信頼してます。どうか、あなたも私を信用して下さい。信頼して下さい。相互信頼があっての支援であって、そしてその先の支援による人生の変革が可能かと思ってます


必要とあらば追加支援も致します。現にトータルで5000万の支援をした個人もいますし、問題なのは金額の大小ではなくて、その支援されるために行動できるか?信頼を築けるか?そして支援された後にちゃんと行動をして良い意味で変革ができるか?が重要かと思います


最終的にはその人の問題です。その人が変わるために必死で行動をしないと人生など変わりません。それを忘れないで下さい。他力本願ではいけません。私は金銭的に協力する立場で、ちょっとした人生の教訓を説教するような立場です。でも行動するかしないかは支援希望者の問題です。それを混同はしないで下さい


気概ある行動と信頼と信用できる、心の純粋さも必要となります。


賢明な読者の方であれば私の言ってる理屈はご理解されてると思いますので、私はいつでも構いません。まずは支援希望があればメッセージを下さい。主婦でもサラリーマンでも老人でも、自立した成人であれば誰でも構いません。最初からお話しを聞いて温かくお迎えします。何も怯える事も緊張することも遠慮することもありません。


アメーバブログにあるメッセージ機能を使ってお問い合わせしか最初は受けつけてませんが、その先は個人的なお付き合いをさせて頂きたく思ってますので、最初のステップとして私に問い合わせをしてみるというのも行動の一つかと思います。それではお待ちしております。