私は現在の活動をする中で、もっとも多く頂く質問があります。
「支援依頼は個人じゃないとダメですか?」です。
本音を言えば、個人が理想です。
法人だったりまたは団体、組織になると複数の人間が関与しますから平等性や統一性が失われて混乱します。また第三者の意見までもが入ってきて面倒になる事が多いです。そういう意味で、大抵の場合が組織や団体になるとお断りしております。
ただ個人事業主や一人社長の方の支援をお受けする事は多々あります。
こういった事を公の記事で書けば互いに余計なメッセージやり取りを回避できるのでは?
という思いもあり本日は書かせて頂きました。本記事をご査収下さい。
本日はまた別題として「個人支援」の中身を少しだけお話しようかと思ってます。
読んで字の如く、私が個人様に金銭的な支援をしているという活動です。支援希望者の状況を加味して判断しておりますが、基本的には支援するに相応しい人を私なりの価値基準で判断しております。
その価値基準とは?になりますが「道徳の解る人と道徳的な動機」が基準です。
「憎き旦那を訴え地獄に落としたいから裁判費用を工面して下さい。」こんな動機では支援は出来かねます。
「お客さんの笑顔が見れるラーメン屋を始めたい。でも資金が不足して困ってます。」や「不景気で夫の給与も少なく子供の学費も無く困ってる。私もパートしてますが度重なる親族の不幸もあって支出が多く借金が減らないのです。」などなど。こういう事であれば支援対象です。
もちろん、厳しい事を言えば「何を甘えてるんですか?そういう中でも日本国民は必至で頑張ってるんです。アナタだけじゃないんですよ?」と説教もできます。
でもですね、私はどうしてこういった方なども支援対象にしてるか?
それは彼らが少なくとも「現状をどうにかして変えたい」という強い思いがあるからなんです。じゃないと、私のようなどこの誰かも解らない人間にメッセージなど送ってきません。「現状を変えたい」と思ってるだけで行動に起こせない人を私はごまんと見てきました。
それならば、ヤケクソでも行動の一歩を進む人の方が、支援する側からしても支援のし甲斐があるというものです。それに少なくとも私を頼ってきたのです。こんな見ず知らずの余命幾ばくも解らない老人の私を頼ってメッセージをくれたのです。
その人をないがしろにできますか?
私にはできません。同じ日本人です。地震で苦しんだ同じ日本人です。
情けない政治家達の為に生活が苦しくなってる同じ日本人です。私は現在治療のためにアメリカにいます。日本の地には居ません。日本が恋しい。日本人が大好きです。
だからこそ同じ日本人の助けになりたいんです。
私の支援によってお金を利用するのではなくて、その支援したお金を一つのキッカケとして強く人生を飛躍し直して欲しいのです。彼らは切実に困ってます。
もちろん私は仏様ではありません。道理として間違った事を支援希望者が言えばそれは説教論破します。
でもそのやり取りの中で支援希望者も目が覚めて発言言動が変わるかもしれません。
そうやって相手を洞察して最終的には支援者の選択決定をしてきました。
私が言いたい事は至って単純明快です。
私を利用して人生を強く変えて頂きたい。強い日本人になって頂きたい。
感謝の心を忘れないで頂きたい。自分でも社会のためになれる事を知って頂きたい
家族を幸せにして頂きたい。これは全て単純明快な「道理」です。
道理を実践する人が私の支援によって世に増えるなら、それが私の日本国に対する恩返しであって、私の社会貢献なんです。
私は遠いアメリカの地から支援希望者からのメッセージをお待ちしております。