緩くて長いさかのぼり現在進行中。

わたしは大丈夫です。昨日エンスト起こしてしまった乗り物はバイク屋さんに持っていってもらったので、今日は歩きで浜のそばにお家のある同級生のところへタラの芽を持っていきました。上がり框に座り込み世間話をしている時スマホからの地震のしらせ。続いて津波警報発令。


わたしは坂を半分上りあと少しでうちに着きます。

地震が起きたのは16:53だから、だいぶ時間は経っていますが、複数、避難するよう促す放送やサイレンがきこえています。船主は浜に行って船を沖に出した人も。

上空ヘリコプターが飛んでいます。

さて、坂はおわり。歩を速めて

家へ帰ります。

(うちの人、少しは心配しているかしらねw)

頑張ってジャガイモ(キタアカリ)を植えた。

まだ残っている。身体の調子を見ながら続きをうえる。

大量のナメタをもらった。あと10匹はある。

傷まないように今夜風に当てようと思う。

昨日の夜、家人が採ってきたタラの芽を天ぷらにした。初物。

これが出ると春だなぁと感じる。

ところで弘前公園の桜も明後日あたりには満開だという。

以前はゴールデンウィーク辺りだった。

タラの芽もそ

の頃。

季節は早くなっている。

この頃は、そのせいか夏が早くやってくるように感じている。

暑いのは…苦手だな。

昨日も今日も、どこからとも大きな音がして、高いメタセコイヤや、ケヤキ、杉のてっぺんを揺らしています。

昨日は、わが市の玄関駅のそばの「イチイの木」が倒れたというニュースを見ました。

瞬間最大風速35メートルの大風が吹いたと言ってました。

今日は朝から動悸が早くて、大人しくしています。

今日も昨日に劣らず風のつよい日です。


昨日、同級生の奥ちゃまから電話がありました。

「ちっちゃいイカだけど食べる?」

もちろんでございますとも、とおお風の中(ウミネコ号)でむかいました。

道々竹が通せんぼ、厚くふり落ちた杉の葉、杉や雑木の枝。天からの大変な贈り物(?)

ちっちゃいイカを一つ一つお掃除して食べられるまで4時間くらいかかりました。でも、それをゆでて、ゆたちゃんお勧めの(イカとネギの酢味噌和え)にしたら柔らかくとても美味しかったです。

綺麗に掃除したイカを冷凍もしました。冷凍庫する空間が欲しかったので先客の「サメ」を解凍しました。

「サメナマス」これがまた美味しい。郷土食の一つですが、確か(モウカザメという小ぶりのサメ)

こちらも同級生(♀)からの頂き物。


早くおお風が止んでほしいものです。

ジャガイモを植えたいと思っています。気温は13度もあるのに風が冷たいですよ〜

これは、交番や駐在所に届けなくてもよい拾い物ではある。

家人がよく山を歩いていて拾ってくるのが「鹿の角」


去年まで2本あったが、ここ1週間の間にまた、2本拾って来た。


実は、わたしはこの手のものは嫌いではない。

オブジェとしてどうよ?

うんステキ!!

今年の冬、畑が終わったらやってみるか?久しぶりに。この頃初々しい画家さんが誕生したことを知っているし…

と自分自身を焚き付けてはみるが。

この頃何事にもやる気の起きない自分を知っているので、考えたとおりになるかわからないけど。


しかし 「鹿の角」はわたしをくすぐることは確かなこと。


そうそう。

心待ちにしていた春の花、「チオノドクサ」がさきだした。

青い可憐な花。

(コトシモアエタネ)

昨日から喉が痛いのと鼻の中がムズムズしていた。

喉はその前子のところへ行った時に(アヤシイ)兆候があって、切れかけていた(龍角散のど飴)を購入して家に帰った。一昨日、1週間ぶりに食料調達へ。

東北にある「ビッグハウス」へ。

モヤシ2㌔。トマト小箱1箱。パイカ。ウィンナー1㌔。その他何点かで8000円超。

主婦目線で購入の品々。

因みに大根、人参、玉ねぎ、じゃがいもは自家製のものがあるので買わない。

そうそう卵もうちの14羽のメンコちゃん達が産んでくれるので買わない。

主要の野菜、卵は買わないのにこの値段。

一般の家庭の出費額、推して知るべし…

ビッグハウスは値段が普通のスーパーより安い設定だ。


あ!!

そうそう、わたしの体調不良のことを書くんだった。

昨日も1日寝ていた。足が熱くて熱を測ってみたら38度4分。

今朝起きたら雨降り。そして昼近く地面に落ちて積もらないほどの雪。

これじゃ、病院にはいけない。

今日も大人しく寝ている。


前回は去年8月夏風邪が長引いて元気になるまで1ヶ月もかかった。

前回、脱水症状になったので今回は水分を摂るように気をつける。

前回は食欲がなかったので気づかずに水分が不足。

今回、食欲は少しあるので、食べるのと水分に気をつけようと思う。

外は、なにやら雪がモサモサ降ってきた。


追記

なんとモサモサ雪は、屋根を真っ白にしてしまった。

でも春の雪。気温が上がるとすぐ溶けるね。

わたしの住む太平洋側もアンコウはとれる。アンコウの美味しい時期もそろそろ終わりの時期なので、「食べに行こう」と我が子。

そこは、以前(去年)連れて行ってもらった温泉施設の食堂。

場所は下風呂温泉。湯船のガラス越しに海が見える温泉施設。

このお湯はリウマチにもいいというので、去年あたりからあちこち痛む身としてはありがたい話。

いつも、カラスの行水のわたしとしては、長湯のほうで1時間出たり入ったり努力(??)を重ねてゆっくりお湯に浸かってきた。

お湯から出て、10食限定の「アンコウ定食」を注文。

鍋とともあえと唐揚げ、そしてわたしは初めてだったがアンコウのお刺身。

写真は撮ったが、記事にupできないのであしからず。


その後尻屋崎の方面へ向かい、猿ヶ森の日本一広いという砂丘の最北端に連れて行ってもらった。

海岸線に沿ってとても長〜く南に延びる砂丘。ここは自衛隊の訓練施設「猿ヶ森試験場」だある。

一般の人は入ることはできない。

そこで風景写真を数枚撮って、南下する。こんな施設があるだろう方向にカメラを向けていたら、どこぞの国なら囚われの身となってしまうだろうね…

今度は砂丘の最南端が見える漁港へ。

そこでまた写真を数枚撮った。

程よい時間なので、そのまま我が子はわたしをウミネコ号を預けてある場所まで送り届けてもらった。


次は、多分菜の花が咲く頃になるだろうか。

昨年はわたしの居住地からそんなに遠くない勤務地だったので岩手県の温泉施設や、あちこちに連れて行ってもらった。

また、岩手方面はいってみたいものだ。

遠出して記憶にのこっているのはなんと言っても遠野。

遠野と八戸は、遠くて近い存在。盛岡の殿様に命じられて八戸の殿様が遠野で暮らすことになったのは有名な話(わが市)

わが市の有志が年に一度徒歩で遠野への徒歩での旅をしていると数年前耳にした。今はどうなんだろう。

車でも相当遠いのに。

空気というか雰囲気というか、その遠い遠野にわたしは郷愁を感じる。

あ、旅の話から、つい遠野にとんでしまったわい。

わたしは日常に戻ります。


ある駅のホーム。

「日本最古の鉄道防雪林」の看板を左に見て、わたしは列車の発車を待っている…

ホームの端に結構な雪の塊が横たわっている。


さて、列車は今滑りだした。

かわいい。

たった1両ではしっている。

わたしを乗せて、わが子の待つかの駅へ。


特に描写出来る何も思いつかない殺風景な景色が広がる。

しかし、もうすぐ。

あと、ひと月もすれば色々な色でおもいを伝えはじめるだろうこの景色。

きっと、あと少し。


真夜中過ぎ、大きな風と共に雨の音がしていました。

(良かった 雨で)

わたしは生煮えの眠りを引きずり出して再び眠りに落ちました。

次に目覚めた時、外を見てがっかりしました。

今日は正装をして、従兄を送りだす日でした。

それと

わたしの父の命日です。

お天気には静かにしていてほしい日です。

時間は4時半。

気温は-1度。

少しでも身体を休めようと再び横になりました。


所詮春の雪。

(日がさせばすぐとけるだろう)

期待はしたものの出かけるときは一面枯れ木に美しい花模様、風は冷たく曇り空でした。

わたしは弟の車に乗せてもらって、すべては済んで今おうちでゆっくりしています。

それにしても、昔の人はうまいこといったものです。

いくら春めいた日々が多くなっても、必ずやオヒガン前後は冷たい雨や風そして重い雪がやってくるものだ。

地元の人はこれを(ヒガンジャラグ)などと呼んでいます。ジャラグレと呼ぶ人も。


しかし…

わたしは普段着がいい。

今は普段着。いっぱい着込んでほっこりしてます。後はこの寒い中夕方散歩に出た猫が帰ってくるのを待つのみです。

お天気はやたら寒いのは今日だけで明日は10度になるそうです。明後日は12度ですと。

春の雪はその頃は跡形もなく消え去っていますね。




留鳥組もいるらしいウグイス、家人が先週(聴いた)という。

(まさか 早すぎるでしょうが)

と小馬鹿にしていたわたしの耳にも、ヘタではあるが聞こえた。

あの声はホンモノ。渡りなのか留鳥なのか…


今日は野暮用でもう少ししたらウミネコ号で街へ出る。

今日も10度最高気温。

うれしい。

日本海側に来てから8日目、「青い森鉄道」が動きはじめるというのでようやく帰八できることに。

市に着いてから家へ帰るのも大変でした。


前の記事の↓

リブログ読んでくださってありがとうございます。


6人の方が、2011年の記事に(いいね)をくださってます。

昔の(good)はなくなっています。誰が来てくれていたのかわからないのは残念です。

(コメント)ですが、その中にゆたちゃんのがありました。

やりとりを読んで、その頃はゆたちゃんとも交流があったんだと認識しました。(ワスレテルノカw)


もう1回だけ、「あの頃」の記事をのせます。

わたしは不安で、海に行きたくなかったのを思いだします。

確か海に行ったのは一カ月過ぎてからでした。