他者に感謝するということ
大仰なタイトルだが、そんなでもない。ほいから長文ご容赦。2月28日の早朝に急逝した叔父ちゃんの葬儀に行ってきた。亡き父もまだまだ元気な母も「産めや増やせや」の世代ゆえ兄弟が多いので、既に不本意ながら多数の葬儀に参列したが、葬儀場で号泣したのは初めて。自分でもびっくりした。我が家の親族の関係は、そこそこ複雑でINPUTされてもすぐに忘却の彼方になる。さっき、おかん に電話して改めて訊いてみてようやく整理できた。■爺さんA 婆さんAの子ども K1♂(父)、S1♀、T1♂※婆さんAが鬼籍入りにつき、爺さんAがフリーに。■爺さんB(爺さんAの弟) 婆さんBの子ども S2♂、M1♀、K2♂※爺さんBが鬼籍入りにつき、婆さんBがフリーに。■爺さんA 婆さんB(物心ついたときにいた祖母)の子ども T2♂、M2♂、I♀、K3♂、U♀※この時代は女性が一人で自活していくなんて、おおよそ概念上にすら ないような時代。 爺さんAと婆さんBの結婚はごく普通なのだと おかんにきいた。この他、婆さんAは "連れ子あり" で爺さんAと結婚していると複雑度のレベルを引き上げている要素となっておる。昨日葬儀に行ったのは、M2♂さん。てなわけで、M2♂さんの母親である 婆さんBと自分は血のつながりがない。ちっちゃい頃から薄らぼんやりとは知っていたが、そんなの関係ない。世間でよく言われている「産みの親より育ての親」。ホントにそう。"血" なんて関係ない。「ケンカするほど仲がいい」の通り、ちっちゃい頃から婆さんBとなぜか毎日ケンカしてた。だいたいが他愛もないことだったんだろうけど、一個だけ記憶しているのが、小学生3年生くらいの頃に「XXXな神社なんて燃やしてまえ」みたいなことを言ったら烈火のごとく怒られたこと。なんでそんなことを言ったのか脈絡までは記憶していないが、猛省したことをいまだに憶えている。そういう文化や慣習的な側面の教育云々を語ると長くなるので、やめておくが、とにかく婆さんBとは家族の中で自分が一番仲が良かったってことを言いたい。(兄が二人いるが、そいつらはまったく)ど田舎の超閉鎖的な慣習もあり、父のK1♂に対して「後妻」であることの負い目を毎日感じていたらしいことを亡くなってからきいた。一人で家にいるときは節約のために冬でもストーブに火を入れないなど。(青森県だぞ!!最低気温マイナスだぞ!!泣)とんでもなく可哀そうで切なくなる。今書いていても涙が溢れてくる。そんな婆さんBが自分が21歳のときに逝く。ケンカする相手(自分)が18歳で上京することになったので、急激に老けこんだとあとできいた。【閑話休題】婆さんBの死で集まった親族の前で泣きながら「上京するんじゃなかった!(だったらもと長生きできたろうに)」と、話したら、一昨日亡くなったクダンのM2♂さんが、「M2♂さんの母である)婆さんBは、おまえにそんなに愛されて幸せな人生だったんだよ。悔やむな。」と言ってくれた。普段、いい歳こいて握りっ屁したりするようなおれと相当芸風が被るM2♂さんゆえに逆にめっちゃ心に響いた。30年経ったいまだに "映像" として脳みそのどっかおれの預かり知らぬところに収まっている。それだけに留まらず、ちっちゃい頃からかなり可愛がってくれたし、愛知県の某自動車会社関連で働いていたときはお世話になったし、感謝感謝の M2♂さん。惜しむらくは、、、5年前、おかんと一緒にM2♂さんの自宅にお邪魔して酒宴。次の日は休日だったが、おかんを残してタクシーで帰宅。その際、M2♂さんから「あれ?なんで泊まっていかんの?」と言われたことを悔やんで過ごしてきたが、今まさに超絶に悔やんでいる。M2♂さん、あなたも相当愛された人生でしたよ。