いつの頃からであったか、単なる学問のひとつであった「数学」が机上を離れて以来、数学人口は激増し、他の学問の人口は激減していた。
そんな中でマイナー学問と化した科学を普及させようと立ち上がった男達がいた…
「秘密結社・蔡園崇(サイエンス)」
僅か四人ながらも各分野のスペシャリストのみで構成された過激派科学グループ。メンバーの物部堅、化山翼、生瀬暁、宙野博はいずれも数学に強い対抗心をもっており、科学の普及のためならどんな犠牲もいとわない。
今日も蔡園崇は危険活動の計画を練っていた…
物部「さてみんな、今回の仕事の内容を伝えるぞ。皇室が主催するという数学最強トーナメント、これを我々の力で台無しにしてやるんだ!」
生瀬「チープな悪役みたいな仕事ですねぇ。まあ我々の力を衆愚どもに見せつけるにはある種打ってつけかもしれませんが」
化山「ぐへへへへ、オレの薬達を人体実験する格好の機会だぜぇ…」
宙野「…数学使いはたくさん見てきたが俺の宇宙の力の前には呆気ない物だった。今回もつまらない仕事になりそうだな」
突然部外者の声がした
メガネ「はい、分析完了です」
宙野「誰だ?」
メガネ「こんにちは。名乗るほどの者ではありませんが…強いて言うなら『数学界の使者』とでも申しましょうか」
物部「数学…!俺達の仕事を阻止しにきたな?」
メガネ「まあたまたま通りかかっただけなのですが、トーナメントという単語が聞こえたもので」
化山「ぐへへっ、さっそく被験者が現れたぜぇ…」
生瀬「いちいち殺す前に御託を並べる必要もないでしょう、今、すぐに、死になさい」
ー超生物・生瀬 暁。
あらゆる生物の肉体の構造を知りつくし、自らの肉体を改造手術することで現存する生物の長所を寄り合わせた生態系の頂点に立つ男。
カバの顎力を持つ腕は握力1tを超え、チーターの脚力を持つ俊足は時速100km/hにも達する。
しかし、それはかつての生瀬。
地球科学のスペシャリスト宙野と出会ってからは更に絶滅した生物の能力も取り入れ、最早生瀬は地球史上最強の生物となっていた。
そしてその超生物がメガネの男に飛びかかった。
そしてメガネの細い首を握り潰そうとしたそのときー
めきっ
不可視の壁に阻まれた。
メガネ「あなたは一見冷静だが実は四人の中で最も好戦的だ。加えてあなたのバトルスタイルから実数壁で対処すればよい。しかしあなたの耐久力は常人のそれを遥かに超えている。まだ生きている筈です。ですがー」
生瀬「っ!?」
メガネ「その場から動けない。あなたがその壁にぶつかって驚いている間に四方を実数壁で塞がせていただきました。あなたを倒すのは骨が折れます。それにも関わらず最初に向かってくるだろうあなたは非常に厄介でした。ですから最初にあなたを固定することにしたんです。なに、変数を固定する、数学ではよくあるテクニックですよ」
化山「ぐへへへへへっ、生瀬を封じ込めるとはやるじゃねぇかぁ…おいお前ら、手ぇ出すんじゃねぇぞぉ…ちょっくら下がってろぉ…アレ、試すからよぉ…」
物部「分かった、吸うなよ!」
宙野「チッ」
化山「名無しのメガネさんよぉ…今からアンタでこいつを試させてもらうぜぇ…ぐへへ、範囲は狭いが効果は本物だ。5つ数える間に楽になれるぜぇ…」
そう言うと化山は試験管を取り出し、メガネに投げつけた。
実験狂・化山翼。
100年前のとある国で化学者として働いていたが凶悪な実験を繰返し、国民からは気味悪がられていた。
ある日の実験、化山の散布した毒ガスで国民は全滅。「悪魔の化身」と呼ばれ、国際連合により生きたまま南極の奥地に葬られた。誰もが死亡したと思ったが、自身の薬により仮死状態となり、生き長らえていたのを近年地球科学のスペシャリスト宙野により発見、救出され、再び悪魔の研究を開始した。
今投げつけたものは、かつて一国を滅ぼした悪魔の毒ガスを改良し、小規模にしたものである。
しかしもがき苦しみだしたのは化山の方だった。
メガネ「同じ技で芸がないと言われるかもしれませんが、あなたの周りも実数壁で閉じ込めさせていただきました」
化山「ぐふっ、ぐへへっ、ぐほほははほほふへっ、開発者が解毒剤を持っていない訳ないだろ?想定済みだよ。これだこれだ」
メガネ「直線」
男から放たれた直線は、慌てて解毒剤を探す化山を真っ直ぐ貫いた。
メガネ「元々こっちで仕留める計算だったのでね」
化山は既に息耐えていた。
メガネ「物部さんと宙野さんは戻ってこない筈ですから、後は生瀬さんの処理だけですね」
生瀬「はぁ、はぁ、何故私の力で破れない!」
メガネ「実数壁を破れるのは数の力を持ったものだけですよ。それでは直線y=xでQ.E.D.です」
直線はまたしても生瀬を一撃で葬り去った。後に残るのはメガネの優男のみ。
メガネ「あなた方、各地でご活躍されすぎでしたね。仮定に使える情報が多すぎて勝利への証明が容易でしたよ」
証明人・井上 芽金(命題と証明)
宙野「…化山と生瀬がやられた」
物部「なんだと!?化山までやられたか…」
宙野「俺も驚いている。奴は生瀬の動きがわかっているかのような対処だった。タネが分からない以上、このまま再戦を挑むのは危険だ」
物部「仕方ない、一旦引いてトーナメント当日に持ち越すしかなさそうだな」
宙野「ああ…」