前回の続きです。
鍵は開いてなく、外からは誰も入っていない事を告げた。
母
うん..ほうやけど、お母さん動かしてないのに?
ほしたら他の所から入ったんやろか?
母は混乱した顔をしている。
でも今回は、ここで引き下がるとダメな気がする。
すべての窓の施錠を確認したけど、開いている所は1か所もない。
棒を握りしめ、立ったまま話す母に..
僕
棒はもう離してもええよ。んで、まぁお座りや。
部屋の鍵は全部閉まっとったよ。
ほやけん、これは多分、無意識の時に自分で動かしたんやと思う。
棒を手放し、その場に座りつつ、怪訝そうに「覚えがない」と言う母。
僕
寝ぼけとった時か、完全に無意識やったのかは分からんけど、前に、
「寝よったら山道を歩きよった」
とか
「夜トイレに行きよって、なかなかトイレに
着かん思いよったら、気が付いたら、
元あんたの部屋を歩きよった」
とか、そんな事があったやろ?
そんな感じで、今回も、頭がまだ半分以上
寝とる様な時に、無意識で歩いたんじゃないかな。
ほんで、邪魔になったけん、机動かしたとかじゃないかな..
苦しい説明。
母
いや..今回は全然覚えがない。夢遊病みたいになったんじゃろか..
僕
夢遊病かどうかは分からんけど..
時々、寝よる時にガバっと起きて歩いたり、そんな人がおるみたいやよ。
どう説明して良いか分からず、でも何か話して、落ち着かせないといけない。
母も、自分で色々考え、何かおかしいと思っている様子。
母
お母さん、頭おかしなってしもたんやろか..
つらい..
そんな思いさせたくなかったのに..
こんな思いする事なく、ずっと、楽しく笑って暮らして欲しかったのに..
ごめんよ。僕のやり方が良くなかったばっかりに..
泣きそうになったけど、泣く訳にはいかない。
僕
頭がおかしくなった訳じゃないよ。
寝起きで頭がぼんやりしとる時やし、
過去に例のない台風も来て、気圧も物凄い
下がっとるけん、混乱が酷くなったのかもね..
他にも、色々と言葉を選んでフォローしたけど、良いフォローができない..
僕も混乱していた。
母
ほやろかねぇ..もう何が何やらわからんなった..
ごめんよ。
悩むよね。そりゃ悩むよね..至らない息子で、本当にごめん..
でも..
母が自分で「何かおかしい」と思っている時が、ある意味チャンス。
病院の話を切り出してみた。
僕
一回、病院行ってみん?物忘れ外来とか..
母
うーん..
僕
恐いと思うし、気乗りしないのは分かるけど、
行ったら、何か原因がわかるかも知れんよ?
頭がスッキリするお薬とか、出してくれるかもよ?
脳の血の流れが良くなる薬とか..
僕も一緒に行くし。
母
ほやね。わかった..
と言いつつ、顔はまだ悩んでいる。
母
いや..あんたの仕事を、休まさないかんなるのがねぇ..
え?そこ!?
そんな事ぁどうでいもいいよ!(笑)
自分の変化に対して、不安や恐れを感じつつも、
母親らしい所で悩んでたんだな..
僕
有休が腐るほど余ってるし、大丈夫。心配いらんよ(笑)
母
ほしたら..うん。わかった。
また面倒かけるけど、よろしく頼むよ。
それでも、タンスの分はお母さんじゃないよ?
自分のじゃない服が入っとったんやけん..
やっと、病院に行く事を承知してくれた。
実は今までも、何度かそれとなく「病院行ってみる?」と話は振っていた。
毎回遠回しに断られていたので、幻視をダシに
「色々見えるのは、眼じゃなくて、脳か目と脳が繋がってる神経に異常があるかもよ?」
と、脳神経内科に行こうと話もしたけど、やんわり却下されていた。
本音を言うと、僕の中でも、まだ揺れている面はある。
でも今回は、これは「病院に行け」って言う流れだなと感じている。
そんな訳で、良さそうな病院を調べて、近々、受診することになった。
その後も色々話をして、少しずつ、話の中にも笑いが出るようになり..
母
(自分の左右を指さし)これも頭の関係やろか
幻視が出ている様子。
口には出さないけど、頻繁に見えてるんだろうなぁ..
僕
それも、病院行ったら、なんか分かるかも知れんな。
ま、悪させんのやったら、放っといたらええわい。
追いかけたりしたらいかんよ?(笑)
母
悪さはせんけん放っとるんよ。そのうち勝手に消えるけんね。
(時計を見て)早ようにすまなんだね。あんたも寝ないかん。
お母さん、もう大丈夫やけん、もうお帰り。帰ってお寝。
まぁ、母の性格上、大丈夫じゃない事は分かっている。
分かっているけど、ひとりで気持ちの整理もしたいだろう。
僕
婆さんも寝ないかんよ。
あんまり考え込むと、鬱になったらいかんし、それこそ「脳」に良くないけんな。
今日また夕方前に、プラごみ引き取りにくるけんな。
と言って、ひと笑いさせてから帰路に就いた。
母は多分寝られずに、辛い時間を過ごすのかも知れない..
そう思いつつ実家から出ると、いつの間にか白々と夜が明けていた。