2020年の幽界訪問から。

 

 何度か宿泊して世話になった夫婦に気診について話をした。信頼できそうであったので、地上での私の趣味を詳しく話した。原則的なことを理解してもらい相手の対応を見た。どうも理解してもらえそうな態度で聞き入っていた。また、再度訪れた時はもっと詳しく実演しながら説明し、より深い理解を求めたいと思った。

 

 気診は地上においてO-リングのように肉体の筋肉反射を利用して診断する方法だが、当然、肉体のない幽界では使えない方法である。このため幽界で生活する人たちには自分自身が体験できないため理解してもらうのがなかなか難しいと思われる。ただ、理解を示したスピリットに協力してもらえると気診を用いたヒーリングもサイキックヒーリングからスピリチュアルヒーリングに格上げすることができる。この夫婦にヒーリング時にスピリットとしてサポートをしていただけるとありがたいと思ったわけである。

2020年2月2日幽界訪問から。

 

 デパートに行った。1階から2階へ上がる時そこは階段であったが、ボール紙のような段ボールを積み重ねていたため足の重みで潰れてしまった。店員のおばさんがこれに気がついて出てきて『ちょっとまずいね』と言った。自分の体に重みがあることを感じて、すいませんと謝った。

 

 肉体のない幽界でもなんらかの質量がある可能性がある。あるいは単なる地上の習慣としての意識の反映か?確かに幽界にも質量があるとすれば波動の性質もあるので量子力学が成立することになる。最近は霊界は量子力学が通用する世界であると言わっているが、これを身を持って経験したことになる。この点は今後も気をつけて観察してみたい。

 

2020年1月31日の幽界訪問から。

 

 この幽界には色々なコースがある。ゴールはお店の2階だったりする。私は快走である。途中で橋が落ちたりしていた。この橋の下は20メールくらいはあるが、川にスッと落ちて助かった。色々なコースを思い思いのペースで走るランナーで溢れていた。

 

 幽界人はマラソンをしないようだが、確かに肉体が無いので当然であろう。一部の生前走る癖のついている霊人は生前のことを思い出し走りたいと思ったりするかもしれないが、多くは私のような地上人が幽体離脱して夜な夜な楽しんでいるのであろう。幽界でのマラソンは肉体の限界を感じないランナーになれるので爽快である。

 

2020年1月27日の幽界訪問から。

 

 幽界の診療所で奥さんとI先生が診療しているところに私ともう一人の後輩が代診として伺った。すでに故人として幽界に行かれて3年が経ち地上界の時のように慣れた手つきで診療をされていた。生前はI先生には指導教官として、また大学の先輩として大変お世話になった。地上界に生きる私たちは睡眠中に体外離脱し、そこにうまく組み込まれれば役にたつわけである。I先生は一般診療もされていた。むしろ生前の歯科矯正治療よりもその方が中心のようだった。

 

 幽界でも生前の仕事を続ける人もいる。死んだという自覚が無い方はなおさらである。意識はそのままなので特に仕事中に亡くなった人とかは生前と同じ仕事を続けるのは理解できる。また、お客もいるから不思議と言えば不思議であるが、客も死の自覚が無い方ならば十分ありえるだろう。更に私のような幽体離脱した地上人もお客になる場合もあるかもしれない。幽界では想像は創造の世界である。意識が具現化するので診療所も機械も道具も理想的に揃えられるであろう。ただ、止める時がいつかは来る。自分が死んでいるということに気が付いた時である。外から説得するのはなかなか難しいので、生前に霊魂不滅という霊的真理をしっかり学んでおく必要がある。

2020年1月22日の幽界訪問から。

 

 幽界にて屋根に登ると美しい夜空だった。目を凝らすと銀河が見えた。色々な星団が美しく輝いている。こんなに目が良かったかと疑うほどだった。

 

 これは明らかに霊視である。視覚が地上の時より何十倍も何百倍も向上する。少なくとも幽界上層に行けば宇宙の果てまで見えるかもしれない。そして、きっとこれが宇宙の本来の美しさなのであろう。地上の言語では言葉に尽くし難い神秘的な体験だった。

 

 

2020年1月6日の幽界訪問から。

 

 友人と学校で会う。授業なのだがクラブ活動のような企画である。彼の興味のあるのは、626番の部屋とのことだ。部屋は600も無いので、最上階(6階)の部屋に行ってみる。たくさんの生徒が分かれて説明を聞いていた。畳半畳分のスペースにプラスティックの車の模型があった。先生が制作に20年かかったが、動かすのは数分だと説明していた。リモコン式であったが、自在に動いていた。私は取り立てて関心は無かったが、しばし説明に聞き入っていた。色々の部屋があるので他のところもへも入ってみようと思う。

 

 幽界では色々な研究をしている人たちがいる。この先生も地上人として20年前に生活していたのかもしれない。ただ、古い研究をそのまま幽界でも続けているケースもある。リコモン式の模型は地上では珍しくなく、むしろ古いくらいだ。少しこの先生が気の毒になった。幽界で孤立してしまうと、地上の進歩に追いつかない場合もたくさんあるだろう。

2020年1月5日の幽界訪問から。

 

 たまたま港の近くのトイレに入る。見た目はビルの一画のような洒落たトイレである。しかし、中はとても汚い。トイレとはわからない作りで案内も無い。トイレットペーパーが三つあったが、ほとんど使わない便器のため糞便や血が付着して壊れかけていた。洋式が三つあったが仕切りが無い。大便があたりに散乱している。私がさっさと外に出ようとしたら、中国人の中年女性が二人入ってきた。私が日本語で「汚いね」と言うと、彼らも「汚いね」と日本語で答えていた。外には大人と子供が数人遊んでいたのだが、トイレを掃除する人はいないようだ。

 

 幽界では肉体が無いので食べる必要はない。このためトイレは無いはずなのだが、トイレを探すのは私のように地上人で体外離脱した人か食べる習慣が残っている人(幽界人)かもしれない。さすがに仕事として地上のように公園のトイレの清掃をする人はいないであろう。もし幽界にトイレがあったら覗いてみよう!!

 

2019年12月29日幽界訪問から。

 

 船で川を登る旅だ。満席だった。遺跡のようなところへ行った。トイレタイムを入れてから(私は地上では夜中にトイレにくので、肉体的な欲求があったかもしれないが)川を上っていく。地上では見たこともない巨大な建造物や日本の国会に似た大きな円形の施設を見学することになった。ただ、山の中にある。すると近くで火山の爆発が起き、空から石が飛んでくる。火山弾だった。地上で起きるシミュレーションとみることもできる。しかし、特に注意するほどではなく、遠巻きに施設を見て、再び船に戻る。船はエンジンが無く、念力のような力で川を上がって行く。集合時間はあるのだが、点呼を取らないので、船に乗り遅れた人もいるのではないかと気になったら、覚醒した。

 

 幽界の旅は、とても楽しい。スケールが地上とは全く異なり、言葉に尽くせの色合いで、想像を絶する世界が無数に存在する。まさに創造の世界である。時にはハプニングもあるが、地上と関連していると見て良いだろう。地上の出来事は幽界から発すると言われる所以である。

2019年12月27日の幽界訪問から。

 

 地上の家とは異なる作りである。床が地上から少し離れている。神社の神明造のような高床式である。全体に夕方のような薄暗さがある。川から離れて建てられているが、徐々に水が押し寄せて浸水してきた。

 

 津波ほどではないが、地球温暖化の影響のような水位上昇が見られた。床下まで来たが、床上までは来ない。地上の干満のような上げ下げを何度か繰り返していた。地上のシミュレーションかもしれない。

2019年12月26日の幽界訪問から。

 

 この歯科医院は、ワンフロアーにユニットがたくさんあり、歯科医師や歯科衛生士もたくさんいる。ただ、それ以上に患者さんで混んでいる。秋田のS先生はここでオペをしている。待っている患者さんもたくさんいる。私は全体を統括する立場だったが、イライラしてくる。そのうちに床の上も材料で汚れて、歩くのも大変になる。他の歯科医師も声をかけれらないほど忙しい。

 

これは普段、地上での診療がとても忙しく、現状を憂う心理が背景にあるかもしれない。地上は肉体が勝負である。