2020年3月14日の幽界訪問から。

 

 生協の喫茶店に入る。kさんと久しぶりに話をした。見知らぬ大学生協だったが、お茶を無料で出してくれた。結構混んでいて母校の生協のような懐かしい感じだった。学生時代の若いkさんだった。現実のkさんは奥さんが最近亡くなってどしているのだろうか?現実の彼が急に気になる。今度私の本『冥界からのメッセージ』を送ることにした。これから時々アクセスしてみようと思う。

 

 大学生協は学生時代に大変お世話になったところだ。当時の大学生協とは異なるが、私が訪れる幽界ではよく出でくる場面である。心温まる思い出がたくさんある。また、同級生もよく出てくる。今回はkさんだった。Kさんとは学生時代に二階建ての家を二人で借りて住んでいた仲である。大学を卒業してから道が別れてしまったが、彼は充実した余生を送っていると思う。ただ、奥さんに先立たれてやや気落ちしているように感じられた。私の本が少しでも参考になれば幸いである。

2020年3月12日の幽界訪問から

 

 友人の知り合いに野草を届けることになった。ここは幽界の山形なのだが、道路が不完全である。昔の山形か?地図も無く途中で車を乗り捨て小型のジープにする。二人乗りだが、私は後部に乗る。後部はオープンになっている。小型トラックのような構造だ。これで道なき道を行けそうだ。

 

 幽界では乗りたい車にいつでも乗り換えることができる。想像は創造である。記憶にある過去の風景にもアクセスできる。そこは懐かしい朝日連邦をいただいた昔の山形のような景色であった。既にたくさんの既存の景色もある。それはこちらで生活している幽界人の集合意識で様々に創造された世界だとも言える。こうしてジープに乗って道なき道を友人と快走する私があった。

2020年3月5日

 

 車で見知らぬ所を走る。森のようなところに入り、だんだん狭くなった。家内と長女と私と3人で行動していたが、後少しで舗装した道が見えるところに来た。しかしながら、その手前が急坂で行き止まりであった。車を降りてよく見ると、道路に行けないように杭が残されていた。しばらく思案したが、JAFを呼んでみようということになった。

 

 ただ、ここは幽界である。果たしてJAFがいるか?インスピレーションで呼べるか?むしろ霊力を使って切り抜けるのが簡単なはずだが、その発想が無かった。地上的思考が邪魔をした話である。

2020年2月25日の幽界訪問から。

 

 

 幽界でお店に入る。おでんのような物が出てきて、しばらく食べていた。いつの間にか酒も飲んでいた。おでんを肴に一杯やっている自分に気がついた。お店の人はなかなか出てこなかったが、良い気分になった。

 

 幽界にも色々な店がある。古い居酒屋のような店だった。地上では膵炎の疑いがあるので飲んではいけないのだが、まあいいだろう。

 

2020年2月23日の幽界訪問から。

 

 ハーフマラソン大会に出た。走り終わるとギリギリでゴールしたようだ。最後の選手が時間内にゴールした時はアナンスがあるが、私はまだ競技場のコースから出てしまったので正式なゴールではなかったが、私の方が彼よりも少し早かった。地上では最近はギリギリでゴールすることが多いので、シミュレーションのような体験だった。

 

 見知らぬ町の見知らぬコース。今年はコロナ禍を脱して5月の仙台ハーフマラソンは走れそうだ。時間内完走を目指したい。

 

#この年の仙台ハーフマラソンは、まさにこの通り。ギリギリゴールでした。すでにこの時68歳で年々走力は落ちている。

2020年2月22日幽界訪問から。

 

  幽界のG大は少し山の上にあった。私はここの学生で自宅からバスにするか、バイクにするか、歩いて行くか迷っていた。さらに迷うのはカリキュラム表(授業の予定表)がわからないことだ。同級生のKに聞いてみようと思う。今日は月曜日だが、体育は無いか?語学は無いか?目が覚めるとすでに卒業していることがわかる。何か焦っている感じであった。

 

  現実界は提出物や原稿書きが迫っているせいか?地上の焦りがそうさせるように思える。地上のスケジュールが忙しすぎる。このような生活から脱却したい。できる限り仕事以外の役職はやめよう。肉体が持たない。残された日々を精神的に充実して仕上げたいと思った。

2020年2月19日の幽界訪問から。

 

 家に帰ると義父(故人)の隣に見知らぬ人が家で絵を描いていた。声をかけると「こんにちは」と挨拶をした。相手も誰だかわからないようだったので、自己紹介した。「夫のUです」と言った。雷が鳴り始め、隣の部屋にいた義母(故人)と私の娘(次女)と孫のところへ行った。孫が泣き出しそうだったのでなだめて、私もそばにいることにした。

 

 今回は登場人物が6人いるので説明を要するだろう。見知らぬ人というのは多分義父の友人だろうと思ったが、応答が無いので誰だろうという疑問のまま隣の部屋へ行ってしまった。生前、義父の似顔絵を見たことがあるが、彼の絵を描いている知人だと思われた。多分、彼も故人なのであろう。義母と義父と絵描きが趣味の義父の知人と幽界の家で楽しくやっているのだろう。雷は地上界へ戻る帰宅のベルであった。

 

2020年2月18日幽界訪問から。

 

 地上の洞穴に入ったところに温泉の水が湧き出ていた。暖かく一日浸かっていても良いくらい気持ちが良かった。すぐ近くに小学校があり、学校への通りがある。たまたま通った小学生も入ってくる。間欠泉なのか?時折水が止まる。よく見ると汚物のような物が流れる排水路と混じり綺麗ではないが、すぐ湧き水が流れてきて、これらをかき消してくれた。再び温泉に入り、ゆったりと横になった。すると外国人のグラマーな若い女性が隣に入って来て混浴となった。

 

 幽界の温泉での出来事。幽界の日本である。自然に湧き出ている温泉であり誰が入っても良い。決して綺麗では無いが、やはり温泉は気持ちが良い。地上の日本の温泉は最近は温泉に入る習慣の無い外国人にも人気があるそうでインバウンド需要拡大の中でどんどん増えてくるであろう。また、混浴も場所によっては田舎の温泉の伝統として今もあり外国の方にも興味を持たれているようだ。

 

2020年2月6日幽界訪問から。

 

 デパートの中はとても混んでいて出口がなかなかわからない。地下の方へ行くとパチンコ店になっていた。ここもとても混んでいた。ぐるぐる回ってやっと出ることができた。急いでいるわけではないが、途中で老人を追い越し、先に行こうとして彼が転倒してしまった。すいませんと謝ると『いえいえ』と笑っていた。何もなくて良かったと安心した。出口が分からず慌てたことを反省した。

 

 幽界のデパートは昔の風情だった。昭和のレトロな建物である。そこにいたのは昭和の人たち。私も子供の頃や学時代にはよくデパートに行ったが、街の中心地にあり、とても混んでいる事が多かった。休日は子供もたくさんいて賑やかな社交の場でもあった。人々は皆優しく懐かしい世界であった。

 

2020年2月6日の幽界訪問から。

 

 自分の息子は地上にはいないはずなのだが、出てきた。息子は芸能活動をしていてお金が入り始めた。できるだけ使わずに堅実な生活をした方が良いとアドバイスした。子供と肌で抱き合い、スキンシップをして別れた。

 

 幽界に行けば色々な人に会える。亡くなった知人とか会いたい人はたくさんいる。私にとっては大きな楽しみの一つである。