なんだかお久しぶりですみませんチューリップ赤

 

約1か月、ブログをはじめ、SNSから距離を置いていました。

 

実は、大学時代の軽音サークルのイベントに参加するため、仕事終わりはずっと家に引きこもってギターの練習ばっかしていました。(青いなぁニヤニヤ

 

その中の一つの曲は、めちゃくちゃ速くてコピーするのにとても苦労したのですが、さすがは2025年。

 

私が学生だった四半世紀以上前と違って、今はスマホのアプリを使えば、超簡単に速度を落として再生できたり、ギターの音だけ抜き出して、じっくり研究しながら聞くことができるのです。

 

これは超感動しました。

 

CDを何度も繰り返し再生しても、何弾いてるかわかんねー!ととなっていたあの頃の自分に教えてあげたいです。

 

 

 

 

赤薔薇赤薔薇赤薔薇

 

 

 

 

とまぁ、ある意味自分の趣味にこもっていたのは理由がありました。

 

やっぱり、参院選で山尾さんが勝って、国政に送り出し、愛子天皇の実現をゆるぎないものにしなければ、という気持ちが大きかったのです。

 

 

 

その分落選した時の喪失感も小さくはありませんでした。

 

とはいえ、自分の力ではどうしようもないことはあるものです。

 

そんな時にこの本に出会いました。

 

 

 

「庭の話」 宇野常寛

 

 

 

 

この本は私に、情報社会と現代の生きづらさに向き合うための新しい視点を提示してくれました。

 

タイトルの「庭」は、単なる園芸の話ではなく、プラットフォーム資本主義や評価社会から距離を置き、自分らしく生きるための象徴的な空間として描かれています。

 

SNSなどの見ず知らずの人からの評価を気にして生きるよりも、自分の手の届く範囲で、かつちょっと手がかかって、完全には支配することのできない空間、つまり「庭」を見つめるような暮らしの方が、よっぽど人間的で、かつドラマティックなんじゃないか、という内容です。

 

庭には、当たり前ですが、草が生え、虫が生き、花が枯れたら虫も死に、やがて春が来たら鳥もやってくる、というように、小さな空間に無限のドラマが息づいています。

 

とはいえ、アナログ社会に戻ろう、という内容ではなく、そういった「庭」を大切にするような思想を胸にしつつ「人間の条件」をアップデートしよう、というような最終章に繋がっていくストーリーは、中々練られたものだなぁ、ととても感心しました。

 

 

 

 

この1か月で変わったこと

 

ダンケーカルトは忌避すべき存在で、日本社会にとってはできるだけ影響力を最小限に抑えなければいけない、そうしないと私たちの大事な皇室がなくなってしまう、という危機感が、いつの間にか私の頭の中の大半を占めていたように思います。

 

この考えは今も変わらないですが、かといって、言論の自由が許されたこの日本において、例えダンケーカルトであろうとも、一定の存在価値は認めければいけない、とも思い始めています。

 

1か月ほどSNSから程よく距離を置いてみると、世の中の景色が変わって見えるようになりましたので、ちょっと疲れた方は、ぜひ参考にしてもらえたらと思います。

 

 

 

  あいも変わらずダンケーは・・・

 

ちらっとXをのぞけば、、

 

 

 

とまぁ、相も変わらずダンケーはおかしなことばかり言っています。

 

2005年の小泉内閣で女性天皇女系天皇をやろうとしていたけど、なーんも大混乱にはならんかったよね。

 

産経新聞ですら、女性天皇の時代がやってくる、と報道していたし。

 

 

 

 

女系天皇をやろうとしても、国会はなーんも大混乱には陥りません。

国会だけじゃなく、国も揺らぎません。

 

 

そしてさらに谷田川氏はこう言います。

 

 

男系継承を続けてもなにも揺らがない。

 

 

お世継ぎがいなくなるのに?

 

この現実を本気で見ようともしていないし、見る気もない。

 

もはやカルト信者には何を言っても無駄、という心境に私は達しました。

 

彼らを説得することは不可能です。

 

だってカルトだから。

 

「庭の話」を読んで、やはり自分でコントロールできる、と思わせてもらえるものに意識を集中することが、自分の精神衛生面でもとても健康だと思うに至りました。

 

 

静かに世の中の声に耳をすませば、愛子天皇を望む声はすぐに聞こえてくるものの、男系男子を何としても守るべし、という一部のカルト集団の声は、ごくわずかしか聞こえてきません。

 

これは1か月ほどSNSから程よい距離を保っている間、アルゴリズムとは全く無関係な生活を送っていても、ひしひしと感じていました。

 

もう議論して論破するフェーズは終わりに来ていると思います。

 

あとは実行あるのみ。

 

国会が、世論が、メディアが、それぞれが自然な気持ちで、この日本に愛子天皇をお迎えする段階に来ていると思います。

 

そんなことを考えていた1か月でした。

 

 

議論は終わり、動くフェーズ。

 

私は愛子天皇論3の寄贈活動、ちょっと出遅れましたが、これからちょっといろいろな人に送ってみようと思います。

 

今日も読んでいただきありがとうございました。