1.戸隠の歴史編) 2020年エリック 戸隠ツアーの行程を歩いてきました | Sylphen(シルフェ)阿部小百合のブログ

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2020年 エリックジャパンツアーイルカ

 

今回は戸隠の五社を歩いて巡るツアーです神社

 

さっそく戸隠ツアーの全行程を歩いてきました走る人あしあと
 
超絶怒涛 方向音痴の私を気遣って、なんと、家から戸隠まで車車を運転してくださった五月女文枝さんと記念撮影カメラ
 
※ペアルックではございません(笑)
偶然にも同じ色の服装セーター

 

各神社の祭神や由来などのご説明を書いていったら、長くなってしまい、全部で「その6」までになりました(笑)

 

順を追って、ご紹介させて頂きますね。

 

まずは戸隠信仰の歴史についてお話しさせて頂きたいと思います。

 

平安時代から栄えていた戸隠信仰。

 

 

修験道の道場として知られ、その後、「戸隠山顕光寺」という神仏混淆の寺院として栄えました富士山

 

その後、徳川家の手厚い保護を受け、広く信仰を集めましたが、明治初めの神仏分離によって、仏教的要素が省かれ、名前を戸隠神社に変えて現在に至ります神社

 

 

明治政府が行った神仏分離政策とは、天照大御神の子孫である天皇中心の政治体制のもと、本来の神道を重んじ、神道に紛れ込んだ仏教を分離するというものです。

 

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そのため各地では仏教寺院・仏像・経巻を破壊する「廃仏毀釈」という過激な運動が起こりましたが、戸隠では、そうしたことは殆どありませんでした。

 

仏像・経巻などは、お寺に移動して保護するという緩やかな神仏分離を行ったそうです。

 

このようにぶれることなく信仰の本質を見極め、今もなお「神々と共に暮らしている」戸隠の人々。

 

生活の中に神々が融合しているバリ島にも通ずるものを感じます。

 

 

 

 

それでは、神仏混淆とはどういうものでしょうか?

 

 

起源は6世紀に遡ります。

 

日本に仏教が伝えられた時、日本人はそれを受け入れ、仏教と神道の間に高い垣根を設けずにきました。

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やがて

「日本の神は仏教に帰依し、解脱のために修行をしている」

という考えがうまれました。

 

ですから、神前で読経が行われることもあるそうです。

 

やがて10世紀になると神仏混淆が発展して「本地垂迹説」という考えが広まるようになります。

 

「本地」とはインドにおける仏のことです。

 

「本地垂迹説」とは、仏様が日本の人間を救うために、神となって現れるという意味です。

 

つまり日本の神は、元は全て仏であり、神も仏も本来は1つであるという思想です。

 

このように考えられた神は「権現(ごんげん)」といいます。

 

「権(ごん)」とは「仮」「代わり」を意味するそうです。

 

つまり「権現(ごんげん)」とは

「『神』という仮の姿をとって現れた『仏』」を意味します。

 

ですから、例えば戸隠の奥社には九頭竜神社があります。

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こちらにおわす九頭竜権現は弁財天の仮の御姿とされています。

 

インドの弁財天は川の神であり、水神、農業神とされてきました。

 

そして、蛇または竜を従えています。

 

 

蛇と竜は同じものであり、地を這うと蛇、天に昇ると竜になるとされています。

 

九頭竜権現の本地が弁財天ということも頷けます。

 

今回のツアーでは戸隠五社を巡りますが、神様と仏様の対応は下記のとおりです。

 

奥社 天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)=聖観音

 

奥社 九頭竜権現=弁財天

 

中社 天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)=釈迦

 

火之御子社 栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)=八大金剛童子

 

宝光社 天表春命(あめのうわはるのみこと)=(勝軍)地蔵

 

ところで、今は自動車車で神社の入り口まで行って、参拝する方が多いのですが、実際に歩いてみて

「古道を歩かないなんて、もったいないプンプンあせる

という思いが強く溢れてきました。

 

戸隠神社までの古道は、森の中を通る道ですクローバー

 

今では、下草が短く刈られ、砂利が敷かれて、歩きやすくなっています。

 

ですから、野鳥の声を聞きながら、心地よい木々の香りに包まれて静かな古道を歩くことができまますオカメインコセキセイインコ青セキセイインコ黄

 

 

 

 

ですが、おそらく昔の人々は草をかき分けながら、殆ど整備されていない道を歩んだのではないでしょうか。

 

一の鳥居から奥社まででも歩いて1日がかりです。

 

さらに、それ以前にそれぞれの家から歩き通してくるわけですから、かなり気合が要ります。

 

古道沿いには江戸時代から続く「大久保の茶屋」が今も店を開いています。

※昭和15年に閉じられましたが、今は蕎麦屋として復活しました。

 

 

「戸隠講の一行はここで名物の「力餅」を食べ、戸隠宿坊からの出迎えの人馬と落ち合い、振舞い酒で元気をつけて、連れ立って戸隠に乗り込んだと言われています。

 

 

 

 

 

 

 

明治23年、戸隠を訪れた小説家の山田美妙は『力餅には主人が白砂糖をふりかけてくれた』と記しています。

 

 

 
美妙はここで、北信濃の飯山から「雨が降りすぎて困るので晴れを山神に祈りに来た」と言う20人ほどの農家の人たちに会いました」

 

『古道を歩く 戸隠神社 五社巡り』信濃毎日新聞社刊より

 

森の中を延々と歩き続けることは、かなり体力を使います。

 

「白砂糖をかけた力餅」「振舞い酒」は最高のご馳走だったのでしょう。

 

お腹を満たし、皆で元気に声を掛け合いながら出発する様子が目に浮かぶようです。

 

美妙が出会った北信濃の飯山から来たという農家の人々は、「どうか晴れてほしい」という切なる思いを胸に長い古道を歩き続けたことと思います。

 

そのひたむきな思いと行動のエネルギーが自然をも動かすことが、きっとあるのだと思います。

 

自然を司っているのはもちろん神々ですが、人々の切なる思いと行動が大きなエネルギーを生み出した時、神々はそのエネルギーを使って自然を動かしてくださるのかもしれません。

 

ですから、戸隠権現にお会いするために古道を歩くことは、車での移動にはない深い体験があります。

 

 

次のブログでは宝光社から始まる実際の行程について、順番にご紹介したいと思います♪

 

つづく

 

続きはこちらからどうぞ

  下差し

 

2..宝光社~火之御子社編

 

3.中社編

 

4.足神様・比丘尼石・稚児の塔編

 

5奥社 天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)編 

 

6.奥社 九頭竜社編

 

桜**シルフェ 阿部小百合

 

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