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寅月

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除雪という作業がかっては無かったからだ。玄関先や明り取りの窓だけ雪を退け

通学路のような必要な部分だけを皆で踏み固めるのである。

現在は誰もが車を使って(中略)税金をつぎ込み延々と道路を除雪する。 10頁

 

■ムジナ沢と呼んでいる。

「山に入る時は唐揚げとか天ぷらは絶対に持って行っちゃ駄目なんだ。大怪我した人も実際にいるからな」打当の高堰さんの話である。持参すると良いものもある。「ニンニクだな 生ニンニクを一つ胸ポケットに入れておくんだ。」  46頁

 

「鳥取の方の猟場に行った時なんです。ちょうどその日が”海の日”って地元で言われてる日やったんです」

「後から聞いたんですが、海の日は竹藪に入ってはいけないらしいんですよ。 私はそれを知らなかったから・・・」  88頁

 

■只見町の猟師は現在危機的な状況にある。2011年の原発事故以降、熊肉の食用や流通が禁じられているからだ。  中略 熊を撃つには理由があるのだ それは猟師の喜び、そして誇りに繋がる。危険と隣り合わせの山行きは生きる証でもあったのだ。 

 144頁

■熊が好む匂い「ペンキ ゴミ」フジテレビ サンシャイン 5月12日

■個体数の増加。  人口減少による耕作放棄地の増加、そして地球温暖化による気候変動の影響などが考えられます。

◆◇◆◇

 熊肉やら毛皮の需要が増大すれば 猟師に攻撃向ける勢力も減るかしら

圧力って 変な形とりがちやもんね。

正確に描写できれば 解決も間近。

 
■そちら 新しくなった中華名菜です。 
どこが・・?
全部に決まってるじゃない
 あなたは・・ 
私は 中名華奈 よく中華名菜に間違われる 
嘘ですよね
問題 中華の酢豚に必要なのはどっちだ?                   あ・・愛?
愛なんて要らねぇんだよ 玉葱だろうが!
       玉葱に失礼なことこの上なし
        
 
 
普通の家族との対比のせいかもしれない。シソンヌじろう演じる中華名菜に現実の人を連想しました。

■56頁

「逡巡」はあとずさりしてうずくまり、地面に手をつくことである。

■59頁

家職にともなう表向きの職務は男系中心に移行していても、一族の未婚の女性が必ずその家の祭祀を担当し家長である男性を支えていたのである。

加茂神社にも家長の「神職」(祝。禰宜)はふり ねぎ男性とともに「斎祝子」いつきのいわいこと称する一族の女性が存在していた。

■60頁

御阿礼」の神事は、鴨川の上流に鋳坐貴布弥の神を招ぎおろし、別雷の神を誕生させる祭りである。「」は「現れる」あるいは「あるいは「」れの意で、毎年誕生する新しい神の御子を鴨の里に迎えることである。

62頁

■「血を分けた」本来は「を分けた」が正しい。

68頁

卑弥呼」は固有名詞ではなく「日の巫女」という職務に与えられた呼称とすれば

倭迹迹日百襲姫は三輪山の神(大物主神)に仕える巫女と考えることができるから邪馬台国畿内説を主張する学者のなかには姫が卑弥呼ではないかと考える・・少なくない

「卑弥呼」は固有名詞ではなく「日の巫女」という職務に与えられた呼称とすれば

複数の女性がヒミコの名で呼ばれた可能性が    69頁


三輪山は太陽が昇る聖山、二上山は太陽が沈む死の山であった。

彼岸の日(春分と秋分)に三輪山山頂の真東から太陽が昇ることに

首長や君主は「日知り」と呼ばれたのである。

のちに中国風の「聖」を使用することになるが

 

伊勢は磯から生まれた地名であるが 地図で三輪山から真東 多気郡明和町斎宮 伊勢神宮に斎く斎宮の住まいがおかれた処

 

「ヤマト」の「ト」は「入口」つまり「戸」であり「一番はずれ」を意味していたようである

81頁

神功皇后紀に「神寿ぎ 寿ぎ狂ほし 奉り来し御酒ぞ あさず飲せ ささ

ささ」は相手に何かを勧めるときのはやし言葉でもあり   88頁

 

 

 

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 人の身体のリズムやサイクルは太陽ではなく月に支配されている。「陰暦カレンダー」を壁にかけて1年間つき合ってみると そのことが身体でわかるようなる。

実は海が引っ張られて膨らむだけでなくて、地殻さえも引っ張られて膨らみゆがむ。 これについては一部でこれまでも研究はおこなわれていて 学会発表も何度かあった。 しかし学術的にはほとんど無際されている。 おとぎ話扱いだ。

 

■日本書紀にはこうある。

吾が児 この宝の鏡を視まさむこと 当に吾を視るがごとくすべし。

与に床を同じくし殿おほとのを共にして、斎鏡いはひのかがみとすべし

 

本文書き出しに紹介したように『書紀』のアマテラスの言葉にあるのだが、そこには鏡のことをそうせよと命じているだけだ。

 

 

 天武15年(686)に天武天皇の病を占ったところ、

「草薙剣に祟れり。即日に尾張熱田社に送り置く」(日本書紀)こととなった。

 

草薙剣をヤマタノオロチの体内から斬り出した剣は

スサノオの佩刀十握剣であるが、これは石上神宮の神宝とされる。 

これを平安京に無理矢理遷し運んだために それを命じた桓武天皇は祟りによって病を発し崩御する。(日本後紀)

神剣の祟りによって二人までも天皇が崩御したと国史に録されているのはただごとではない。

第2章 三種の神器の謎 47ページ

 

 

日本の第40代天皇 
在位:673年3月20日〈天武天皇2年2月27日〉- 686年10月1日〈朱鳥元年9月9日〉
第50代天皇 桓武天皇(737年 (天平9年〉産まれ

              - 806年4月9日(延暦25年3月17日)没、

在位:781年4月30日〈天応元年4月3日〉 - 806年4月9日〈延暦25年3月17日)。

諱は山部(やまべ)。

 


良渚文明この国家は
紀元前5000年ごろに始まる既に「都城」を持っていた。
王宮にあたる場所から大量の玉製品が発掘された。
玉は「魂が宿る聖なる石」

 

天武天皇がツクヨミ神を創造した。天武とツクヨミは同一である。
すなわち天武は神である。

この基本概念のもとに全体の構図構想も組み立てられた
すなわち「日の巫女」卑弥呼はアマテラスであり、「月の皇子」天武がツクヨミである。
しかし次の持統天皇のときにアマテラスは天孫降臨神話の論理に組み込まれ、変身することになる。日の神」アマテラスは持統天皇を体現し持統天の皇孫である軽皇子(文武天皇)への譲位を思想的に保証することになる。

 

■アマテラスは八咫鏡を天孫ニニギに授けるときに

アマテラスそのものだと思って祀るようにと神勅を下している。

その由縁は岩戸開きの際にアマテラスを映して光り輝いたことによっている。

古代においては凹面鏡で陽光を集めて焦点を結ばせ火を生み出した

ものの怪などの怨霊は、

霊のなかでは低級な精霊に過ぎず平安時代になって隆盛したものである。

しかしはるか以前にはより上位の霊力が存在し「稜威いつと呼ばれていた。

古代には後世に出てきた怨霊よりも古い信仰が行われており

その霊力が「稜威」と呼ばれていた。

太古の奥深い信仰心に由来する、この「稜威」の霊力が満ちているかぎり、

怨霊がおこす災いもおさえこまれる、激しくなることはなかった。

光源氏はこの力を身に帯びている存在であり、

源氏物語はかっての根源的なエネルギーが描かれている物語なのである。

   は光源氏の生活描写によって「色好み」として具体化された。

 

つまり「稜威」とは男女関係が持つ豊饒なエネルギーのことなのである。

大貴人にのみ許される自由で生まれながらの特別なものであり、奔放で芳醇な性の力であった。

209頁

例えば古代の鎮花祭

大神 狭井の霊力を祭ることによって、春に浮遊する悪神を鎮めようと試みた祭事である。

 

まな」と呼ばれるその独自の力が貴人の身に入り込むことで莫大な生のエネルギーを得た朝廷人は 

自由自在に蠢きだす霊力を操り 

国を治める権力が憑依した特別な存在と見なされ周囲の人々を惹きつけた。

210頁

 

 

 

 

 

                            YouTubeで見た冠位十二階

       義や智が低位ってのが 人の限界を示してるみたいで 説得力がある。

徳やら仁を示せる人ってのも世界にはいるらしい。

真似だったり 偽りだったり 憧れることすら危く見える