石川達三『生きている兵隊』を読む。24.10.01
知人宅から借りてきた本の中に石川達三『生きている兵隊』がありました。昭和十三年に中央公論社から出たのですがすぐ発禁になって、石川達三が逮捕起訴有罪(禁固四カ月執行猶予三年)となった本です。昭和二十三年に伏せ字を復元して出版されたものです。
中国との間で歴史認識の相違が問題になっている事柄の一つ、南京攻防戦が題材となっています。いろいろと考えさせられる本でした。石原都知事は読んだのかな、読んでないだろうな。読み終わって、丁度お昼だったので城東橋近くの「餃子の李」に餃子を食べに行きました。
お昼時ですから近くのサラリーマン(ウーマンも)が詰めかけていて、元気のよいおばさん料理人が中国語の大声で下働きの若い中国人(と思われる)達にいろいろ指示しまくっていました。尖閣諸島のピリピリモードは、中・日のどちらにも、そのかけらも感じられず、なんとなくほっとしました。水餃子は絶品で、焼き餃子はお持ち帰りしました。
「春秋の筆法」という筆法で「倭人伝」を解決した、という孫栄健氏とその手法を自分なりに応用された生野真好氏の本を読んで、まず、「春秋の筆法」なるものをご存知ない読者の方に紹介をしておきたいと思います。結果的には、「春秋の筆法だ」といって恣意的な文章を付け加えたり読み替えたりできるわけで、なんとなく「万能の筆法」と思われるのです。
春秋の筆法とは。(孫栄健『邪馬台国の全解決』より)
【春秋の筆法にある「内なる恥を緯む」というルールが「廻護の法」である。陳寿は司馬氏の言い分を徹底的に擁護している。直接的な表現が元政権の旧悪を暴露し、あるいは政治的な事情があって史実をそのまま公表できないとき、伝統的な「筆法」が用いられるのである。すなわち、『春秋』のように、記事の表面には慣例や公式見解である立前を置く。
そして「筆法」のルールにより文を”矛盾(錯(たが)え)”させ、文の奥に本当の史実・著者の真意である本音を隠す。文外の文、言外の言としてである。このような具合に中国流の史文は巧妙だった。立前を前に出して書きながら、しかもきちんと本音をつらぬく工夫をする。長い歴史の知恵なのであろう。
この「春秋の筆法」は、東洋史に詳しい人には周知のことなのだが、多くの読者にはきわめて耳新しいのではないだろうか。「筆法」とは「名」と「実」を同時にとろうととする、二重構造とでも称すべき、実に高度の文章術(レトリック)なのであった。
≪春秋は文を錯うるを以って義を見(しめ)し、一字を以って褒貶(ほうへん)を為す≫
これが中国史書の伝統原理なのである。こうした点、同じ歴史書といっても、史実や史観をすべて文の表面にあらわそうとするヨーロッパの歴史書とは、正に対蹠的である。
また、文の矛盾を「微言」と呼び、その意図を「大義」と呼ぶ。『春秋』における孔子の深意を「微言大義」と称する。常識の逆をとって意図的に文章を誤らせ混乱させることによって真意を語ろうとするのである。】
「春秋の筆法」がお分かりになりましたでしょうか? 陳寿が司馬氏のことを悪くいわない、というのは、彼の置かれた立場を考えれば当たり前ではないか、と思うのですが
