書店が好きだ。特に大型書店が大好きだ。といっても、なんでも良いという訳ではなくて、三省堂や紀伊国屋や丸善なんかが好みだ。有隣堂かブックファーストでもいい。蔦○書店や文○堂やあ○い書店しかない街は少し気持ちが萎えてしまう。
用がなくてもしょっちゅう書店に立ち寄ってしまい、読みきれないほどの書籍を購入してしまう癖が昔から直らない。
それなりの速度で読んではゆくのだけれども、物理的に流入量が上回っている時期も多い。
文庫や新書が好きだ。理由は単純で、小さいからだ。ポケットにも入るので、重宝する。
鞄を持つのが嫌いで、極力手ぶらでいたいのだ。だいぶ以前に「手ぶら不安症候群」なる言葉を聞いた時は、「自分の場合は"手ぶらじゃないと不安症候群"だな」と思ったものだ。
女性は化粧品や諸々を持ち歩く必要があるだろうし、財布や携帯電話を入れるようなポケットのない衣服も多いので、簡単に手ぶらという訳にはいかないだろうが、男性なら共感してくれる人もいるのではないだろうか。
文庫は古典なら問題ないけれど、最近刊については新刊本の数年遅れになってしまうので、近頃は新書の方が高い比率を占めるようになった。
昔は新書といえば岩波か中公だったが、今や聞いたこともない出版社まで新書を出しているので、玉石混交どころか駄本の方が圧倒的に多いような気がしている。それでも、場所を取らずに手軽に読めるので、新書コーナーを眺めては、気になるタイトルのものを捲ってみて、面白そうなものを購入している。しかし、失敗も皆無ではないので、そういう場合は読むのを放棄する。
電子書籍もよく買ってしまうものの、やはり紙の本を凌駕する水準には当分至らない気がする。そして、我が国の電子書籍のお粗末振りは非常に嘆かわしい。様々なしがらみがあるのだろう。しかし、圧倒的な量の不足だけでなく、紙の本と変わらない価格のものも多いというのはとんでもないことだと思う。数年前、Kindleストア日本版がオープンした際に、洋書まで日本価格に値上がりしたのには心底驚いた。
それでも、現在の書籍価格は、昭和初期に廉価でブームになった「円本」よりも遥かに安いことには感謝すべきである。
さておき、数日前に5冊程購入した新書の中に、「出生前診断-出産ジャーナリストが見つめた現状と未来-」(河合蘭著・朝日新書・2015年4月)があった。
出生前診断 出産ジャーナリストが見つめた現状と未来 (朝日新書)/朝日新聞出版

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これが予想に反してなかなかの良著だったので、ご紹介したい。予想に反して、というのは朝日新聞出版の新書であるために、色眼鏡で見ていた予断を覆してくれた部分が大きい。
3年近く前に「“新”出生前診断」が話題になったことを覚えている方も多いと思う。「ダウン症候群(21トリソミー)」を始めとするいくつかの遺伝子異常を持った胎児の診断が、妊婦の血液検査で可能になったというもので、「精度99%」と報道されていた。
妊婦の血液でダウン症99%診断 来月にも国内で導入 妊婦血液で胎児のダウン症診断…国内5施設で
(2012年8月29日・YOMIURI ONLINE)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/20120829-OYT1T00031.htm(リンク切れ)
精度99%の妊婦血液のダウン症診断 10月から臨床研究開始
(2012年9月14日・NEWSポストセブン)
http://www.news-postseven.com/archives/20120914_143276.html
この診断は正式には「NIPT(Non Invasive Prenatal Genetic Testing)・非侵襲型出生前遺伝的診断」というものだそうだ。
「非侵襲型」というのは、母体を傷付けることなく行えるというような意味だ。これまでの確定診断である羊水検査や絨毛検査が妊婦の腹に針を刺して羊水や絨毛を採取する方法で行われるために一定の流産リスクがあったのに対し、この新型診断は流産のリスクなく、より精度の高い診断を可能にした部分が画期的ということらしい。
臨床研究として開始されたこの診断は、実施可能な施設が当初非常に少なかったこともあり、問い合わせが殺到したそうだ。もちろん、背景としては晩婚化による高齢出産の増加がある。
ダウン症児の出生、過去15年で倍増 全国調査から推計
(2014年4月19日・朝日新聞デジタル)
http://www.asahi.com/articles/ASG4L4R2MG4LULBJ00B.html
我が国よりも早くこの診断が導入された米国では、「胎児がダウン症だと知った98%の妊婦が中絶に踏み切っている」という衝撃的なデータを、検査法の開発会社であるシーケノム社の関係者が明かしている。
全米の病院 胎児がダウン症だと知った98%の妊婦が中絶する
(2012年10月5日・NEWSポストセブン)
http://www.news-postseven.com/archives/20121005_146893.html
そして、導入後の我が国でも、ほぼ同様の事態が起きているようだ。
新型出生前診断、異常確定のうち97%が中絶
(2014年6月28日・朝日新聞デジタル)
http://digital.asahi.com/articles/ASG6W6636G6WULBJ013.html
河合の著作「出生前診断」が良著であると思う理由は、国内外の医師や助産師や遺伝学者のみならず、多くの妊婦や障害児を持つ親、障害者団体等にも幅広い取材を行った上で、国情や宗教等の背景に基づく相違を含めて経緯や事実を伝えようという姿勢に貫かれていることだ。「出産ジャーナリスト」を名乗っているだけのことはあると思う。
そして、本人の主張に深く共感できるのは、医療過誤による訴訟を恐れる医学界や研究そのものを倫理的な悪として攻撃してきた障害者団体等に加え、事なかれ主義的な政府の対応に決定的に欠けていたのが、他ならぬ妊婦達に対する視点だと一貫して強調している部分である。
既に一般的な言葉になった「インフォームド・コンセント」が置き去りにされていた現実がある。「母体マーカー検査」という出生前診断には、その存在を妊婦に「知らせる必要はない」という見解が旧厚生省の専門委員会から1999年に出されたりしたこともあって、「出生前診断」自体を一種のタブーと看做していた医師も多いようだ。
反対に、妊婦検診の結果、「知りたくなくても知らされてしまう」事態が存在することにもきちんと言及されている。
日本の母体保護法には、胎児に障害があることが判明した際に堕胎を可能とする「胎児条項」がない。同法が認めている中絶は、強姦による妊娠を除けば“妊娠期間が22週未満”で、その“継続や分娩が身体的または経済的に母体の健康を著しく害するおそれのある”場合のみなのである(河合によれば、G20からEUを除いた19カ国のうち、胎児条項を定めていないのは日本、ブラジル、アルゼンチン、インドネシアのみとのこと)。
障がい等“胎児の問題”による中絶は法律で認められていない
(2012年9月19日・NEWSポストセブン)
http://www.news-postseven.com/archives/20120919_143294.html
それにも関わらず、現実的には「経済的」理由の拡大解釈で、胎児の障害を理由とする中絶は多数行われている。
個人的にこのこと自体を責める気持ちは全くない。寧ろ、現実にそぐわない法律を改正すべきであろう。脱法的な運用を黙認することが正しい方法であるはずがない。
我が国にはこうした事例がいくつもある。「自由恋愛」のソープランドは売春ではなく、「3店方式」のパチンコは賭博ではなく、自衛隊は戦力ではないという運用になっているが、どれも詭弁だ。
ルールが間違っているならばルールを変えなければいけないのであって、屁理屈で例外をつくれば良いというわけではないだろう。
昨年、国会議員の質問に警察官僚が、「パチンコで換金が行われているなど、まったく存じあげないことでございまして」と答えたという報道があった。
パチンコで換金、警察庁「存ぜぬ」 課税狙う議員は反発
(2014年8月25日・朝日新聞デジタル)
http://digital.asahi.com/articles/ASG7X64YLG7XUTFK00X.html
知ってしまった以上、一斉摘発をすべきだろうに一向にそんな報道はない。官僚答弁に偽証罪はないのか?
話が逸れたが、「予想に反し」た理由をお伝えしておきたい。
朝日や毎日だけでなく、地方紙を含む左翼新聞はダウン症関連のニュースを積極的に取り上げる傾向がある。NIPTを最も多く扱っているのは朝日新聞ではないかと思う。それ自体が悪いわけではなく、同意できないのは、「命の選別」とか「いらない命」とか感情的な言葉を多用し、出生前診断自体を倫理的な悪として攻撃する姿勢が見え隠れすることだ。
当然ながら、取り上げる医師や有識者のコメントは言うに及ばず、読者の投書についてまでその方針に適うものだけを恣意的に選別している。河合は、海外の事例として「ダウン症児を産んで後悔している親も少数ながら存在している」事実も取り上げているし、上記にも引用したように米国でも我が国でも「胎児がダウン症だと知った妊婦の大多数が堕胎を選択している」現実があるにも関わらずだ。
そして、これまでに私が知っていた出生前診断を扱った書籍は左翼的な主張を持つ著者や出版社によるものが殆どで、朝日の論調に近いかより先鋭化させたものが多かった。
「出生前診断―いのちの品質管理への警鐘」 (佐藤孝道著・有斐閣選書・1994年4月)
「知っていますか?出生前診断一問一答」(優生思想を問うネットワーク著・解放出版社・2003年2月)
「新型出生前診断と『命の選択』」(香山リカ著・祥伝社新書・2013年7月)
「生まれてこないほうがいい命なんてない―『出生前診断』によせて」(岩元綾著・かもがわ出版・2014年2月)
このような書籍よりは
「優生学と人間社会」(講談社現代新書・米本昌平他著・2000年7月)
優生学と人間社会 (講談社現代新書)/講談社

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の方がよほど社会的に有用である。ナチスの悪用によってタブー視されている「優生学」であるが、遺伝子研究の進歩により今後も議論されていくことは不可避だろう。
ナチスのような積極的駆逐までは至らずとも、我が国を含む多くの国が「断種」を行った歴史がある。優生学はその過ちも含めて倫理的問題とともに追究していかねばならないと思う。
倫理の問題は宗教や時代背景や国情によってもかなり違ってくるし、本来は大いに議論されるべきものだ。
しかし、出生前診断そのものを否定的に扱う書籍を刊行している著者や団体、出版社や障害者団体等が出生前診断自体を攻撃し、タブー化させてしまった部分があることは否定できない。議論を封じることによって失われてしまう「新たな可能性」もあるだろうに。
河合は「どうせ朝日の主張の代弁者だろう」という予断を裏切ってくれた。
日本ダウン症協会等の考え方についても新鮮に思える面があった。どちらかといえば新検査法であるNIPTの報道において、必要以上に対立を煽ろうとしていたのは報道機関の方だったようだ。
そもそも、NIPTを考案した医師の目的は胎児治療にあったこと、ダウン症児が知的障害になる原因が明らかになりつつあり、胎児治療によって改善できる可能性も研究されていること、堕胎について非常に厳しいバチカンも「治療を目的とするならば」という前提で出生前診断を認めるコメントを出していることについても知ることができた。
読了後、改めて思ったのは、朝日やそのシンパが好む「いらない命」というのが実に嫌らしい言い回しだということだ。「いる」「いらない」ではなく、
「経済面も含めた負担に耐えられるのか」
とか、
「我が子より先にこの世を去るであろう親として、子の生涯に責任を持てるだろうか」
とか、もっと現実的に考える人が大半だろう。生まれ来る我が子の身体も精神も知能も健常であることを願うのは、親として当たり前のことだ。問題は、残酷だが障害や異常を「どこまで許容出来るのか」ということでしかないように思う。
朝日の論調は泣く泣く堕胎を選択した妊婦を罰し、深く傷つけ続ける可能性すらある。
河合の「出生前診断」はこれから子供をつくりたいと願っている人にこそ多く読まれるべきだと思う。障害児を育てている人のコメントや支援団体や福祉制度の存在についても多くの紙面が割かれている。取り上げられている事実を十分に知った上で、それぞれの決断があるべきだろう。
わたしたちのトビアス (障害者を理解する本)/偕成社

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