いろいろな人のブログを見ていると、わりと受験生の人も多いようだ。もうすぐ12月で、追い込みに入っている人も多いようだ。中には、「神様、絶対合格させてください!」みたいなことを書いている人もいる。そういった記事を読んでいて思い出したことがあるのだが、私が受験生だった頃、以下のようなことを考えた。今日はそれを思い出して、書いてみる。

私は10代の頃、受験勉強の合間にこんなことを考えていた。
【仮定1】 この世には神様がいる(仮定だが)。
【仮定2】 神様は人間の何らかの願いを叶えてくれることがある(仮定だが)。
【命題】 神様は、人間が願えば、どんな願いでも叶えてくれる。
【問題】 上の命題は真か、偽か。
【結論】 偽。

【考察内容】
この世には神様が叶えてくれない願いが2種類ある。それは以下の2種類の願いである。
1.物理的に不可能な願い。
2.理論的に不可能な願い。
1.の物理的に不可能な願いとは、死んだ人間を生き返らせるというような願いである。
2.の理論的に不可能な願いとは、個々のケースにおいては実現可能であっても、全体としては不可能な願いである。
2.の願いの具体例としては、定員枠争いが挙げられる。例えば、あるところに、α大学という大学があるとしよう。その大学では、毎年、大学受験によって、5千人の学生を入学させているとしよう。それに対して、毎年、1万人以上の受験生が受験に望むとしよう。そのとき、ある学生が、以下のように願ったとしよう。
「神様、どうか、私をα大学に入学させてください。」
この願いは聞き届けられるだろうか。
否。
何故ならば、1万人以上の受験生が同じことを願えば、神様はそれに答えることが出来ないからだ。ある一人の学生が、あるものの便宜によって、ある大学に合格することは理論的に可能だが、1万人以上の受験生が全員5千人の定員枠に合格することは理論的に不可能である。このときの、受験生と神様の関係は以下のようなたとえ話で表すことが出来る。


あるところに、ひとつの家庭があった。そこには一人の母親がおり、その母親には3人の息子たちがいた。ある日、隣のおばさんが母親にお饅頭を2つくれた。それを見た三人息子のうちの一人が、母親にこう言った。
「お母さん、その饅頭のうちのひとつをぜひとも僕にください。」
そのとき、その願いを母親は聞き届けるだろうか。
否。
母親は上の願いを叶えない。何故ならば、2つしかない饅頭を3人の息子にひとつづつ与えることは出来ないからである。結局、母親は、ひとりの息子に、その饅頭をまるまるひとつ与えることはないだろう。饅頭の場合は、切り分けることが出来るから、おそらく、その母親は3分の2ずつ息子たちに与えるだろう。しかし、饅頭のように切り分けられないものの場合には、その限りではないだろう。


最初に話を戻せば、定員枠が5千人しかない大学受験において、1万人以上の受験生のうちの1人が、自分をその定員枠に入れてくださいと願ったところで、神様はその願いを聞き入れてはくれないだろう。もし、ある医学部志望の受験生が以下のように願ったとしても、その状況は変わらないだろう。
「神様、私は将来優秀な医者になって、多くの病人を救いたいと思います。ですから、ぜひとも私をα大学の医学部に入学させてください。」
彼は偽善者と呼ばれるだろう。さらに言えば、上のような願いが叶わないのは受験生本人による願いに限らないだろう。例えば、ある母親が、以下のように願ったとしても、たとえその願いがどんなに純粋なものであったとしても、やはり叶わないだろう。
「神様、どうか、私の息子をα大学に入学させてください。」
しかし、以下のように願うのならば、神様はその願いを叶えてくれるかもしれない。
「神様、どうか、私の息子が最後まで頑張って受験勉強に取り組んでくれますように。もし落ちたとしても、悲嘆にくれませんように。」
上のような内容の願いであれば、すべての受験生やその親が願うことが出来る。すべての人が願うことの出来る願いは、理論的に不可能な願いではない。


高校生の頃、僕は大体上のようなことを考えた。その頃、私は、毎晩、こんな調子で、いろんなことをあれこれと考えていた。結局、かく言う私自身は第一志望の大学受験に失敗した。


ところで、新約聖書(マタイによる福音書 14 13-21)には、パンが増えた話が出てくる。あるとき、イエス・キリストの下に5千人の信者が集まってきた。イエスは彼らに食事を与えたいが、手元にはパンが5つと魚が2匹しかない。そこで、イエスは、群集には草の上に坐るようにお命じなった。そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで賛美の祈りを唱え、パンを裂いて群衆に弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。
And he commanded the multitude to sit down on the grass, and took the five loaves, and the two fishes, and looking up to heaven, he blessed, and brake, and gave the loaves to his disciples, and the disciples to the multitude.

すると、すべての人が食べて満足した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二の籠いっぱいになった。
And they did all eat, and were filled: and they took up of the fragments that remained twelve baskets full.

上の話が事実かどうか、あるいは、事実を伝えているかどうか、私には分からないが、少なくとも、以下のようには言えるだろう。
【命題】 もし、イエスの願いが以下のようなものであったとしたら、何の奇跡も起こらなかっただろう。
「神よ。今、目の前には五千人の人間がいます。しかし、手元には五つのパンと二匹の魚しかありません。ところで、私は大変お腹が減っています。どうか、私に五つしかないパンのうちのひとつをお与えください。」