※ユリエスで流血注意、本編ネタバレです!

空気中に赤い粒子があちらこちらで舞っている。本来は目に見えないエアルだ。濃度が濃くなって見えるようになっているのだ。

その中心にそびえ立つ御剣の階梯(みつるぎのきざはし)で俺は仲間に見守られながら操られたエステルと戦っていた。

アレクセイはもうこの場にいない。ザウデ不落宮とやらへ逃げて行った。

今すぐにでも追いかけたいがエステルがそれを許してくれない。

いくら戦いが好きだと言ってもエステルと戦うなんて望んでなんかいない。

それに 、エステルは俺の・・・ ・・・。

「っ!」

どうやら隙が出来ていたらしい。エステルが容赦なくこちらに剣を向けてきた。

辛うじて自身の剣、宙の戒典(デインノモス)を構え、受け止める。いつもとは違う強い力に驚きながらはじき返す。

ギィン、と金属と金属が噛み合う。

「目ぇ覚ませ!エステル!」

さっきからエステルに呼びかけてるが全く聞こえていないらしい。返って来たのは剣の衝撃波だ。

「蒼破っ!」

いつもより低めの高さの蒼破刃を放って相殺する。

「お前だってこんな事、望んでないだろ!」

今度はこちらに走ってきて、剣を俺に向かって振るう。ギィン、またはじく。いつまでもこんなことやってられない。

こんなことしつづければいつかどちらかがやられてしまう。何かいい方法は無いか。そのことで必死に頭の中を回転させ、考える。

隙をついて一気に決める、この考えがいつもだがこの場合、手加減を間違えるとエステルの身に取り返しがつかなくなる。それか、自分もやられてしまう。

「(・・・っ!ああするしかない・・・)」

一番やりたくない方法だが、これでエステルが帰って来るのなら。

「エステル!」

大きな声で名前を呼ぶ。一瞬止まったが、剣を持って突進してきた。簡単によけられるがあえてかわさなかった。逆に宙の戒典をからり、と捨てて両手を広げる。

「っ・・・!」

スピードを落とさず、とびこんできたエステルの体を受け止めるとともに腹にひどい激痛が走った。

「「ユーリっ!」」

リタとカロルの悲鳴じみた俺を呼ぶ声。

「安心しろって!」

返答し、血がつたっている剣を自らの体から力強く引きぬいた。

さらにひどい激痛。すぐに傷からおびただしい血があふれてくる。そして足場を赤黒く染めてゆく。気を失いそうになるのを必死と耐える。きっと普通の人がこういうことをすると、ほぼ確実に命は無い。

俺はエステルの服に血がつかないように少しだけエステルの体を浮かす。それから手に持っていたあるものを見せる。

「ほら、これ見ろよ・・・」

「!それ・・・は・・・!」

それは以前、エステルが捨てようとしていた母の形見の髪飾り。エステルに頼まれて俺がいままでずっと預かっておいたのだ。

それを見た瞬間、エステルの瞳が揺れる。一瞬のチャンス。

「帰ってこい。エステル!お前はこのまま道具として死ぬつもりか!?」

「わた、わたしは・・・わたしはまだ人として生きていたい!」

エステルから光があふれ、エアルが渦巻いていた帝都は一瞬にして晴れ空へ変わる。

「はあ、はあ・・・」

「帰って・・・来たな」

「はい・・・」

微笑むエステルを見て安心する。安心するのはつかの間、アレクセイが作りだしたシステムでエステルは赤い球体に閉じ込められた。そこから発動する赤い波動で吹き飛ばされそうになる。

リタがシステムをチェックし、驚いている。だが、聖核(アパティア)の代わりがあればエステルをすくいだせるらしい。

「この剣・・・使ったらどうだ!?」

隣で治療してくれるカロルも頷いた。とても泣きそうな顔であったが。

「・・・・・・やってみる!」
リタが自信があるように頷いた。






「ユーリ!剣を!」

「っしゃあ!」

リタが俺に合図を出す。俺は残っている力の限りで宙の戒典を宙に放り投げた。

真っ白な光に包まれ、赤い球体からエステルが倒れこんでくる------そしてその温かい体を受け止める。

「おかえり」

「ただいま」

俺の腕の中でエステルは微笑んだ。傷はだいぶふさがり、血を拭いているのでエステルが自分の血で汚れることは無い。ホントに良かった。ホント・・・に・・・

クラリ、と目眩がしてカクン、と膝をつく。もちろん、エステルをその前に離れてもらってからだけど。

「ユーリ!?」

慌てるエステルに「平気だよ」と呟いて立ち上がろうとするが立てない。刺された時に流れた血が多かったのだろう。皆も駆け寄って来る。

「休んだ方が良いよ!すっごい傷だったんだから」

治療をしてくれたカロルが言う。みんなも頷く。ま、しょうがねぇか。これは俺が悪いし。

「分かってる」

俺はしぶしぶ返事した。眠ってるのはつまらねぇからな。




「・・・ん」

目が覚めると、もう夜だった。暗いので明りをつけると、俺の眠っていたベッドに頭をのっけてすぅすぅ眠るお姫さん。ずっと見ててくれたのか。

「ったく。無防備に寝てるな」

エステルの頬をつんつんつつくと「ふぇ~?」とわけのわからないことを言ってからぱっちりと目を開ける。

「んん・・・?あ!ユーリ!起きたんですね」

「ああ、心配掛けたな」

「ごめんなさい、わたしのせいでこんな目に・・・」

「何だよ、これぐらいで俺が死ぬかって。俺は強いんだぜ?」

「ふふ、もう、ユーリったら」

エステルが小さく微笑む。それにな、と俺は言葉を続ける。

「エステルが生きてる限りは俺、死ぬつもりないんだけど?」

立ったエステルを自分のもとへ引き寄せ、そっと抱きしめる。

「ゆ、ユーリ・・・」

「ちなみにこれ、冗談じゃねぇからな?なんなら誓ってやる」

俺はエステルの桃色の前髪をそっとかきあげて、露わになった額に口づけた。

「額に口づけは誓いのしるし・・・です」

「そ。これで信じてくれるか?」

「・・・はい、もちろんです。でも、ウソついたら針千本飲んで下さい」

「かくじつに死ぬよな、ソレ」

「ユーリなら死にませんよ。だって、強いんでしょう?」

こりゃ一本取られたな。

「っはは、分かったよ」

俺はエステルの頭をそっと撫でるとエステルは花が咲いたように笑った。
                                          

                                               ~End~







話がベタすぎてつまんないですね^^;そして多少の、いや、大分本編変わってますね^^;

ごめんなさい><久しぶりのUPでした♫

――― Dear Annie
   こんにちは お久しぶりです。 元気にしていますか?
   ボクは、元気です。 昔と変わらないまま、ずっと
   あの日から、もうずっと会っていませんね。あの、3年前のあの日…
   もう1度、会ってくれませんか? あの日、キミを傷つけてしまったコトを
   一言謝りたい。 もし、会ってくれるのなら、あの場所で… あの日と同じ
   あの場所で正午に、待っています。
   君が来てくれることを願って…                ――― Mao



封筒に白い紙をしまい、はぁ、とため息をついた。
あの日から、3年―――彼には、自分の知る彼には考えられない敬語で綴られた手紙には、精一杯の想いが込められているように思えた。
相変わらず変わっていない子供らしい文字の1つ1つに彼らしい優しさが現れていて、胸が苦しかった。
どうして、まだ私に優しくしてくれるの…? 私は、あなたから幸せを奪ったのに―――
きゅ、と手を握って目を閉じ、アニーは3年前のあの日に意識を沈ませた―――。



あの日、は3年前…アニーが18歳の時だった。
よくアニーの家に泊まりに来ていたマオは、恋人ではなく、だからと言って友達と言うには何か足りない気がした。世間で言う、友達以上恋人未満と言うやつだ。
アニーは旅をしていた頃からずっと変わらずにマオの事をかわいい弟として見ていたし、接して来た。
甘えてくるのなら時には甘やかしてあげたり、時には拒んで見せたり色々で、自分も、彼も、その生活に満足していた。

―――満足していると、思っていた。

マオは文句なんて一言も言わずに笑って毎日を過ごしていたし、毎日が充実していたし、それでいいと思っていた。いつかお互いに好きなヒトが出来るその日まで、ずっとこの楽しい生活が続くものだと思っていた。

でも、違った。

マオはもう、昔と同じように姉のような存在として私の事を見てくれていなかったし、ずっとずっと大人な目で私を見ていた。―――少年は、自分の知る幼いだけの少年ではなかった。

―――好きなんだ、アニー。キミが好き

マオから告白を受けたのはあの場所で、丁度日暮れ時だった。勉強漬けになっていた自分にマオから気晴らしにどこかに行こう、と誘われ、アニーが選んだ大切な場所。
夕陽のせいだけでなく頬を赤く染めて、真っ直ぐで真剣な瞳で私を射抜いたマオは、もう、自分の知っている“幼い弟”ではなかった。
あまりに真っ直ぐな彼の視線が、怖くなった。

―――アニー、ボク、
―――いやっ!!

続きを聞いてしまうのが怖かった。今まで築き上げてきた優しい関係が壊れてしまうのが、怖かった。アニーは知っている。どんなに時間をかけて築き上げてきた関係でも、壊れてしまうのはほんの一瞬だと。
でも、それでも…あの時のアニーが1番恐れていたのは、自分が彼を見ているものとはまったく違う目で自分の事を見ていた、彼だった。

拒絶したアニーは、マオの成長していない小さな身体を両手で力いっぱい突き飛ばした。小さくて、華奢で―――トンファーを振り回して戦う姿を見なければ、守ってあげなければ、と思ってしまうほど細い彼が、普段から重い杖を振り回していたアニーの本気の突きに耐えられるはずもなかった。
大きくよろめいて倒れた先は草の中。そこまでは、よかった。
後からなんとでも取り返しがついた―――のに。
転んだ拍子に足を捻ってしまったのか、中々立ち上がれずに草の中で彼はもたついていた。

この時に、助けていればよかった、のに。

草の中と言っても彼の倒れ込んだのは道の上。丁度そこに馬車が走ってきた。
不幸が、不運が、重なった瞬間だった。

―――!!

草のせいで馬車からはマオの小さな姿など見えるはずもなく、足を捻ったせいで動けなかったマオは、そのまま…



今でも鮮明に覚えている。
息を呑んだ彼の表情。馬の大きな鳴き声。馬車の車輪が何かに乗り上げ、軋んだ音。慌てて馬車から下りてくる人々の表情。叫ぶような声、言葉。
馬車の業者さんに助け出された、彼を伝っていた、色―――
そして何より、それらを呆然と見つめていた、自分。

目に焼き付いて離れない。意識を失う一瞬前に自分を視界にとらえたその、哀しげに―――“どうして” そう言いたげに見つめてきた緋色の彼の瞳…。

つきりと心が痛んだ。あの日を思い出すと、今でも切ない。
苦しい。―――私が、彼を傷つけてしまった。

医者の卵として、マオの手術に立ち会った。
彼に繋がれたたくさんのコードと、機械。次々と溢れてくる彼よりも紅い、液体。
すべてが怖くなって、私は途中で逃げ出した―――。

起きている彼と一緒にいたのは、あの告白の日が、最期だった。

手術からマオが目覚めたのは知っていた。何度も病室の前まで足を運んだ。
けれど、いつもその扉を開ける勇気が出なかった。彼が自分を恐怖の瞳で見るのが、怖かった。
真夜中なら―――そう思って足を運んだあの日。中から聞こえてきたマオの声に、思わず足を止めた。
まだ起きてた…出直そう。そう来た道を戻ろうとした、その時だった。

―――体調はどうかな?
―――おかげさまで…すごく元気です

お医者さんと、彼の声。思わず足を止めてしまった。
タイミングが悪かったかと思いつつ、再び扉の前に戻り、聞き耳を立てる。

―――そうか、それはよかった。けれど、無理は禁物だよ。まだ術後なんだからしっかり休んで、体力を取り戻さないと
―――…あの、
―――何かな?

マオの事を子供だと思っている医師は、とても優しい声色で応じ、病室を後にしようと踏み出していた足を止めた気配がした。
いやな予感がして、ぎゅ、と花を持つ手を強く握り、こくりと唾を飲み込む。

―――え、と…ボクの足、元通りに動くようになります、か?

たどたどしい敬語が紡いだ言葉。言葉を紡いだ彼の声が震えたように思うのは、恐らく気のせいではないだろう。
心臓がうるさい位に鼓動を鳴らす。あごを伝って汗が床を濡らした。聞いちゃいけない、そう頭が告げていた。

―――…君にこれを離すのは…どうかと思ったけれど…残念ながらリハビリをしても、君の足は以前のように動くようにはならないだろう。
―――!!
「!!」

息を呑んだ2人分の吐息。1つは彼の、1つは私の。大きな瞳を大きく見開いて硬直した彼の表情を想像するのは容易なことで、つきりと胸の痛みは大きくなった。
“そうですか”
続いて聞こえたのは小さな声で呟くように口から絞り出した、ひどく空虚な彼の声。慌てて扉の陰に隠れると、扉から白衣をはためかせて医師が出てきた。
多分、こちらの事を覚えていたのだろう。困ったような、心配しているような、そんな曖昧で、優しい微笑みを浮かべて会釈して、

―――しばらく、そっとしておいてあげて下さい

そう言い残して暗い廊下を歩き去って行った。
その背中が見えなくなってから、スライドの扉をほんの少し開けて、彼の様子をうかがった。
呆然と白いベッドの上で上体を起こしたまま、ぼんやりと自らの小さな手を見つめている。少し見ていない間にまた痩せたらしく、月の光に映し出されたその線は、ひどく弱々しい。

あれほど虚ろな瞳の彼を見たのは初めてだった。
その、光の感じられない瞳から、はらはらと涙が溢れだしたのは、かなりの時間が過ぎてからの事。
1筋、また1筋と彼の白い頬を涙が伝う。ぽたりぽたりと彼の掌を、服を、シーツを濡らして雫が落ちる。
そうしてやっと我に返ったのか、感情にようやく頭がついて行くようになったのか、まるで迷子になった幼い子供が母親を探し求めるような声で、マオは泣きだした。
最初は堪えるような小さな声で。それから徐々に大きな声に変わって行く。その声が叫ぶようなものに変わった時、自分もその痛みを知った。
永遠を生きる彼。これからの終わる事のない人生を足が不自由なままで生活しなければならない。…それは

―――私の、せい…

あの時、私が庇っていたら。
あの時、私が手を貸していたら。
あの時、私が突き飛ばさなかったら。
あの時、私があんな所にマオを連れて行かなかったら。
きっと、きっとマオは傷つかなかった。
こうしてベッドの上で泣くこともなかっただろうし、そもそも病院になんて来なかっただろう。

ずきりと、胸が痛む。

今辛いのはマオなんだ。私が泣いている場合じゃない―――わかっている、わかっているのに―――涙が溢れて止まらなかった。
声は呑み込む。今は、今のマオの前に私が現れたって迷惑だ。
ぺたりと床に座り込んだ。かさりと乾いた音を微かに響かせて、花束が床に落ちた。涙は止まらない。でも、きっとマオは声が枯れてもそれでも、泣き続けるんだと思う。

扉越しに、少年と少女は涙をこぼした…



ふと気がつくと、扉越しに聞こえていた鳴き声が消えていた。
時計を見る―――午前五時。陽が昇り始める時間だ。
そっと扉を少し開けて部屋の中をのぞき見ると、さっきまで泣いていた彼は眠っていた。
意を決して、部屋の中に足を踏み入れる。ざわりと影が揺れて、この部屋に入る事を拒絶されているような気がした。

「…ごめんなさい、マオ…」

きっと、何度謝っても謝りきれない。
彼の永遠から、私は幸せを奪った。その罪は大きい。
ふわりと、眠る彼の頬に触れる。いつも安らかだったその表情は、今は苦悶に満ちている。
涙でべたべたして、涙の伝ったいくつもの跡が赤く腫れて、痛々しい。

「ごめんなさい、マオ…」

花束をサイドテーブルにそっと置いて、彼に背を向ける。
私は2度と彼の前に現れるべきじゃない。現れる資格がない。
きっと会う度に、彼を傷つけてしまうから。

―――けれど、その前に…1度だけ…

もう1度だけ彼の寝顔に視線を向ける。これで最後、と心で自分に言い聞かせながらゆっくりと微笑む。

「…私も…あなたの事が好きでした…。ありがとう…さようなら…」

そっと頬に口づける。
もう遅い。手遅れだ。
扉の外に向かって足を踏み出す度に涙が溢れてくる。
届いたのに、届かない。もう、届ける事は許されないから。

―――さようなら、愛しいヒト
―――たくさん傷つけて、ごめんなさい…。



思わず零れたため息が、部屋の中に静かに通った。
昔から変わっていない彼の字を見つめ、それに込められている真っ直ぐな想いを感じとり、またため息をつく。

―――もう、姿を現さないって、決めたのに…

どうしてこうも彼は、痛い位に優しいんだろう。



結局、私は行かなかった。
もう、会わないと決めたから。
私も、彼も、お互いにお互いを忘れてしまった方が、きっと幸せだから。
だから、私は―――たった1つだけ、願います。

―――あなたが、幸せになれますように…



1年が過ぎ、アニーは22歳になっていた。
マオからの手紙はあれ以来アニーの元に届いておらず、たった1つ白い封筒だけが未だに机の引き出しの奥に眠っていた。

―――彼の噂はよく、耳にしていた。

リハビリを始めた事、退院して、今は車イスで元気に動き回っている事、スールズやペトナジャンカに住むかつての仲間の元へも元気な顔を見せた事…色々な彼の情報を色々なヒトが携えてアニーの元に来た。
そして最後に「会わなくていいのか?」「マオが会いたがっていた」
と言い置いて行くのだ。

しかし、最近はそんな話は聞いていない。1年前…丁度アニーの元にマオから手紙が届いた時から、彼の情報はぷつりと途絶えていた。
それでいいと思う反面、寂しく感じてしまうのはきっとまだ彼を忘れきれていない自分がいるせいで、アニーはそんな自分を否定する日々を送っていた。

「そう言えばね、先生。こないだこれ位の男の子があそこの木の上に座ってたんだよ」
「男の子?」

お手伝いに来てくれているガジュマのおばさんがふとそんな話を始めて、アニーは内心どきりとした。思わず飲んでいたコーヒーをこぼしそうになって慌てて持ち直し、相槌を打つ。

“あそこ”

それは、マオとの約束の場所で。
おばさんが示したこれぐらい、の手の位置は3年前最後に見たマオと同じ位の背丈に見えた。

「そう。危ないよ、って声かけたらふわって感じで木から飛び降りて私の所に駆け寄って来てねぇ。突然、この辺で一番いいお医者さんは誰かって訊くんだよ。だからあたし、堂々とバース先生だって答えたよ。何か病気とかしたら訪ねてみなってね!」

笑顔のかわいらしい子だったねぇ、とおばさんの語る男の子の特徴はすべて彼と重なって、けれど彼じゃない事を同時につきつけられていて、胸が苦しかった。けれど同時にほっとしている自分もいて、どうしようもない苛立ちがこみ上げてくる。

その男の子は、マオじゃない。駆け寄って行けるはずがないから。木に登れるはずがないから。彼はもう、車イスがなければ動けないはずだから。

思い出して、ぎゅうっと胸が押しつぶされるように痛んで、それをごまかすように熱いコーヒーをすする。喉を流れたコーヒーも、手に持ったマグカップもちゃんと熱くて、まだ自分も人としての温もりを失っていないと確認する。

―――もう、歩きださなきゃ。彼とは、違う道を…

彼も、もうきっと違う道を歩き始めている。そこに彼が“生まれた”頃のような笑顔はないかもしれないし、この先もずっと自分のしたことが彼を苦しめ続けるかもしれない。そんな事、わかってる。
それでも、彼は歩いているんだ。
自分も行こう。いつまでも彼に囚われていてはいけない。きっと自分の罪は消えないけれど、唯一出来るのはもう2度と彼に関わらない事だから。

過去を、彼を、忘れて…



早朝の空気は冷えていて、澄んでいる。
ここの景色はいつも雄大で、美しい。きっと朝日が昇る瞬間はもっときれいだろう。それを見るためにこんなに早く来たのだから。

アニーは、あの場所に1人、来ていた。

彼を忘れる第一歩として選んだ、あの場所。
初めて彼とこの場所に来た時も、早朝だったな、と振り返る。寝ていた彼を無理矢理起こして、寝ぼけたままの彼を急いで引っ張って連れて来て。それで…朝日を見て。
あの瞬間、今まで眠そうにしていたのが嘘のように彼は大きな瞳を大きく見開いて、小さな手をぎゅっと握って、その朝日に負けない位、輝いた表情をしたのを覚えている。
2人で顔を見合わせて、キレイだね、なんて言って笑い合ったあの日。

幸せだった。

あの日のような日々は、もう帰って来ない。壊したのは他でもない、自分なのだから。
まだ胸はつきりと痛むけれど…忘れよう。
そう決めて、景色を目に焼き付けるようにアニーが大きく目を開いた、その時だった。

「…アニー…?」

後ろで小さな…探るような高い声が空気を震わせ、薄い霧の中でゆらりと影が揺れた気配がした。ドキリと大きく跳ねた心臓に、アニーは目を閉じる。

振り返ってはいけない。

思わず振り返りたくなる、聞き慣れた、けれどずっと聞きたかった、大好きなヒトの声。
そう、自分は聞きたかったんだ。本当は、忘れたくない。けれど……

―――どうして、いるの…

胸に手を当てて、その奥で大きな鼓動を打ち鳴らす心臓に気がついて、ぎゅう、と唇をかむ。わかってる。
忘れたくて、でも、忘れたくなくて…忘れる事なんて出来なくて! この4年間、ずっとずっと心の中に居続けた大切なヒト―――

―――どうして、忘れようとしたのに…私の前に現れるの…

「アニー? ねぇ、アニーだよネ?」

この薄さの霧の中で見えないはずがない。きっと彼には私が見えていて、どうして振り返らないの、と必死に叫んでいるような、声。そして…

キィ、と軋んだ、タイヤの音…

あぁ、やっぱり。車イスの音。
もう一度、彼が呼びかける声がした。けれど、心の中で耳をふさいで、聞こえないふりをした。

―――もう会えないって思ってた…忘れようって…!!

アニーは逃げるように走り出した。
踵を返した一瞬、目に映った影は、間違えなく“彼”だった…

「アニー!? ちょっと待って!!」

そう理解して、スピードを上げたアニーの耳に、彼の声が、彼の座る車イスのタイヤの音が追いかけてくる。

―――来ないで…私に、あなたに会う資格なんてないの…!

振り切ろうと走るアニー。追いかけてくる彼。
カラカラカラカラとタイヤは軋み、「待って」と叫ぶ彼の声が響く。

と、その時、アニーの耳に聴き覚えのある、嫌な音が響いた。

何かが、何かに絡まって、乗り上げて、崩れ去っていく嫌な音。激しく響いたそれは、いつまでもアニーの忘れられない、運命の音。

「アニー…っ」

同じだった。
甦る、嫌な思い出。次々と流れるそれにアニーは立ち止まり、その場に立ち尽くす。
自分達の運命を変えた、音。あの時、助けていれば…何度も思ったそれと同じシーンが、もう1度繰り返されている。

会わないと、決めた。
けれど―――

―――今、助けなかったらきっと、4年前みたいに後悔する

「―――マオっ!!」

振り返り、走り出す。恐怖で埋もれた感情はしかし、逃げている時よりもずっと軽い。

忘れたくて、忘れたくなくて。けれど忘れられなかった。
終わらせてはいけない。同じ結果にしてはいけない。だって彼は、

彼は―――

「マオっ!!」
「アニーっ!」

自分が愛した、ただ1人のヒト―――――

車イスの下敷きになって、地面に伏せている彼を助け起こそうと、手を伸ばす。そして、彼の手もまた、のばされる。
 届きそうで、届かないキョリ。もどかしくて、懸命に走って、徐々にその距離が縮まって―――

―――触れた瞬間、朝日が煌めいた。

陽の光に照らされて、ハッキリと見た彼の顔は4年前とは少しも変わっていなくて、大きく見開いていた緋色の瞳がふわりと笑みをかたどったのは、あっという間だった。

「マオ…」
「久しぶりだネ、アニー」

笑ってから、すりむいた頬が痛んだのかすぐにほんの少し顔を歪めて、それでも笑おうと唇が弧を描く。
タイヤが外れたらしい車イスの骨組みを彼の上からどかして、握ったままの手を離して、すりむいた傷跡を確認する。血は出ていたが、大した傷ではない。
安堵の息をついた自分に、やっぱりマオは柔らかく笑いかけた。

「やっと会えたネ」
「えっ…あ、」
「ボク、1年間も待ってたんですケド?」
「え…うそ」

嘘じゃないヨ、そう言って彼はおかしそうに笑う。
手紙が届いた日から1年と少し。この1年間彼はずっとここで待っていたと言うのか。

拗ねたような口調はしかし、彼は少しも怒ってなどいなくて…むしろ、笑みを浮かべる緋色の瞳は、柔らかく優しい光を宿していた。

「会いたかった。4年前―――ボクはキミを傷つけちゃったから…」

ごめんネ?

たった一言ささやく彼の声は真っ直ぐで、温かくて―――寂しくて。胸がつきりと痛んだ。
謝らなきゃいけないのは私の方なのに―――なのに、彼はまだ痛いほど優しい。

気がつけば、アニーは立ち上がり、叫んでいた。

「どうして謝るの!? あなたは何も悪くない! 傷ついたのは、あなたの方なのに…っ!!」
「あ…アニー?」

大きく見開いて見上げてくる彼の瞳は真っ直ぐで、無邪気で澄んでいて―――まるで濁りなんてなかった。ただ、そこにあるのは戸惑いと、驚きの色。
アニーはぎゅっと自分の胸元の服地を掴んだ。そうでもしなければ胸が張り裂けてしまうのではないかと思うほど、苦しい。

「わかってるの…! 悪いのは私! あなたから自由も、足も、幸せも奪って、私は逃げた! 傷つけたあなたが、いつか私を拒絶するのが怖くて、怖くなって、私はあなたから逃げたの!! 謝らなくちゃいけないのは私…っ! …私っ、なのに…っ、」

ぽろり、と涙が零れた。

せきを切ったように溢れだす涙を白衣の袖口で拭うが、朝日の光に反射しながら、頬を伝った涙が雫となって、落ちた。
私になく権利などあるはずがなくて。彼を困らせてしまっているのは明白で。
困らせてはいけない、と。わかっているのに、涙が止まらなかった。

「どうして…私に、優しくするの…っ」

しゃくり上げながら座り込んで、涙を拭う事もあきらめて。ぽろぽろと涙を零しながら、それを引っ込めようとどこかで頑張っている自分を見つけて、まるで小さい子供みたいだ、と自嘲する。
またマオを困らせてしまった。もう、困らせたくなかったのに…。

「泣かないでヨ、アニー」

それまでずっと黙って私の言葉を聞いていたマオに、ぎゅっ、と抱き寄せられた。背中にまわされた小さな掌の温度に、肩口にうずめられた髪から香った彼の匂いに、妙に安心して。
まるで4年前に戻ったような感覚だった。
言葉通り、見上げて来たマオの笑顔は少しも変わっていなかった。

「そっか、アニー。この4年間、ずっと自分を責めてたんだネ」

向けられた声は、かけられた言葉は優しくて、じわりと熱いものが胸に込み上げた。

彼の細い肩口に顔をうずめて、嗚咽を漏らす。しゃくり上げる背に時折、よしよし、とでも言うように彼の優しい手が触れた。
そうしてくれる彼はやっぱり温かくて、しばらくその状態で、彼に甘えた。

「あのネ、アニー」
「え…っ」

しばらくして、突然マオはそう言って。にっこり笑って、立ちあがった。

立ちあがったのだ、マオが。

目を疑う光景は続いた。
立ちあがったマオはくるりとその場で回って見せて。大きく飛び跳ねて見せて、えへへ、と声をあげて、笑った。

「どう、して…」
「アニーと会わなかった…会えなかった3年間、頑張ってリハビリして、元のように動けるようになったんだヨ。今ならもう、あの頃よりも速く走れるんだからネ!」
「じゃあ…どうして車イスで…」
「ビックリさせようと思ってたんだ。きっと、笑ってくれるって思って…でも、それが逆に傷つけちゃってたみたいだネ」

寂しそうに笑う彼にどうしようもない胸の痛みが広がって。そうじゃないのに、そう思わせてしまった自分が悔しくて、違うの、と立ち上がる。

「違うの、そうじゃなくて…っ、私、」
「あー、もう、そんな顔しないでヨ。ボクも、アニーにそんな顔して欲しくて言った訳じゃないんだから!!」

困ったように笑った彼は、照れ隠しのように頬を掻いて、それから今の太陽のような表情を浮かべる。光を浴びて、目を閉じて。それから笑みを浮かべる様子が、まるでスローモーションのようにアニーの目に映った。

「ネ、アニー。今度こそ、聞いて欲しい」

優しい顔は変わらなくて、けれど声色はどことなく真剣で、思わず身構える。さっきまでと変わらない優しくて、柔らかい笑顔なのに、マオの表情は“男の子”の表情ではなかった。

―――真剣な、“男の人”の、表情…

こくりとうなずいて、つばを飲み込む。ドキドキと高鳴る胸が、やけにうるさく感じた。

「…好きだヨ、アニーのコト。誰よりも、ずっと」

ふっと柔らかく笑んだ瞳に、影がかかった。笑う表情がそれだけで痛々しいものに変わる。
4年前の私の罪は消えない。―――彼にそんなつもりはなくて、真っ直ぐに素直な気持ちを向けてくれているのはわかっている。けれど、その反面、彼は心のどこかで私に再び拒絶される事に怯えている。

それでも、マオの笑顔は変わらず、真っ直ぐだった。

「ホントは会えなかった3年間、待ってた1年間、苦しかった。寂しかった。もう嫌われちゃったと思ってたから…今は、ホントに嬉しいヨ」

来てくれてありがとう

その言葉は優しくて。本当は忘れようとしてここに来たなんて言えなくて、ぎゅ、と手を握る。
忘れなくて、よかった。心からそう感じて、じわりとまた視界が歪んだ。

「もう、だから泣かないでヨ。…笑って? アニー」

ふと、柔らかい感触が頬に触れた。

「――――!?」

気がついたのはもう既に離れた後で、慌てて彼を見ると、彼は殊更嬉しそうに笑って、見上げて来ていた。

口づけられた。

頬に、顔にさっと熱が集まり、赤くなっているのが見なくてもわかる。

「な…」
「えへへ♪ 1年間待ったんだからネ?」
「マオっ!!」
「わーっ♪ アニーが怒った―――ッ!」

楽しそうな声をあげて、私の顔を指さして、マオが笑う。
本当に4年前…旅をしていた7年前に戻ったみたいで、おかしくなって、私もまた、笑った。

くすくす、くすくすといつまでも楽しそうに笑っている彼にさすがに恥ずかしくなって、もぅ、と声をあげながら1歩近寄ったその時。

「きゃ…」
「わ、」

どかした車イスにつまずいて、体勢を崩して。すぐに反転する視界の中、あぁ、カッコ悪いなぁ…なんて思いながら自分の身体が倒れた先はマオの上。
小さく驚いたマオの声も響いて、巻き込んだ事に気付いた時はもう遅くて。

「ん…!」

転んだ痛みよりも、唇に触れた柔らかさに声が漏れた。温かい、感触―――それは未だ私が経験したことのないもので。
いやな予感がして、反射的に閉じた目を開く、と…。

「きゃああああっ!!? ごっ、ごめんなさいっ!!」

慌てて飛びのいた時にはもう遅くて、私も、彼も、顔を真っ赤にして口元を押さえていた。

小説や漫画ではありがちだけれど、実際には滅多やたらにはないと言われているシーンの1つ。それをまさかの実行してしまった。しかも、故意的に、ではなくて事故で。
かあ、と頬が熱くなって彼を見ると、彼はその髪と同じ位顔を赤くしていた。

「マ、マオ…」
「ち、ちょっと待って…まだ、えっと、あ、あの…その…」

混乱しているのか、えっと、とあの、を繰り返して、女の子でもそんな反応をしないんじゃないかと思う位かわいらしい反応で、両手で真っ赤な頬を押さえて首をすくめている。
耳まで赤い彼が、潤んだ目線だけで私を見上げて来て。かちりと、視線が交わった。

きっと私も同じ位赤いのだろう。

お互いに真っ赤で、おかしくなって、2人とも同時に表情を崩して、笑い声をあげた。久しぶりに笑い合って、それが何だか嬉しくて、また笑った。

2人の笑い声は辺りに心地良く響き、生まれたての朝日が2人を明るく照らした。

「好きだヨ、アニー。―――あいしてる」
「えぇ…私も、ずっと好きでした。今も、昔も、ずっと……愛してる」

赤い顔を見合わせて微笑むと、今度は互いから唇を重ねた―――。



――― Dear Mao
   今も これからも ずっとずっと 愛しています
   たくさん たくさん ありがとう                ――― Annie
街は白い色に染め上げられる。
その中に建物から漏れる光と、飾られた電飾の光、更には降り止む事を知らないかのように、何日も振り続けている純白の雪が煌びやかに舞う。
人々は各々に楽しげな表情を浮かべ、自らの想い人と共にその聖夜を過ごす。
―――誓うは聖なる夜に…



               クリスマスプレゼント



寒いのは苦手だ、嫌いだと公言していた少年も、この状況に心踊らさずにはいられなかった。
色とりどりの美しい光が、暗くなりつつある雪の中に煌めく。
そんな中に聞こえてくるのは、人々の笑い声。
世界を救った英雄とは言えど、彼もまだ13歳の子供で、尚且つこの世界に創り出されてから1年程しか過ぎていないとすれば、ついついはしゃいでしまうのもよくわかる。
意味もなくはしゃいだ笑い声を上げて、その小さな掌で雪をすくい、宙へと散らす。
自ら散らしたそれと、未だ空より降り続くそれの白銀の輝きの中で少年はまた笑い、雪の上をくるくると舞った。
その姿はまるで、雪の中に咲く愛らしい花のよう。
赤い髪が白銀の中に散り、白い肌が白銀の中に際立つ。
(まるで、雪の中に迷い込んだ妖精みたいね)
そう思い、少年の姿をじっと見つめていた少女はくすりと笑った。
太陽のような笑顔の彼はその髪色のせいか夏のイメージがあり、冬の世界に迷い込んだ夏の妖精かしら、と想像して思わず口元が綻ぶ。
家々に飾られた色とりどりの電飾はスポットライトのように、少年―――マオが白銀に染まったステージで舞うのを美しく映し出していた―――。



店や家から聞こえてくる笑い声と、どこか懐かしい音楽に耳を澄ませた。
シャンシャンシャンシャン…白いひげに赤い服のクリスマスのヒーローが来るときに聞こえると言われている鈴の音に合わせて、唄声も流れている。
「ジングルベール ジングルベール 鈴がーなるー♪」
自分の聞き覚えのあるフレーズを指を振り振り口ずさみ、人々に目を当てる。
歳をとった人、大人、子供、男、女…そしてヒューマ、ガジュマを問わず、人々は互いに幸せそうに笑い合っている。
それも思念が消えたおかげなんだよネ、と納得してマオはまた唄い出す。
(幸せそうだよネ…)
思わずくす、と笑みが零れた。
少し前までは種族間の争いが絶えなくて、どの街もひどい事になっていたと言うのに、今ではみんなでこうして笑い合っていられる。
まだ、すべての争いが終わった訳ではない。
人々の心に降り積もった思念は、まだどこかに残っているだろう。
でも―――
(雪が溶けるみたいに、思念も溶けて消えちゃえばいいのに)
自分はまだ子供だからこんな事が言えてしまうのかもしれないが、大好きな一緒の世界に住むヒトとどうして争わなければいけないのか、マオにはよくわからなかった。
今日のこの街のようにみんなで仲良くしていたら、ずっとずっと幸せなのに。
ずっとずっと笑っていられるのに。
はぁ、とため息をつくと白い霧が一瞬生まれて再び空気に溶けた。
外気がかなり冷え込んでいる証拠だ。
忘れ去っていた肌を刺すような寒さを思い出してしまい、途端に体が震え始める。
いくらキレイだとは言え、この街がとんでもなく寒いのには変わりがない訳で。
炎の聖獣から創り出され、《炎のフォルス》を持つことが関係しているのか、寒さには弱く、寒いのは大嫌いだ。
さすがは北の街ノルゼン、冷え込みを感じてしまえば他とは比べ物いならない位寒い。
がたがたと震える自分の肩を抱くようにして、マオは宿へと方向を変えた。



しんしんと降り続く雪の中、パーティーの女性3人は、肩を並べて歩いていた。
会話はめっきり、社交上手のクレアが降っている。
「じゃあやっぱりヒルダさんは、ティトレイ君に?」
「そんな訳ないでしょう。何が悲しくてあんな奴に」
仏頂面で顔を背けて見せる彼女は耳まで赤い。
それとなく伝えてみると「寒さのせいよ!」ともっと顔を赤らめて叫んだために、道行く人々の視線が一瞬彼女に集中する。
「そんなことより、クレア? あんたはどうするのよ」
まだ赤い頬を隠すように、そして自分に不利なこの状況を変えるかのようにヒルダは自分に振られたものと全く同じ質問をクレアに投げる。
クレアは特に慌てる事もなく、考えを巡らせるように首を傾げ、笑った。
「そうね…やっぱり、今までみたいにヴェイグに、かしら?」
「今までもヴェイグさんに?」
「えぇ。毎年ヴェイグと、お父さんとお母さん、それにポプラおばさんにスティーブにモニカに…」
それから、と指折り数えだす彼女。
数えだすときりがない位、彼女の口から名前は上げられた。
「アニー、あんたは?」
「えっ?」
その時、ヒルダが突然話を振ってきた。
笑みを浮かべながら時折相槌を打つ程度にしか2人の話に参戦していなかったアニーは当然ながら答えなど用意していなかったので、すぐに答える事が出来ずそれが焦りに変わる。
「わ、私ですか? えっと…その…」
自分は誰だろう。
今までは父だったが、その父は他界して1年、その他に思い当る人なんていない。
―――いや、1人いた。
その顔は思い出して浮かんだものではなく、無意識のうちにずっと心の中にいたもので、その人の笑顔がアニーの脳裏にハッキリと思い浮かぶ。
そして次の瞬間―――…
ぽっと音を立てたかのように、アニーの顔は真っ赤に染まった。
「いるのね! アニーにも! 誰かしら? 私達の知ってる人?」
「え、えっと…あのぉ…」
「あら、私達に教えてくれたっていいじゃない。誰よ?」
自分が赤くなった途端に表情を輝かせて詰め寄ってくる2人に、アニーはますます赤くなって「えっと…」を繰り返す。
その間にも頭の中に浮かんだ彼の笑顔は消える所か逆に刻み込まれたかのように強く焼き付いていて、思考のほとんどを占めている。
暖かい彼の笑顔。絶える事無く向けられる声はまだ幼い。
「えっと、その…」
「ねぇねぇ! 何の話?」
ドキンっ―――大きく心臓が跳ね、アニーは思わず高い悲鳴を上げてしまう。
突然割って入ってきたその声に驚いたのは自分だけではない訳で、ヒルダもクレアも同様にして目を大きく見開いている。
その、3人の瞳の先にいた人物は―――
「え、ナニ? ボク何かしちゃった?」
3人の驚きの視線に驚き、その真紅の瞳を困惑の色に満たして首を傾げる、マオがいた。
さっきまで広場ではしゃぎまわっていたのに、急に現れるなんてずるい―――そんなある意味八つ当たりの理不尽なアニーの想いの込められた瞳で見据えられ、その瞳は挙動不審に揺れている。
「あら、マオ。突然声をかけてくるからびっくりしちゃったわ」
すぐに我に返ったのはクレアであった。
にこりといつも通りの優しい笑顔を浮かべて、彼の頭に積もった雪をなでるように払う。
目線をマオの高さに合わせてにこりと微笑みかけるクレアは、面倒見のいいお姉さんのようで、ありがと、と満面の笑みで返すマオも微笑ましい。
「それで、何の話してたの? おもしろい話?」
「大人の話よ。あんたにはまだ早いわ」
好奇心に輝く瞳に答えたのはヒルダ。彼女の返答がマオには面白くなかったようで、たった今浮かべた笑顔は、頬をぷくっと膨らませた幼い子供の表情に変わっていた。
「子供扱いしないでよネ! それにボク、アニーと2歳しか変わらないんですケド」
「アニーはあんたと違って精神的に大人だからいいのよ。もう少し大人になってから言いなさい。坊や」
むぅ、と返す言葉もなく唇を尖らせたマオのその仕草にもう1つヒルダから「子供ね」と言う言葉が向けられ、ますます膨れるマオ。
このままじゃまずい―――マオの不機嫌さから考えて、アニーが行動に出る。とりあえず場の空気を変えなければ。
「マオは何してたの? さっきまで広場で遊んでたじゃない」
「ん? あー、寒くなってきたから宿に変えろっカナーって思ってたらアニー達見つけて。なんか楽しそうな話してたから気になって追いかけて来たんだヨ」
えへへ、と再び少年は楽しそうに笑う。
冬の寒いこの空気の中で、彼だけがとても暖かく感じられて、しかしそれとは裏腹にマオの身体が小刻みに震えているのを見て、アニーは色々な意味でドキリとしてしまった。
「寒いって…何そのびしょびしょなの! マオったら、何してたの!?」
「え、ナニって雪遊び?」
「雪遊び? じゃないわよ! こんなので出歩いてたら風邪ひくわよ!?」
「だーいじょうぶだヨ! 子どもは風の子元気な子~ってネ!!」
ぐっと親指を勢いよくマオが立てた瞬間、冷たい北風が雪を伴って吹きつけてきた。
それに、大きく体を震わせて、マオがくしゃみを1つ。
「ほら! もう、宿に戻りましょう!」
「え、ちょっ…アニー??」
困惑したような声を出したマオは、そのままずるずるとアニーが引きずるようにして宿への道をたどる。
連れて行こうとして触れたマオの肌は、ビックリするくらい冷たかった。
「…ねぇ、ヒルダさん」
「何?」
「私、アニーちゃんの好きな子、わかっちゃいました」
「まぁ…あれだけわかりやすかったらねぇ…」
それでも、あの子は気づいていないんでしょうけど。未だアニーにずるずると引きずられるようにして歩いているマオをクレアと肩を並べて眺め、ヒルダはそっと溜息をついた。
「仕方ないわね。私達だけで行きましょうか」
「そうですね」
ヒルダとクレアはまたふわりと微笑みを浮かべあって、白く染められた街を肩を並べて歩き出した―――。



彼女達の目的は―――そう。
愛しい彼に贈るための“クリスマスプレゼント”だ。



少女は1人、雪の街を歩いていた。雪の白によく映える真紅の髪の少年は今はいない。
さくさくと1人分の足音が街の音の中に溶けるように響く。
「もぅ、マオったら…急に出てくるんだもの」
ぶつぶつと彼女には珍しく文句を言ってみるが、それに応える声はない。
この広く、にぎやかな街の中で、自分の周りだけが静寂に包まれてしまったかのような気分だった。
しかしこちらも、怖がりな彼女には珍しく全く眼中になかった。
(あの話―――聞かれてない、わよね…?)
少年が現れる直前までの会話。あの話を彼に聞かれていたとしたら―――
―――まずい。本当に、まずい。
まだ胸の内に秘めている想い。その想いの存在をほんの少し意識しただけでも、心臓は一際大きな鼓動を打ち鳴らしている。
自分が昔から憧れた、神聖で大切な想い―――。
いざ本当に自分が抱えてみると、切なくて、苦しくて、幸せな想い…。
彼の顔を思い出すだけで胸がきゅっと締め上げられるように切なくて、苦しくて。
彼の笑顔を思い出すだけで心があったかくなって、幸せな気持ちになる。
どんなに言葉を並べても、自分のこの気持ちだけは言い表せなかった。
こんな時、自分の思った事をそのまま伝える事が出来る彼がとてもとてもうらやましい。
彼に想いを伝える事が出来たらどんなにいいだろう。
手を繋ぐだけで、触れるだけで、想いを届ける事が出来ればどんなにいいだろう。
そうするだけでいいのなら、自分の気持ちなどとっくに彼に伝えられていたのに。
言葉にするか、手紙にするか…選択できる手段はたったの2つ。なのに、勇気が出なかった。
もし、これを伝える事で彼に嫌われてしまったら―――そう考えるだけで、切なさと苦しさは増していく。
どんなにユリスを倒した英雄の1人とは言えど、誰でも恋には臆病なのだ。
はぁ、と1つため息をつくと、目の前に白い霧が生まれる。
それを目にして、アニーは我に返った。
随分遠くまで歩いて来たらしい―――気がつくとすでに街外れの道の上に立っていた。
冷気にふるりと体を震わせ、街へ戻ろうと踵を返したその時、アニーの耳に聞き慣れた鈴の音が飛び込んで来て、アニーは再び振り返った―――。



あったかい…。
冷え切った体を風呂で温め、着替えた後に宿の一室でベッドの上でうつぶせに寝ころんで、マオは小さく声を漏らす。
ふわふわの羽毛布団の感触に、髪から香るシャンプーの匂い。
あまりに心地良いそれらの感覚に身を任せて目を閉じた。
脳裏に浮かんだのは昼間アニー達に声をかける直前の彼女達の会話。
―――アニーの、好きなヒト…。
誰なんだろう。何となく胸が痛んだ。
悔しいなぁ…ボクらしくもなくヤキモチやいてる。
この世界に創り出されて、いろんな偶然が重なって自分は、本来知るはずもなかった事を知った。
その中でも、彼女に対するコレは特別だった。
彼女を思うと、胸がきゅっと締め付けられるように切なくて、苦しくて。
彼女の笑顔を思うと、心があったかくなって、幸せな気持ちになる。
彼女にだけ感じた、不思議で、神聖な想い―――。
よくわからないけど、きっとコレが、この思いが、“恋”なんだと思う。
初めての恋に戸惑いながら、自分がどんどん彼女のコトを好きになって行くのがわかった。
伝えたい。届けたい。
伝わらない。届けられない。この想い―――。
どうすれば彼女に伝えられるだろう。どうすれば、届くだろう。
こんなにも彼女を思うのに、いざ彼女を前にすると上手く言葉が出て来ない。
伝えられないのに、そばにいたい。
ずっとずっと一緒にいたい―――そう伝えてしまうと彼女は困るんじゃないか。
そう思うと、どうしても一歩踏み出せなかった。
彼女を困らせるような真似はしたくない。でも、この想いを伝えたい。
こんなわがまま、許されるだろうか?
せめて、伝えるコトができれば―――



「…オ、マオ!」
「ん…ナニ、ヴェイグ…」
低い声で呼びかけながら体を揺すられて、目を覚ます。どうやらあのまま眠ってしまったらしく、目を開けると自分を覗き込んでいる薄蒼の瞳があった。
「ナニ、じゃない。そのまま寝て…風邪ひくぞ」
「んぅ…今起きる…」
まだ半分も動かない頭を起こし、こしこしと瞳をこする。
1時間ほど寝ていたらしい。窓の外は薄暗くなってきている。
ふぁ、と欠伸を漏らせば部屋の寒さに頭が覚醒し、体が震えた。
「寒くなかったのか」
「うー…寝てたらわかんなかったヨ。起こしてくれてありがとー…」
「いや…」
相変わらずの小さな声で応じた後に視線を投げると、彼は自分の顔ほどもある大きな袋を抱えていた。
「どうしたの? それ」
「…知らないのか」
ひどく抑揚のない声が、ほんの少し驚きを含めて返ってきた。
ヴェイグにしては珍しく目を見開いている。
「知らないヨ?」
「きょうは何の日だ?」
首を傾げた。全くヴェイグの言っている意味がわからない。
困惑顔のボクにヴェイグはそっとカレンダーを示して見せた。手袋を外した指先は 24 の文字を指している。
「12月24日…あ!!」
クリスマス・イヴ…!!
およそ無縁だった単語を思い出して、今度はボクが目を見開く番だった。
「クレアが、くれたんだ…」
「…ヴェイグも、あげたの?」
「あぁ…髪飾りを…」
「ゴメン! ちょっとボク、出かけてくる!!」
だっと走りだし、扉を雑に閉める。
あまりの荒々しさにクレアとヒルダが部屋から出て来て目を丸くしていたが、関係ない。
マオの心はひどく高ぶっていた。
コレだ…! コレしかない!
自分の抱えている彼女への想いを伝えるのは、コレしかない、そう思えた。
何がいいだろう。何なら彼女は喜んでくれる?
マオの笑顔は降りしきる雪の中で輝いていた。



「アニーっ!!」
高い声が響いた。
何が何かもわからずクレアとヒルダに外に連れ出され、更に置いてけぼりをくらった少女は、その声に反応して振り返った。
冷たい空気が肌を刺す―――と言うのに、駆け寄ってくる少年は、防寒具の1つもなく、いつもと少しも変わらない薄着だった。
「わっ!?」
ぼすっと鈍い音。それと共に少年の姿が視界から消えた。
雪に足を取られて転んだのだ。
「マオ!?」
慌てて駆け寄って手を差し出すと、えへへ、と恥ずかしそうに笑って暖かい手を重ねてきた。
雪にまみれて笑った彼の顔は赤い。それは寒さのせいか、恥じらいからか。
「もう、気をつけなきゃダメじゃないの! しかもまたこんな薄着で出て来て!!」
「えへへ…って、アニー?」
「もぅ、マオは仕方ないんだから…」
かさりかさり、自分が手に持っている袋の中を探る。
彼に渡そうと思って用意したもの。ふわりと彼の首元に巻くと、彼はすごくきょとんとした瞳を向けて来た。
「コレ…」
「風邪ひいちゃうわよ? マオ。…これ、あげるわ」
「ボク、に…?」
そう、とうなずいて見せても今だに信じられない、と言う顔をして、今私が首に巻いたマフラーに不思議そうに触れている。
彼と同じ色のマフラー。そいて、クリスマスの色だ。
「私から、マオに。クリスマスプレゼントよ」
はい、と袋を差し出すと、彼はまだ信じられない、と言いたそうな顔をしたまま受け取り、中身を探る。
―――街外れの、小さな小さなお店。
聴き慣れた音楽に自然と足が向き、思わず覗いた、1人のおじいさんがしていたお店。
そこでアニーがマオに選んだのは、赤いマフラーと手袋といった防寒具だった。
普段から薄着の彼が、この所寒そうにしていたのが妙に気になっていたのかもしれない。
とにかく、これしかない―――そう思えたものだった。
マオは喜んでくれるだろうか。まだ恋人とかそういう訳じゃないのにこんな物をプレゼントして、迷惑じゃないだろうか。
そんな事を悶々と考え込んでいたアニーに店のおじいさんはこう言った。
―――今日はクリスマス・イヴ。祈ればきっと、奇跡は起きますよ―――
何かを話した訳ではないのに、おじいさんは立った一言柔らかい笑顔を浮かべて、そう言った。
白いひげに覆われ、深いしわが刻みこまれたその笑顔に何故か懐かしさを覚え、そして同時に安心感を抱いた。
信じようと、思った。
(…サンタさん)
―――どうか、私の想いが彼に伝わりますように…



マオは不思議な想いで一杯だった。
―――アニーが? ボク、に?
この状況をどう捉えればいいのだろう。
―――少しでもボクのコトが好きってとっても、いいの…?
彼女が巻いてくれたマフラーにそっと触れる。握る。
柔らかくて、温かい。
自分の心にもそのぬくもりが、じんわりと広がって行くようだった。
ぐずぐず考えるのは、やめよう。
大切なのは―――自分の想い!
彼女へのプレゼントを買った、小さな小さな街外れのお店。
まだ子供で、突然思いついたボクにはあまり持ち合わせがなかったため悩んでいると、店主らしい白ひげのおじいさんが笑ってこう言った。
―――何を贈るか、と言うのは重要ではありません。大切なのは、それにどんな想いを込めるか、です。心からあなたの気持ちを贈れば、きっと相手の方も喜んでくれますよ―――
特に何か話した訳ではなかったのに、おじいさんはまるでボクの心を見透かしたかのように、そう言って、笑った。
(大切なのは、心…)
―――どうか、ボクの気持ちが彼女に伝わりますように…



「あ、あのネ…」
「ん…何…?」
どことなくぎこちない沈黙の後、マオが口を開いた。
お互いに吐く息が白い。暗闇に包まれた空には、小さな星がまるで散りばめられたかのように輝いている。
「コレ…」
どきり、とした。
やっぱり迷惑だっただろうか。うつむきがちなマオの表情が読み取れず、アニーは小さな焦りを抱いた。
しかし―――
「ありがとう」
マオは笑っていた。
とてもとても穏やかにそう言って笑って―――頬を赤く染めた。
「それと、ネ…」
次に差し出されたのは白い小さな長方形の箱。
キレイにラッピングされたそれは、さっき雪の中に転んだせいか、ほんの少し湿っていた。
「コレ…アニーに」
「え…? 私、に?」
うン、とうなずいたマオが差し出す白い箱をおずおずと受け取る。
受け取る時にほんの少し触れ合った手と手に、胸が大きく跳ね上がる。
うるさい位の心臓の音にどんどん顔が火照るのがわかる。
緊張に似た感覚にほんの少し指先を震わせながら、そっと箱を開けてみると中からは―――どこにでもあるような、普通の白色のペンが出てきた。
「これ…」
「ボクからもアニーに…クリスマスプレゼント。ナニをあげたらアニーが喜んでくれるかナって、頑張って、考えてみたんだケド…ナニがいいのかさっぱり分かんなくて、それで…アニー、日記書いてたみたいだから」
それにしたんだ、とはにかんだように笑う。
―――ずるいわ。そんな顔して笑うなんて。
マオの笑顔はとても柔らかくて、温かくて、優しい。
手の中の白色のペン。きっとすごくすごく考えて、悩んで、決めてくれたのだろう。
そんな気がした。
「ありがとう、マオ。…すごく、嬉しいわ」
「ホント?」
えぇ、とうなずいてみせるとマオはものすごく嬉しそうに笑って。
どきりと、した。
無邪気な笑顔は、誰にだって同じように向けられるもの―――なのに、自分にだけ見せて欲しいと願ってしまう。
クリスマス・イヴの奇跡…彼が自分にプレゼントをくれたと言う事がそうなのかもしれない。
嬉しい。すごく嬉しい。 …でも…。
「あのネ、アニー」
「? 何? マオ」
思考を遮ったのは彼で、真っ赤な顔をしてこちらを見上げている。
きゅっと握った私よりも小さな手…それが、私の背に回ったのは、ほんの一瞬だった。
抱きつかれた―――そう理解するにはしばらく時間が必要だった。
「マ…マオ…?」
「…好き」
「え?」
「大好きだヨ、アニー。世界で一番…キミのコトが好き」
ハッキリとささやかれた言葉は震えていて、甘く響いて、頭の中で木霊しながらぐるぐると全身を駆け巡る。
―――好き? 私が?
それはつまり―――告白?
「え…」
「誰よりもずっと、キミが好き。…ホントはずっとずっと前から伝えたかったケド、言えなかった。困らせちゃってたら、ごめんネ。でも―――」
言葉を切ってから、そっと彼は体を離す。
見上げてくる彼の真紅の瞳は、とても真っ直ぐだった。
「キミとずっとずっと一緒にいたいんだ―――」
精一杯の想いが込められた言葉だった。
真っ直ぐで、一生懸命なその言葉は、アニーがマオにずっと前から伝えたかった言葉と同じもので。
マオも同じように悩んでいた。ずっと、前から。
(マオにも…悩む事、あったんだ…)
くす、と声が漏れた。
1度声が出ると、おかしくて次々と笑い声がアニーの口から溢れだす。
「…アニー?」
「うふふ…ごめんなさい。マオと私、同じことで悩んでたんだなぁ、って思うとおかしくて…」
「同じコト…?」
首を傾げたマオに、ハッキリと首を縦に振って見せる。
アニーにはもう、迷いはなかった。
「私も好き。マオの事…ずっと前から」
「…え…」
「仲間として、じゃなくて異性として。あなたが好きなの、マオ」
「…うそ…じゃあ、ボク達…両想いだったって、コト…?」
抱きつくために浮かせた腰が、へたりと雪の中に落ちた。
呆然と座り込む彼の瞳には真っ直ぐ私だけが映されていて、それが何だかくすぐったくて。
相変わらず鼓動はうるさいままだったけれど、今はそれがとても心地良かった。
「なぁんだ…」
気が抜けたような笑い声が、彼から上がった。
くしゃくしゃの笑顔が、雪の中、月と星とイルミネーションの光に照らされて、柔らかく輝く。
「なぁんだ」
2人で顔を見合せて笑った。
同じことを思って悩んでいたなんて、そう思うとうじうじ悩んでいた自分達がバカらしくなってきて、思わず、笑った。



「あのネ、アニー」
「なぁに、マオ?」
ひとしきり笑って、すでに座り込んだ辺りの雪が人肌の温もりに溶けて衣服がびしょびしょになった頃、マオは柔らかい笑顔を崩すことなく、口を開いた。
首を傾げると、彼はそっと四つん這いになって近寄って来て、ちゅ、と頬に口づけた。
「マ、ママオ…!?」
「メリークリスマス、アニー」
焦る私とは裏腹に、マオはずっとずっと落ち着いていて、穏やかな笑顔は温かい。
それでいて白い頬は恥ずかしそうにピンク色に染まっていて、いつもよりも幼く見える。
大好きで、大切な彼。
アニーも同じく微笑んだ。
「メリークリスマス、マオ」
2人を祝福するかのように、白い雪は宙を舞い、2人の笑顔は無数の光に照らされて、輝いた―――。



シャンシャンシャンシャン…鈴の音を鳴らし、1年に1度の聖なる夜に彼はそりに乗り、夜空を駆ける。
彼が届けるプレゼントに子供達は心を躍らせ、人々は今年も彼が訪れるのを今か今かと待ちわびる。
彼が届けるのは、たくさんの幸福と、笑顔。
…そして、ほんの少しの奇跡―――
今宵少年と少女に届けられたクリスマスの奇跡。
願わくは、彼らと同じようにすべての人々に幸福を…



メリークリスマス! あなたにも“彼”が訪れますように

fin.