『判断力』『思考力』『表現力』T・Yさんのこと。・・・その2 | fadoおじさんのblog~明日の君に~

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 昨年の3月、頭を抱えながら一緒に取り組んでいた過去問の小論文で示した、TYさんの記述を紹介します。

 

 問題3 別紙1と2に示された二つの作品を比較し、類似点と相違点についてあなたの考えを述べなさい。(別紙1)エドワード・バーンズ=ジョーンズ《ヴィーナスの誕生》(別紙2)菱田春草《水鏡》         

                                         

 

  

  (別紙1)エドワード・バーンズ=ジョーンズ《ヴィーナスの誕生》 

 

    

   (別紙2)菱田春草《水鏡》                          

 

 類似点は、まず両者の作品からわかるように鏡がテーマとされているところだ。また、それはただの鏡ではなく水鏡で、どちらも水面に女性が写っている様子を鏡としている。両者の女性たちは水面を覗き込むように見つめ、自身の姿をじっくりと観察している。鏡というものがなかった時代は、このように水溜まりなどの水面を使って、自らの姿かたちを見ていたことが両者から読み取ることができる。そして、女性というのも共通して、男性よりも身なりを気にするという事から、鏡と女性を合わせて描かれることが多いのだろう。

 

 相違点は、まず構図に関して、ヴィーナスの鏡は女性が十人描かれていて、画面全体に配置されている。また一人だけドレスの色が淡い青で立ち上がっているのがヴィーナスだと想像することもできる。他の女性たちは皆かがみこんで水溜りに写る自分に夢中である。そしてこの作品には奥行きがあり、土の山のようなものが奥へと連なっている。それに対し、水鏡は女性が一人だけ中央に描かれていて、高価な服装から、高貴な身分の人物だと伺われる。また、女性の握っている花の木の葉も妙に大きく描かれていて、この木が女性より近景であるように見えてしまう。そしてこの両者の描かれている場面は、前者は木々が枯れ、地も荒れ果てた荒野であり、後者は背景が描かれていないが、緑の自然があることからきっと湖か池である。色彩についての違いは、前者は濃くはっきりしていて、色の明暗も表現されている。写実的にヴィーナスという神話を描いているのだ。それに対して後者は、色彩が薄く明暗も感じられない。それがこの作品にどこか神秘的な印象を与えている。これらのことから、構図、女性の人数、場所、色彩表現に相違がある。

 

 このような類似点、相違点を含めて作者が伝えたかったこととは何なのだろうか。ヴィーナスの鏡の作者エドワード・バーン=ジョーンズは、鏡そのものである水面に写る女性たちを不自然なまでに鮮明に描いており、まるでもう一つの世界があるようだ。その世界は現実ではない偽りの世界である。ヴィーナスと鏡という作品名なのに、そのヴィーナスが鏡に写し出されていないのは、ヴィーナスは嘘偽りのない真実の美しさを持った女性だという事を作者は伝えたかったのではないだろうか。

 

 そして、菱田春草が描いた水鏡の女性は、こちらも体全体が水面に写し出されていない。しかもその水は濁っていて汚く見える。ここに菱田は、女性が真の清らかな心を持った人物だという事を描いているのではないだろうか。濁った水が俗世間を表現しているのならば、この女性がいる世界は仏教だといえる。この女性はきっと菩薩なのだろう。

 両者の構図や色彩には違いが多いが、女性の真の美しさ、清らかさを表現していることは共通している。(2017年3月○日 T・Yさんの過去問の小論文の記述)

 

 上の「小論文」は、全く美術に造詣(ぞうけい)の深くない(素人)T・Yさんと私が、共通の目的に向かって、2枚の作品から3週間という短い期間で造り上げたものです。不備は多々あり、まだまだ完成の余地は残されていますが、この「小論文」を書き上げるため、お互いに充実した期間を過ごすことができました。その結果として「判断力」「思考力」「表現力」を深めたことは事実であると思います。そう考えると、「指導者」と「被指導者」の間に存在するのは「信頼関係の構築」が全てであると私は思うのです。

 

 

blueさんのために。「凡庸(ぼんよう)」作詞・作曲 松山千春 歌 松山千春(北海道のスーパースター)

 You Tube https://www.youtube.com/watch?v=NV4KcpAreu0

 

 何もできないと 思い悩むよりは

 せめて 悔いのない 時を送ろう

 こんなはずじゃない 誰をせめてみても

 すべて大切なのは 私の人生

 いつも歩いた 私なりの日々よ

 

 言葉にするほど 幸せでなく

 涙にするほど 不幸でもなく

 

 人は同じだけ 風を感じてる

 同じ日差しを受け 雨にうたれる

 老いてゆくことも 愛を語ることも

 人は同じだけ 夢を求める

 いつも歩いた 私なりの日々よ

 

 言葉にするほど 幸せでなく

 涙にするほど 不幸でもなく

 

 言葉にするほど 幸せでなく

 涙にするほど 不幸でもなく

 

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