私はかつて町内会の会長をしていました。連合会の会議に出席したら、私は (恐らく) 若い方から2番目で他の方は殆ど高齢者でした。町内会の業務が多すぎて「役員のなり手がいない」という問題がいつも課題にあがっていました。
実際には、単体の町内会の業務はそんなに多くなくて、体感的に8割くらいの業務が連合会から降りてきたものでした。
「この業務量を何とかしないと、存続できないな」と直感しました。
この状況が、日本棋院の状況と少々似ている気がします。
私の主観ですが、町内会の業務は8割削減しても存続が厳しいです。
私の主観ですが、日本棋院のプロ棋士を8割削減しても存続が厳しいように見えます。
削減・縮減って、実現は難しいものです。これは体験した人でないと分からないと思います。
私の2代後の町内会長さんが意気込んで町内会業務の削減案を提示してきたことがあります。でも、「あの業務も必要」「この業務も必要」という思考に囚われて、あまり削減できていない案でした。これも私の主観ですが、業務量の2割も削減できていない案でした。
町内会ってのは「〇〇をしなければならない」という使命から出発したら失敗します。人口増加期ならそれでもうまくいきますが、人口減少期ならほぼ必ず失敗します。
町内会の基本は「私は〇〇ならやってもいい」を積み上げることです。町内会員の「私は〇〇ならやってもいい」の総量が、その町内会の最大限の活動可能量です。そこを見失って「〇〇をしなければならない」を積み上げるとうまくいきません。
日本棋院も同じだと思います。「世界戦で勝つ」とか「囲碁を普及させる」とか、そういう使命から出発すると恐らく失敗すると思います。社会的な囲碁人気の量があって、そこから会費収入・免状収入・(sponsors を経由する) sponsor 収入などの総量が決まります。その量を超えて活動を行おうとすると、財産を食いつぶしていくか、プロ棋士や職員 (や囲碁愛好家) のやりがいを搾取していくか、何らかの歪な方法をとる必要があります。
私が所属する支部は、支部会員であるための義務は殆どありません。年会費を払うこと、「次年度も支部会員を継続します」と意思表明すること、くらいだと思います。
支部役員も基本的に義務はありません。都合が悪かったら1年間で1度も支部例会に参加しなくても問題ないです。「運営できる人が集まったら例会を開こう」という感じなので、集まらなければ例会を休会にするだけです。
義務感が一切ない支部運営がだいたいできている気がします。