先日実施された小学生名人戦県予選で、支部の子ども達が良い成績をあげてくれました。

中でも最も感慨深かったのが、午後へ勝ち進んだ支部会員の1人です。

私の支部の例会は2つの階級に分けることが多く (参加者数に応じて3階級だったり1階級だったりします)、その子も下の階級が長かったのですが、去年くらいから上の階級に参加するようになりました。


正確なところは記録を調べないと分かりませんが、6年くらい連続して県代表は私の支部から出ていて、今回の県内4強のうち3人は私の支部でした。

子どもの成長力は本当にすごいと思います。

今回は拾い物ばかりです。

1つ目。できれば link 先の画像も見ていただきたいです。

素人に優しくない専門家やガチ勢いると、
「ああ、この業界も初心者抜けそうだな。」

ってときに、いつも定期的に出す画像。
専門家、ガチ勢ってよりは
「ただの老害」になり下がってないかい?

この後の拾い物も全て1つ目の関連です。2つ目

スト6に代表される格ゲーは、プロが異様なほどに新規に親切で。 しかもその意識が多分ゲーマー全体に共有されてて、あるVtuverが「なんでこんなにトップが親切なんです?」って聞いたら、プロが「新規を雑に扱ったせいで一度滅びかけたから」って返しててさもありなん

3つ目。麻雀界の話。

Mリーグはじめ、麻雀業界も多分同じぐらいの意識が超トッププロにあるかなー。これは滅びかけたというか、何十年やっても全く見向きもしてもらえなかったところがあるからだけど。

4つ目。将棋の例会・大会も、参加者が固定してきたらかなりマズイです。

あるプロが「僕らは、住んでたゲームが滅ぶのを何度もみてきたからね……」ってしみじみいってて悲しかった

「ある日気づくんですよ。あれ?なんか……同じ人としか対戦してないなって。そうなったら、もう終わりです。そのうち消える」というね

5つ目。将棋界も「それでも這い上がる人」しか残っていないのかも知れません。

この文章見るまでは、「格ゲー界隈は今でも新規には厳しくてそれでも這い上がる人が今でもやっているんやろな」くらいの認識だった

6つ目。この指摘が妥当かどうか分かりませんが、初心者・入門者が楽しめる場がないと普及が困難であることは事実だと思います。将棋ウォーズは6級より下の層が薄いと感じます。

これ将棋だろ

ウォーズとか低級なのに定石覚えまくってるやつ多すぎて本当の初心者はやる気無くして辞めてく

「今のままでは組織運営が辛い」という状態になった時に、人員を増やす方向を中心に考える人と、業務負担を減らす方向を中心に考える人がいるように思います。私は後者です。

この方針の違いって、訣別するほど重要なわけじゃないのですが、でもそこそこ大切な気がします。

私の理想は、40人くらいまでの規模の将棋大会を運営員2人だけで回せるようになることです (ここでは、大会に参加せずに専ら運営だけを担当する人を「運営員」と呼んでいます)。例会の場合は何人規模であっても運営員0人で回せるようになることです。

多分、将棋大会や例会の業務内容を見直していけば実現できるだろう、と考えています。

あ、でも、子ども大会の場合は場の空気を制御する量的な支配感みたいなものがあって、2人だと20人~30人くらいが限界な気がします。運営員2人 + (将棋を指せなくてもよい)協力保護者数人、なら40人か50人くらいいけるかも知れません。すぐに騒ぎ出す子が何人いるか、にかなり左右されます。


私は保護者の立場から将棋界に関わり始めたものですから、保護者の立場はよく分かります。保護者から見て、運営員が何をやっているのか、どういう業務があるのか、本当に得体が知れないのです。

で、得体が知れない業務は引き受けたくない、というのが一般的な感覚だと思います。

正直に言いまして、将棋界は得体が知れない業務の比率が少なくないように感じます。

TV などで見た印象なのか、数少ない私の訪問経験からなのか、どちらなのか思い出せないのですが、「老人ホーム」「デイサービス」では童謡が流されている印象を持っています。

調べてみたら、やはりそういうところが少なくないようです。

私が最初に勤めた高齢者施設の話しなので20年前のことです。
施設の日常生活では、各個人の居室でなく共有のリビングルームでくつろいで過ごされる方が多かったです。
そこではスタッフが気を利かせて、CDラジカセで音楽を流してくれるのですが、ほとんどが童謡といったものでした。

正直、私には幼稚園、小学生でもあるまいしこれはないな、と思えました。

で、「多くの人は高齢者になったら音楽の好みの上位に童謡が入ってくるのか」なんて早合点してました。つまり、音楽の好みは年齢に左右される、と思っていたのです。

しかし、よく考えてみると、自分が高齢者になった時に童謡が聞きたくなるなんて状況は全く想像できません。同じように考える人はいるようです (1) (2)

数年前くらいだったか、高齢者になると童謡を好きになるわけではなく、若いころの音楽環境が童謡中心であった世代があるだけだ、ということを知りました。最近の記事だと「老人施設で歌う曲が童謡や文部省唱歌からフォークソングに…施設離れの「シン70代」に怯える介護業界の声」なんてのもあります。

つまり、年齢が音楽の好みを左右する (高齢者になると大部分の人が童謡を好きになる) のではなく、世代 (育った年代) によって音楽の好みが決まっている、ということです。


現在の将棋の例会・大会の参加者の中で高齢者比率は高いと思います。その比率を見て「ああ、多くの人は高齢者になった後の所属 community として将棋などを選ぶようになるのだなあ」と思ったら間違いです。正しくは「今多く参加している世代の方々は将棋などを主たる娯楽として育ったのだなあ」です。

言い換えると、「今の勤労世代の例会・大会参加者が少なくても、高齢者になったら将棋をやる人が一気に増えるだろう」などと期待してはいけない、ということでもあります。定年退職して自由時間が増えて将棋をやるようになる人も少しはいるかも知れませんが、主に年齢ではなく世代が趣味を左右するのです。


30代の頃は、年齢と世代の違いなんて全く分かっていませんでした。自分の父母・自分の祖父母を見て「私もこの年齢になったらこういう趣味になるのかなあ」みたいな漠然とした感覚を持っていました。


まあ、自分より上の世代を見ている間はまだいいのです。例えば「フォークソング」が流行した記憶は私にはないので、私が物心つく前の古い時代の音楽だと認識しています。老人施設で「フォークソング」が導入されても、そういう世代の方々が入所しているのだと理解しています。

自分より下の世代を見ると怖くなります。TV 番組は若い人に焦点を当てない傾向が強くなってきていて、特に音楽番組では私や妻の世代を狙った選曲も結構多いです。そういう番組を見ながら息子に「こういう曲って『古い』って感じる?」と質問したら、迷いなく「うん」と返事されました。

我々も、自分の世代の特性にある程度束縛されているのです。

私の世代は、電子遊戯が充分に普及していない世代です (「ゲームウォッチ」は結構広まりました)。だから、将棋も一応それなりに普及していた娯楽の一種でした。私の世代の感覚で「私より若い世代でも、ほっといても将棋は同じくらい普及するだろう」なんて考えていたら、将棋はあっという間に衰退すると思います。

将棋界から見ると、電子遊戯が充分に普及していなかった頃は bonus time です (bonus 世代と言ってもいいかも知れません)。8歳くらいの頃に将棋を経験した世代は (私の世代や私の少し下の世代くらいまで)、大人になっても将棋を娯楽の1つに位置付けます。

しかし、電子遊戯がそこそこ普及した頃に8歳だった世代あたりから、個人個人の娯楽における将棋の位置づけは変わっているはずです。

私の少し下の世代が高齢者になって将棋を指す頃までが将棋界の bonus time の余韻です。そこから先の未来は、子供の頃から電子遊戯が普通に存在した世代ばかりの時代になります。

勝手な予測ですが、余韻は残り20年~25年くらいな気がします (完全に余韻がなくなるまでの残り期間ではなく、余韻がかなり小さくなるまでの残り期間です)。それまでに永続的な普及を実現しておかないと、将棋界は一気に苦しくなるでしょう。

羽生善治級、藤井聡太級の社会的衝撃を生み出せる頻度は、これも勝手な予測ですが、20年間~30年間に1度くらいな気がします。

前回、文集作成の話を書いたので、ついでに自費出版の費用をちょっと調べてみて、興味深い金額を見つけました。シルバー人材センターの自費出版受付、A5 100頁 30部の例だそうです。


原稿パソコン入力(A5サイズ 1ページ 40字×19行=760字)

入力手数料 100ページ分 40,000円
校正手数料 100ページ分 10,000円
編集割り付け手数料 100ページ分 5,000円
プリント手数料 100ページ分 2,500円
表紙作成手数料 30部 15,000円
合計   75,000円

安い業者の価格と比べたりすることはせず、純粋に (シルバー人材センターの) 作業報酬として考えると妥当な金額な気がします。

何が言いたいかというと、作業には相応の価格というものがあるという話です。(報酬を要するか、無償で作業するか、は別の話です。)

また、作業には責任が発生します。入力担当者が誤入力をした場合 (手書き原稿と入力後原稿に相違があった場合)、修正は入力担当者の責任になります。言い換えると、最初から data 入稿だったら誤入力は執筆者の責任になるけど、手書き原稿の入力作業を請け負った場合の誤入力は入力作業者の責任になる、ということです。(通常、その責任も込みで価格が設定されます。)


で、町内会関係の方 (私の経験だと連合町内会の方) には、上記のような感覚がなく「関係者は無償で労力を提供するものだ (義務だ)」という感覚をお持ちの方が多いように思います。

私が町内会長をやっていた時、連合町内会から「○○という行事へ○○人動員しろ」みたいな話が時々降りてきました。私は KPI (重要業績評価指標) を知りたくて「何のために (何を達成するために) ○○をするのですか?」と質問したら「そういう発言をしてはいけない」と叱られました。

私の町内会は、(多分) 周辺の町内会よりは省力化が少し進んでいて、役員会の開催は2ヶ月に1回でした。正確には覚えていませんが、その行事まで役員会の開催予定はなかったと思います。しかし連合町内会はそういうことお構いなしに仕事ばかり降ろしてくるのです。

(連合町内会がそういうやり方をしているからこそ、各町内会の役員の成り手がどんどん減っていっているのでしょう。)


将棋界では幸いないことにそういう人 (作業には相応の価格がある、という感覚を持ち合わせていない人) に会ったことはありません。ただ、将棋大会や例会に労力をかけすぎな気はします。

全国各地の将棋関係者に質問してみたいことがあります。「その将棋大会や例会、15年後も同じ規模で開催できますか?」と。

正直に書きます。私見ですが、多くの将棋大会は省力化が不充分で労力をかけすぎです。まあでも、15年後も同じ規模で開催できそうなくらい将棋が盛んであれば私が口を挟むことではないです。

しかし実際には、後継者がいないというぼやきを見たりしています。とある地方都市 (人口5桁) の将棋大会に息子を連れていったことがあるのですが、「この労力規模だとこの将棋大会を15年後も開くことは無理だろうなあ」と感じました。で、その大会を仕切っている方が、後継者がいないとぼやいているのです。

作業は、金銭に換算できることが多いです。過剰に手間をかけている将棋大会は、「もし将棋関係者以外に同じ規模で大会運営を任せたら何円かかるのか」を考えてみてほしいです。その金額に相当する労力を将棋関係者が無償または激安で提供することで何とか成り立っているのではないか、と考えてみてほしいです。


過剰な負担は、一時的には根性で何とかできるかも知れませんが、精神を摩耗させていきます。私の感覚ですが、根性で何とかなる期間は最長で2年間です。その間に精神をどんどん摩耗させていき、ある時突然「もう将棋とは一切かかわりません」と宣言して将棋界を離れていくことになります。

多分実現できないけど思い付き。

  1. VPS に Apache を立て、Let's Encrypt で HTTPS 化。
  2. Apache を reverse proxy にして Gogs を立てる。
  3. 将棋の半生記を書いてくれる県内関係者へ Gogs  accounts をバシバシ発行。
  4. 上記人数分だけ private repository "shogi" を作成、その中に life.md という file を作成、その URL を上記関係者へ個別に連絡。(受け取った人は、その URL を開けばいつでも markdown 形式で半生記が書ける。)
  5. 私の repository として "pref_history" を作成。
  6. 各関係者の半生記を sub modules として "pref_history" へバシバシ登録。
  7. "pref_history" で各関係者の半生記を自動的に集め、Vivliostyle か Re:VIEW で自動的に epub や PDF に変換。
  8. 締め切り日を過ぎたら、その時点での原稿を epub や PDF として県内関係者に配布。締め切り日までに入稿がない方は自動的に不参加扱い。(督促はしない。また、罰則もない。)
  9. 同時に、製本された紙の半生記が欲しい方のために、(1冊から製本を発注できる) 製本直送を利用する方法を案内。発注の手間も費用も製本したい人の個人負担。(電子資料のままでいい、という人は費用は発生しない。)

以上を package として各県連をお誘いするのはどうでしょうか。(多分実現できませんが…)

  • 県の将棋関係者の半生記集を作りませんか?
  • 執筆者は携帯電話または PC さえあればいつでもどこでも執筆できます。
  • 製本しなければ費用はかかりません。
  • 「登録締切」までに全登録希望者の氏名 (可能であれば e-mail addres も) と県連の編集担当者をお知らせ下さい。
  • 「登録締切」を過ぎたら、各登録希望者の ID, password, URL を県連の編集担当者へ送りますので、編集担当者から登録希望者へお知らせ下さい。なお、e-mail address も登録した方へはこちらから直接送信します。
  • 県連の編集担当者は、県内の全登録希望者の原稿の編集権限も持つことになります。
  • 原稿は plain text ベタ打ちで構いません (markdown 形式として扱われます)。空行を挟むと、そこが段落の区切りになります。
  • markdown 形式を知っている方は、見出しなどをつけることができます。
  • 棋譜を掲載したい場合、Kifu for Windows の「編集」→「局面のコピー」→「SFEN 形式局面」として本文に埋め込んで下さい。
  • 校正は各自の責任で「原稿締切」までに終えて下さい。「原稿締切」を過ぎた後の校正は一切受け付けません。
  • 「原稿締切」を過ぎたら、その時点の原稿をとりまとめて epub file, PDF file を作ります。
  • 電子版で良い人は epub file や PDF file をそのまま読むことができます。
  • 製本された紙書籍が良い人は各自で製本会社へ発注して下さい。その際の費用も個人負担です。
  • 県連で「携帯電話や PC を操作できない人、手書きの原稿を提出したい人」も受け付けたい場合は、県連の責任で入力して下さい。

時間をかければ system はできそうな気がするんですけどね。思いついても、実装する時間がありません。

アマ連の野山理事長の blog に会場規模の話が書いてありました。

本日は朝日アマ大阪府大会。3年前から関西ブロックは各県ごとに選抜者を決め、ブロック大会に20名集まって代表5名を決めるという方式にしている。

理由は大きく二つあり、一つは現実的に関西一円200名参加見込みの大会を安価で借りる会場が見当たらないこと、もう一つは朝日新聞社の意向でなるべく県大会に近づけたいという期待に応えるということ。

大会規模については私も普段から漠然と考えていたので、200名見込みの大会を開ける会場は安価に借りることが難しいという点、頷けます。(私の市で考えると、25名規模なら公民館の部屋を借りることが容易で、100名規模だとそこそこ大変です。複数の部屋に跨って開催してよいなら公民館の部屋を借りる難易度は下がりますが、その代わり運営人員の確保が大変です。)

大会規模とその準備・運営の大変さは恐らく比例せず、(大雑把な感覚ですが) 大会規模が2倍になれば準備・運営の大変さは3倍以上になる気がします。

会場だけではなく盤・駒も同様で、例えば20組の盤・駒を所有している支部なら40人を超える将棋大会を開こうとすると急に困難になるはずです。数組程度なら支部会員の個人所有の盤・駒を借りるくらいで済みますが、200人規模の大会を開こうとしたらあと80組の盤・駒が必要になり、調達が困難になります。

息子を色々な将棋大会に連れて行って感じたことですが、大切なことは棋力が近い参加者が多いこと (棋力分布密度が高いこと) であって、将棋大会自体が大規模であるかどうかは満足度に殆ど影響しません。却って、受付も便所も昼食場所も混雑するので、満足度が下がる面もあります。

運営側からすれば (階級別に大会を数日間開催するのと比較して) 有名なプロ棋士を呼ぶ日数が減ったりするので良い点もあるかも知れませんが、参加者側としてはあまり嬉しいことはありません。

「世界コンピュータ将棋選手権の順位決定方式」という文章を読んでいたら「ソルコフ」という名が出てきまして、今までに何度も聞いたことがある名なので調べてみました。

語尾の語感から「スラブ系の人名かな」と予想していたのですが、違いました。英語版 Wikipedia に出てくる Ephraim Solkoff という方のようです。(スラブ系なら語尾が -ov になります。)