『伍と碁』という囲碁漫画、読み進めてみると結構面白いです。

実を言うと、私、かなり前に第1話だけ読んでまして、その際には嫌悪感がありました。具体的には以下のコマです。

「自分に野球の才能がないって思う」状況になるためには、それだけ他の野球教室と交流しない状態 (情報が断絶されている状態) でなければありません。現代社会では (そして未来永劫に) そんなことは不可能なので、これはつまり他の野球教室がほぼ存在しない状況を意味します。

また、他に野球教室がほぼ存在しなければ、「日本トップクラスの才能を持つ野球少年」を1つの教室に集めることもかなり容易になります。

つまり、上記のコマを読んだら「それほどまでに囲碁界が衰退した未来の物語なのか」と解釈するのが自然だと思います。日本の囲碁人口が50人くらいになって、囲碁を打つ人はこの将棋教室の周辺以外にほぼいない、くらいの状況になれば、教室外で囲碁大会が開かれることもなく、その少年は自分の才能の大小が把握できなくなるでしょう。

業界の栄枯をちゃんと感じ取れる人なら、上記のコマを読んだだけでそういうことが分かると思います。逆に「うわあ、すごい囲碁教室なんだね」という感想を持つ人は、娯楽人口の量的把握に努める方がよいのではないかと思います。


先日、私が所属する支部の子ども中心の時間帯に「ここに来ている子はみんな成長しているなあ」と感じることがありました。この感想が悪い兆候である、ってことは分かりますか?

望ましい状態は「毎回新規の子が参入してきて、入門者向けの指導がいつまでもなくならないなあ」です。本当に基礎的な、「そこの歩を進めても取られ損だよ」みたいなところに時間がかかっている状態こそ、将棋界が発展している状態です。

「ここに来ている子はみんな成長しているなあ」という感想は、新規の子が参入してきていない場合にだけ得られる感想です。


一応書いておきますが、『伍と碁』がダメダメなのはこの第1話だけで、第2話からは面白いと思います。

私が知る範囲での評価となりますが、『伍と碁』の面白さはあらゆる漫画の中で上位2割に入る気がします。

今回は否定的な話ですみません。私は「選手ファースト」という言葉が好きではありません。

というか、この言葉を使う人の多くは「ファースト」の意味を分かっていないんじゃないですかね。


first ってのは「第1」という意味です。なので、第2 (とか第3) があることが前提であり、それらよりも選手が必ず優先となる (prior) ことになります。

先に書いておきますが、「選手センタード (セントリック)」とはかなり異なります。


以下のような状況で「選手ファースト」だとどういう結論になるべきか、考えてみて下さい。

  • ある対局で、「待った」の有無で紛糾し、審判が「待ったがあったと認定し、選手 X は負け」と裁定しました。選手 X は審判の裁定にも異議を唱えました。「選手ファースト」の場合、選手 X と審判のどちらが優先されますか?
  • 冬季の将棋大会の会場で暖房の一部が故障し、対局できないほどではないですが室温が0.5度下がってしまいました。そこで選手 X は「運営は気温を保つ義務がある、taxi でも何でも乗って今すぐ追加の暖房器具を買って来い、もちろんその費用は運営員が出すべきだ」と主張しました。ただでさえ「本当は将棋大会に参加したいのにそれを我慢して大会運営をしている」運営員は、そのような追加負担は嫌です。「選手ファースト」の場合、選手 X と運営員のどちらが優先されますか?

再度書きます。「選手センタード (セントリック)」(なるべく選手の意向に配慮する) のではなくて「選手ファースト」(選手の主張・利益が必ず優先される) です。


恐らくこの語の起源は「America First」でしょう。政策決定における USA とそれ以外の国や組織との順序付けについていつも USA を優先する、という考えです。

あまり政治の話はしたくないですが、行政の対象者として「〇民」と「〇民以外」という線引きができるなら「〇民ファースト」という概念は定義できます。行政の対象者として「〇人」と「〇人以外」という線引きができるなら「〇人ファースト」という概念は定義できます。いずれも「行政の対象者」という同じ階層に2つ以上の集団が存在するからです。(念のため書きますが、私がこれらの政治的主張に賛同するかどうかは別の話です。)

子どもの運動競技などなら、(「大会の対象者」という階層には選手という集団しかありませんが) 「選手ファースト」という過激な主張もまあ分からなくはないです (賛同はしません)。子どもの大会は、運営者や指導者との間に権力勾配があるから、その権力勾配をなるべく小さくしたいという動機は分かります。

しかし、将棋大会の多くは一部の将棋愛好家が大会参加を我慢して運営に回ることで大会がやっと成立しているんじゃないですかね (私は「指す将」じゃないので該当しませんが、大会運営者の大部分は基本的に「指す将」です)。つまり、最初から「対局したい、という要望を満たすことができる選手」「対局することすら許されず選手の下働きをさせられる運営員」という構造です。

そのような状況なのに、ただでさえ負担が大きい運営員に更に負担をかぶせて選手のわがままを通すことになる「選手ファースト」という言葉は、早くなくなってほしいです。はっきり書きますが、「選手ファースト」などという言葉を使ったら運営員を委縮させるだけですよ。そのうち将棋大会の運営なんてやってくれる人は激減していくでしょう。


書くまでもないことですが、「全ての参加選手は公平に扱われるべき」のような当然の話は「選手ファースト」とは無関係な話です。選手以外の誰かを「セカンド」「サード」に置くことでやっと実現できる、というものではなくて、公平に扱われる範囲が選手集団そのものなのですから、「選手」「選手以外」の間に優先順位自体が発生しません。

最後にもう1度書きます。player-first と player-centric は違う概念ですから、first かどうかが無関係な概念に「ファースト」などという名称をつけないでください。「選手ファースト」は、運営員の負担などを一切無視して選手のわがままを押し付ける言葉です。

杉本八段による「プロ棋士嫌い」という記事があります。

うーん、私の用語使い分けとは違うようです。

「私が正しい」とは言いませんが、私は以下のように使っています。

棋士: 肩書として「棋士」「〇〇棋士」である人。女流棋士や指導棋士を含む。

専門棋士: (将棋の場合) 日本将棋連盟の基本的な段級位において四段以上である人。(女性棋士以外の) 女流棋士や指導棋士は含まない。引退者は含む。

プロ棋士: 対局料収入を主たる収入源として、一般的な勤労者以上の金額を稼いでいる人 (及び稼いでいた人)。将棋の場合、全ての専門棋士、一部の女流棋士を含む。囲碁については実態は分からないが、多くの囲碁棋士は私の目から見てプロ棋士ではない可能性がある。


名前空間の話になりますが、「女流」とか「指導」とかの接頭辞は基本的に限定用法であるべきで、そうでなければ naming sense が悪いように感じます。

田丸九段が表題の記事を書いて下さっています。

興味がありましたらどうぞ。

この記事の中で、別の方の記事「囲碁棋士の知られざる収入事情」というものが紹介されています。以下、引用します。

この対局料とタイトル料だけで生活できるプロ棋士は40~50人程度とほんのひと握り。棋士全体からいえば1割ほどだ。

この言葉が本当かどうか確かめられないのですが、もしこれが本当なら、日本棋院所属の棋士の中で私が「プロ棋士」と認める人は40~50人程度となります。

ちゃんと探すのが面倒なので、Wikipedia で日本棋院新規棋士の氏名を見ていました。

「女流推薦」採用が多かった2019年度~2021年度に「女流推薦」採用された新規棋士のその後の実績を見てみることで、「女流推薦」採用増の成果の大小を判断したいと思います。なお、「勝数」「負数」は2025年7月13日朝時点の日本棋院 web 情報です。

氏名 現段位 2025
勝数
2025
負数
通算
勝数
通算
負数
最後に勝った
相手
相手の
通算
勝数
相手の
通算
負数
辻 華 三段 10 10 116 110 徐 文燕 二段 75 71
五藤 眞奈 初段 3 8 49 102 平野 則一 五段 230 381
森 智咲 二段 8 10 86 101 張 心澄 二段 45 86
大森 らん 二段 12 12 94 109 田村 千明 三段    
高雄 茉莉 二段 19 10 120 111 高林 正宏 七段 429 476
羽根 彩夏 二段 11 12 110 112 宮川 史彦 八段 494 427
大須賀 聖良 追贈三段 2 7 60 95 王 唯任 五段 171 288
横田 日菜乃 二段 5 14 83 93 茂呂 有紗 三段 138 133
塚田 千春 二段 5 9 58 84 種村 小百合 三段 162 281
本田 真理子 初段 0 3 42 76 櫻本 絢子 初段 37 59
鈴川 七海 初段 3 12 33 79 安田 明夏 初段 14 69
安田 明夏 初段 2 8 14 69 佐野 貴詔 八段 318 376

通算勝ち越し棋士は12名中2名です。これを「少ない」と評価するか「充分」と評価するかは人によって異なるかと思います。

また女性の場合は男性よりも普及に影響が大きいことも多く (安田初段は NHK に通年出演していました)、対局実績だけで効果を計ることはあまりよくない気がします。

表題の通りです。なんかすごい日本棋院批判が呟かれていました。

全面的に賛同できる内容ではなく、どうも感情的な印象もあるのですが、それでも色々考えさせられます。

そしてさらに過激な批判もありました。

日本棋院が公表している棒グラフだと黒字か赤字かがわかりづらいので、折れ線グラフをつけてみました。
〔中略〕
それが…、2018年を境に財政が急激に悪化しています。

この「折れ線グラフ」は少々分かりにくいのですが、まあ、言いたいことは分かります (全部に賛同できるわけではありません)。

もしかして、日本棋院の解散を待って新団体を作る方がいいのですかね。または関西棋院に一本化とか。

私は囲碁を打たないのに身勝手なことを言いますが、伝統文化として囲碁は残ってほしいです。

日本棋院が存続できるプロ棋士数ってどれくらいなんでしょうね。

勝手な推測ですが、現在の囲碁のプロ棋士の9割が引退すれば、日本棋院は存続できると思います。8割だと存続は厳しいと思います。

プロ棋士の採用数だって、異常なくらい大量に採用しているように見えます。なので、ほんの僅かですが採用数を減らした点については英断だったと私は考えています。どうせ新規採用枠はもっともっと減らさなければならないので、とにかく今はちょっとでも減らしてちゃんと対外的に発表したことに好感が持てます。

引退制度がしっかりしていれば、新規採用数は多くても成り立つのですけどね。


なんか、INTERNET 上には日本棋院に対する批判が多くて、ちょっとげんなりします。

日本棋院は「既存棋士の引退制度は作らない」なんて一言も言っていないのに、そう決めつけている人が多いです。

私は、日本棋院は3年以内くらいに引退制度導入を可決する可能性が高いとみています。日本棋院に残された時間はあまり長くなくて、引退制度みたいな基幹の制度を変えるならここ2~3年のうちに結論を出す必要があるでしょう。


入口も出口も、どちらも大改革が必要なら、どちらから手を付けてもどちらから発表しても問題ないと思います。

最初に囲碁界の方にお詫びしておきます。この記事は、囲碁界の外部の者が勝手に記すものであり、恐らく妥当性は低いです。


最初に確認しておきます。社団法人である日本将棋連盟と異なり、日本棋院は財団法人ですから、その存在意義は「財」を正しく使うことであり、プロ棋士の存続ではありません。「財」を正しく使うためにある程度の人数のプロ棋士が必要かも知れませんが、プロ棋士よりも「財」の方が優先度が高いです。

社団法人と異なり、財団法人は「財」がなくなれば自動的に法人格を失います。また、財団法人は必ずしも法人格の存続を目的としなくてもよいです。私としてはできれば日本棋院は存続してほしいですが、それは私の願望であって、財団法人の存在意義は「財」の使い道にあることは変わりません。


まあ、この blog では私の願望を満たす (日本棋院に存続してもらう) 方向を勝手に考察したいと思います。

…すみません、「考察」というほどのことはできないので、勝手に私の予想を書き散らします。

今の囲碁人気から考えると、プロ棋士の線引きは以下の通り (以下に当てはまる人を「プロ棋士」とする) くらいがちょうどいいのではないかと予想しています。

  • 棋聖戦「B リーグ」以上 (全15名)
  • テイケイグループ杯俊英戦「A リーグ」「B リーグ」所属 (全12名)
  • 女流名人戦「リーグ」所属以上 (全8名)

で、棋聖戦「B リーグ」以上のプロ棋士は「囲碁のプロ棋士って収入面でも魅力的だなあ」と思われるくらいの賞金収入が確保できるのではないかと予想しています。俊英戦は「普及活動、指導対局をせずに生活時間のすべてを対局と棋力向上に注ぎ込んでも同年代の勤労者と同程度の生活ができる」くらいの賞金収入が確保できないかな、と考えています。

棋戦を興行として考えると、主催者にとってプロ棋士の人数はそんなにいらないと思います。将棋の Abema.tv が全棋士参加でないのに成功していることからも、この考えは正しいと思います。

若手育成という視点に立つと、俊英戦で「リーグ」から陥落しても2年間くらい最低限の生活費がもらえるような形だと嬉しいかと思いますが…。


あ、すみません、人数だけ考えて上記のような選び方をしてしまいました。他の棋戦がどうなるか、とかは未考察です。

原則として男性棋士は棋聖戦「B リーグ」から陥落したら「フリークラス」扱い、「フリークラス」で〇年間のうちに棋聖戦「B リーグ」に戻れなかったら引退、くらいの制度設計でどうですかね。

支部例会の参加申し込み system を即席で作ろうと思い、手抜きで Rails server を立ててみようと思いました。(今回は技術的な話ばかりで、将棋の話はありません。)

  1. 国内最安値の Indigo VPS, 768MB を選択 (1時間0.52円)
  2. 本当は CentOS Stream 10 を使いたいが、Indigo VPS では使えない (多分 CPU が AVX2 に対応していない) ので、CentOS Stream 9 を選択
  3. 2GB の swap を設定
  4. 本来は丁寧に rbenv を使うべきだが、手抜きで dnf install ruby
  5. ruby --version したところ 3.0.7 が入っていた (本当は Ruby 3.0 系列は2024年4月に support が切れており、良くない)
  6. gem update --system を実行したら、Ruby 3.1.0 以上が必要だと怒られた
  7. rubygems.org で調べたところ、RubyGems 3.5.23 なら対応しているっぽい
  8. gem install rubygems-update --version=3.5.23 を実行
  9. update_rubygems を実行
  10. gem env をしたところ、とりあえず RubyGems は 3.5.23 になったことが確認できた
  11. gem install rails を実行したら Ruby の version が低いと怒られた
  12. rubygems.org で調べたところ Rails 7.1.5.1 なら対応しているっぽい
  13. gem install rails --version=7.1.5.1 を実行したら「You might have to install separate package for the ruby development environment, ruby-dev or ruby-devel for example.」と怒られた
  14. dnf install ruby-devel を実行、しかしまだ怒られる
  15. dnf install gcc を実行
  16. dnf install ruby-devel を実行、今度は psych で「yaml.h not found」と怒られる
  17. dnf install libyaml libyaml-devel を実行してもうまくいかないので、こちらを参考に epel を有効化してから再実行
  18. dnf install git を実行
  19. gem install public_suffix addressable bindex msgpack bootsnap matrix regexp_parser xpath capybara debug importmap-rails jbuilder puma rexml rubyzip websocket selenium-webdriver sprockets sprockets-rails sqlite3 stimulus-rails turbo-rails web-console websocket-extensions websocket-driver を実行
  20. 一般 user になって rails new temp01 を実行
  21. config/environments/development.rb に書き込み
  22. 電子証明書を取得して config/puma.rb に書き込み

うわ、これはかなり root 環境を汚してしまうなあ。そもそも dnf で入れる Ruby は RubyGems まで rpm 化されていてあまり良くないのだけど、最初に root で入れてしまうとそのあとの作業が root に引っ張られてしまって筋が悪い感じです。やはり横着せずに rbenv を使うべきなのでしょう。