飲み物、S・M・L、どのサイズを注文することが多い? ブログネタ:飲み物、S・M・L、どのサイズを注文することが多い? 参加中

私はL 派!

 結構汗かきなんです。一昨日も、普通のビーフカレーを食べて、額から汗がだらだら出ました。ラーメン食べても、汗が出ます。だから、余計の水分を身体が欲するのです。

 外出の時も、なるべく歩くようにしているので、必然的に、のどが渇く状態になります。途中で、いつも水分補給できる訳ではないので、やっと、水分をとれる店を見つければ、飲み物のサイズはLとなります。

 そう、ファミレスなど、フリードリンクを頼んだ時は、コップやカップ一杯に、お代わりを何杯もしてしまします。

 以上の事は、身体の都合だけでなく、欲深な性格も影響していますね。たっぷりの量は、得したような気分になって、満足感がするからです。

 本当は、透析をしているので、水分管理は厳しくしなくてはならないんです。一応、理想の量は、前日の尿量+500ccということになっていますが、毎日、かなり飲んでますね。最近は、紅茶をよく飲んでいます。夏は、炭酸系ですね。でも、体重の増加はそんなでもないんです。汗が出やすいし、便秘もしていないからでしょう。大体、一日の体重増加は1kgが目安です。でも、うんと歩いた時などは、飲み物Lサイズでも、新陳代謝のせいで大丈夫のようです。

 それと、透析をしているから、余計にLサイズが欲しくなるんですね。制限しろといわれるものほど、とりたくなる訳です。ある意味、透析患者にとっては、飲み物は、水でさえ、ごちそうに思えるのです。

 今日は、午後から、透析患者の地域の役員会があります。きっと、どこかで、またもやLサイズの飲み物を注文してしまうかもしれません。いつもの透析クリニックのそばの公民館が会場なので、透析の時同様歩いていきます。身体を動かして、水分をとります。



飲み物、S・M・L、どのサイズを注文することが多い?
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じりラブ/うたぐわ
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 ついに26日に発売された、待望にうたぐわさんの『じりラブ』。
セブンイレブンに予約していたのを、さっそく読んでみました。

 本当は、土曜日にサインをもらいたかったですが。

 アメブロに連載中のうたぐわさんの『じりラブ』が2月26日に発売されました。タイトルになった「じりラブ」という言葉は、うたぐわさんが作られた造語で、「愛があるけどじりじりする、じりじりするけど愛がある」というような感情を表わしているそうです。うたぐわさんは、40代のサラリーマンですが、パートナーのツレちゃんと一緒に暮らしています。男性同士ですから、現在の日本では、結婚が認められません。だから、「ほぼ夫婦」と呼んでいます。二人の愛の形が「じりラブ」というものなのですね。この言葉、案外、この国に定着したりしてね。同じような愛のバリエイションにあるカップルは、男女の組み合わせに関係なく、案外多いのかも知れません。本書を読んで、納得出来るでしょう。

 うたぐわさんこと、うたちゃんは、会社では、自分がゲイであることをカミングアウトしています。漫画では、実際のうたちゃんを取り巻く人々をモデルに、魅力ある人間として描いています。会社の女子の面々、ノンケの同僚、2丁目の仲間など、読んでいてその性格描写に感心させられますです。

 この本の視線は、普通のゲイからのものでしょう。普通といっても、ゲイの人にも、当然多様性がある訳です。ただし、世間一般で誤解されていることが多いことが分かりました。女装マニアはゲイではないし、性同一性障害もゲイではない、それに、テレビで露出しているオネエという存在も、本物はそうはいるものではないことが分かりました。
 奥さまは魔女のオープニングのフレーズみたいなんですね。ごく普通のサラリーマンが、ごく普通の生活を送っている。ただ、違っていたのは、彼がゲイだったのです。こんな感じかな。もちろん、「普通」の意味は、自然にという意味ですが。

 ゲイを取り扱った各分野の作品は多く作られていますが、内容が変に変形させられたり、不自然だったり、偏っていたりしているようです。

 自然流が一番ですね。

 当事者が描いた本というのもいいですね。面白い漫画ですが、その中には、本音が見られ、ほろりとする内容もあったりするんです。

 特別に、深読みしないで、楽しく読むのもいいんです。


 一昨日、図書館で、すごいおばさんを見ました。図書館の係りに、手話関係の映像資料を調べさせているんです。係りの人は、一所懸命に、パソコンで検索した結果を、そのおばさんに説明していました。
 
 なんでも、その図書館に置いてある資料は、全て、初級クラスの簡単なもので、自分は、上級のものが欲しいと要求しているんです。都の手話講習会にでも行くような感じでした。米内山さんの日本手話のビデオが図書館にあるんですが、あれは簡単すぎるだって!おや、あのビデオの内容が簡単なら、そんなに焦って「上級」向け読み取りDVDを探すこともないのにと思いました。読み取りのDVDなら、ろう者が制作したものがありますから、自分で用意すればいいんです。第一、「初級」とか「上級」とかいうのは、聴者の受け止め方で、ろう者には意味のないことでしょう。
 
 何のために、日本手話を習うのか、基本に戻って考えてほしいと思いました。まず、ろう者と交流することですね。耳の日の行事に参加したりすることに時間を使った方がいいのではないのでしょうか。たましろの郷の仲間も、耳の日フェスティバルに参加しますから、彼らの相手になることも経験した方がいいのではないのでしょうか。

 そのおばさん、多分、年齢は初老のようでした。手話通訳者を目指すのなら、もっと年が若い方がいいですね。
手話のレベルなんて、気にする年齢ではないようです。ろう協だって、手話講座から通訳者が育つためには、本当は若い人に多く来てもらいたいので、年齢制限したいのが本音かも知れません。ただ、自治体は、納税者を区別することが出来ないので、年齢制限は出来ないようです。
 時間的に無理そうな人は、自分の出来る範囲で、ろう者と交流すればいいんです。ろう者から、日本手話を盗み取るのが一番だと思います。
 若い人は、十分な時間をかけて、頭の働きが柔軟な内にしっかりと日本手話を学んで、本当の手話通訳者を目指してもらいたいです。そのためには、経済的な補償なども考える必要がありますが。

 さて、木村晴美さんの新しいメールマガジンが届きました。
今回は、手話通訳者が、日本手話を理解せずに、日本語対応手話を使っている場面が、描かれていました。
僕たち聴者に対する気持ちが強く表れていました。

 次がその内容です。とても考えさせられました。

『━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆ 
No.158 2010年2月26日
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■<言語> 日本語対応手話で話す聴者への素朴な疑問

 先日、全国手話通訳問題研究討論集会が開催された。毎年参加している分科会の
司会者が2年前から変わった。それまでは、発言が手話でも日本語対応手話でも、
特別に通訳をつけることなく進行もスムーズだった。ところが、司会者が変わって
からは、記録のため、手話で発言する場合は同県もしくは同ブロックの参加者が読
み取り通訳をすることになった。私は、昨年も今年もレポート発表をしたが、資料
のとおり発表するので、通訳はつけず手話で話した。もう一つ出されていたレポー
トは通訳をつけて発表された。

 レポート発表のうちはよかったが、討論の時間になると問題が起こった。ろう者
は発言のたびにいちいち通訳を頼まなければならない。臨時お抱え通訳者を見つけ
られた参加者はまだしも、通訳者を見つけられないろう参加者には発言を躊躇する
様子が見られた。以前のようにろう者が自由に意見を述べられる雰囲気がなくなっ
てしまったのだ。私が発言しようとすると、やはり通訳をつけろと言われる。もと
もと記録のための通訳で、司会者の手元にはICレコーダが置かれていたので、自
分で読み取ってもらうよう頼んでみた。この分科会で読み取り通訳をする目的が記
録のためならば、わざわざマイクを渡して通訳させることはない。記録者が自分で
読み取って録音すればいいのだ。

 ところで、日本語対応手話で話す聴者に伺いたい。あなた方はその日本語対応手
話で話された内容がろう者に十分伝わっていると思っているのだろうか。失礼を省
みず言わせていただけば、今回の司会者二人の手話はさっぱりわからなかった。前
方に座ったので、口元を見ることはできたが、それでもろう者が読み取れる口話で
はなかったし、手話にいたっては本当に付け足しでしかなかった。また、話し方も
日本語のままで、結局何を言いたいのか全く理解できなかった。ときどき周囲に教
えてもらっていたが、分科会に参加する根気は続かなかった。

 日本語対応手話でもなんとかわかるものもある。その場合は、日本語が欠落して
いる。今回の分科会は、明らかに日本語中心で手話が欠落した日本語対応手話が多
かった。隣の席のろう者はしきりにうなずいていたが、会場の大半のろう者は一様
に理解不能だという顔をしており、後ろの席のろう者は<司会/交代/希望>とま
で言っていた。

 例えば「講習会が20回しか開催されないので・・・」という内容のものが、日本語
中心の日本語対応手話では<20/不足>と表出される。この手話部分だけ見ると
「開催回数が20回足りない」という意味になる。上記の意味の手話は<講習会/開
催/20、(これでは)/足りない(不十分)>とならなければいけない。<20
>と<足りない(不十分)>の間には、NMS(非手指動作)が入るのだが、日本
語対応手話では当然NMSがないので、文意がわからないものになってしまう。そ
れでも必死に理解しようと努力してみるが、努力にも限界はある。

 改めて伺いたい、あなたはその日本語対応手話がろう者に伝わっていると思って
使い続けているのだろうか。


(日本語訳:chu)』