好きな昔話、童話 ブログネタ:好きな昔話、童話 参加中
 童話や昔話は、とっても好きです。今でも、よく読んでいます。
好きなものはといえば、たくさんあるんですが、今回は1作品に絞る必要がありそうですね。
 宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にしようかと思ったのですが、この作品は、未だ、読み込んでいないので、別格ということで今回は取り上げません。

 童話らしい作品を選んでみました。それは、『幸福な王子』です。
 宝石と金で飾られた王子の像の足元で休んていたツバメは、王子の目から涙が流れているのに気が付きました。
 今の日本も貧困化の道を進んでいますが、昔の貧困はもっと悲惨だったのでしょう。王子は、町に生きている貧しい人や不幸な人の姿を見て泣いていた訳です。ツバメに自分の身体の宝石を、そうした人々に届けさせます。
 でも、王子様には、根本的に貧困をなくすことは出来なかった。自分の身体を使うことという限界があったけれど。
ツバメをとても気のいい鳥でした。本当は、冬が来る前に、一日も早く、暖かなエジプトに旅立たなくてはならなかったのですから。
 両目の宝石を与えた後は、目が見えなくなってしまい、それからは、ツバメが王子の目の代わりになって、町の様子を話します。結局、ツバメは最後の力も使いきって死んでしまいます。みすぼらしくなった王子の像も、溶鉱炉の中で溶かされます。でも、不思議な事に、鉛でできた心臓は溶けることがなかった。この心臓と、ツバメの亡骸は、ゴミ捨て場に捨てられた。
 現実の世界では、本当はそれでおしまいなんでしょうが、フランダースの犬と同じように、天使によって、天に召される。

 この自己犠牲は、素直に読めます。とても悲しい話ですが、王子とツバメとの関係も素晴らしいものでした。
 
 この話が入っている同名の童話集の中の、「わがままな大男」も、相通じるところがあった好きです。

 こうした作品を、オスカー・ワイルドが書いたというのも、特筆すべきことです。彼の戯曲「サロメ」とは、大分、趣が違います。彼は、当時、犯罪であった同性愛が原因で獄中につながれます。当時は、キリスト教からみて、進行上も重罪扱いされていました。自分らしくは生きづらい世の中を自分の意思を貫きながら生きた彼の童話というのも、大変興味あることです。王子とツバメの関係も、彼の中にあった感情が分散したものなのでしょう。

 人間の本当の価値とは何か、本当の幸せとは何か(これは、銀河鉄道の夜のジョバンニの問いかけでもあります)、色々と考えされる童話でした。自己犠牲、人間は利己主義者にもなれる代わりに、そうした精神を発揮することもできるものなのです。矛盾の中に生きる存在だから、『幸福な王子』が心に響くのでしょう。
 



待ち合わせ、待ってる時何してる? ブログネタ:待ち合わせ、待ってる時何してる? 参加中
 待ち合わせは、なるべく相手より早く待ち合わせ場所に行くようにしています。

 待ち時間が短い時は、周りの景色を何とはなく見ています。
 歩いていく人の姿も、景色の中に含まれています。

 何気なく、歩いている人を観察するのも楽しいです。自分の好みのタイプがいたりして。
中には、とてもユニークな恰好の人もいます。見るからに、女装子もいたりして、この街も進化したなんて感心したりしています。時には、プロらしき人も見かけます。この街に、そういうお店があるのかな。逆の場合は、見分けるのが困難です。

 カップルも色々な表情を見せています。幸せそうなのは、見ていてうらやましい限りです。
 やっと歩いているお年寄りを見れば、自分の将来を見るような感じがします。

 若い人はいいですね。絶対に、若さには勝てない自分の年齢が悲しくなります。自分は、随分と無為に青春を過ごしてきたのかなんて、絶望に陥ることもあります。

 身障者の姿は、積極的に街に出てくるようになったのが、嬉しいですね。最近は、車椅子のおしゃれなイケメンも見かけます。おしゃれなお嬢様は、まだ見かけていません。オシャレして、街に出てきて下さい。街の風景に自然に溶け込めるような時が、もっと進めばいいです。

 こんな風に、人間観察しています。あまり変化のない景色の時は、携帯をのぞいていることがあります。

 待ち時間が長い時は、本を読んでいます。座る場所がない所では、まあ、大体がそうなんですが、立ちながら本を読んでいます。好きな本を読みのが好きだからですが。資格試験を受ける前などは、参考書を記憶しています。時間がもったいないから。

 でも、大幅に遅刻してくる相手には、大抵は冷静を装っているのですが、時には、キレて、「あなたは人殺しだ!」と言ってしまいます。限られた自分の一生の内の、少しの時間でも、相手のせいで無駄に過ごしてしまったからです。20分待たされれば、20分間、自分のために何か出来たと思うんです。延長した分の時間の読書は、腹が立って、内容が頭に入らないんです。まあ、それもキレた時だけで、大抵は「そんなに待たなかった」なんて言ったり、大好きな人には「さっき、来たばかりだよ」なんて言うんです。いつもそんな僕を見ている、もう一人の僕は、馬鹿にしていますけれど。

 かばんの中には、いつも、本を入れて待ち合わせに出掛けます。長く待たされた時のために。
 



ネッシーはいると思う? ブログネタ:ネッシーはいると思う? 参加中

私はいない 派!

 あれは、確か、いたずら写真だったと報道されたのではないでしょうか。
UFO写真も、作りものと考えた方がいいと思っています。
ああ、UFOって、未確認物体ですから、イコール宇宙人の乗り物と、短絡的に結び付けるのはどうかと思います。

 さて、ネッシーには、お仲間が多いですね。日本でも、いたなんて報告されてますよね。
でも、こうしたものも、UFOと同じように考えればよいと思っています。いたずら、インチキか、何か、正体が判明していないけれど、短絡的に恐竜の生き残りと結びつけてはいけないんじゃないかと。

 僕も、映画や本では、ファンタジーやSF,それにホラーが大好きです。歴史ものでも、伝奇小説が大好きです。
でも、現実の世界で、まかり通る非合理主義の考え方は、絶対に許せません。スピルチュアリズムなんて、霊が見えるなんて信じていません。ただ、最近の脳科学の発達で、脳機能の異常で、変なものが見えると脳が判断する症例があるそうですから、そのせいで、見えるなんて言っている人もいるかも知れません。ネッシーが見える人がいても有りですね。脳の異常ですから、その人が見えると感じるのは本当の事なんでしょう。

 でも、非合理主義は、人の理性をくもらせ、感性だけで生きる存在に変えてしまう危険性があります。ナチスや軍国主義も、非合理主義を利用した制度でした。

 まずは、現実の世界を見てほしいと思います。文学や芸術のロマンシズムは、人生の豊かにするためには必要なものです。愛する人に対する気持ちにあってもいいものです。でも、夢は現実のためにある訳で、夢の中でだけ生きることはできませんものね。

 ネッシーがいるという人は、実は、ネッシーにいてほしいと思う人で、無意識の世界を含めて本当に信じてはいないと思います。UFOと宇宙人の存在を主張している人も、宇宙人にいてほしいというのが、本当の気持ちなんですね。

 ネッシーは夢の中にだけ存在し、現実にはいないんです。ただ、その存在を信じたい人間がいるということの証明に過ぎない、僕はそう思っています。



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