ブログネタ:今年一年を漢字で表すと?
参加中 今年の感じは、漢字はと言われたら「痛」でしょうね。
透析して9年を通過して段階で、シャントが詰まってしまいました。
透析装置の回路に血液を送るためには、血管に太い針を刺さなくてはいけないんです。
昔は、腕の外にチューブが出ていて、そこから回路をつなげていました。外シャントと呼ばれていました。僕が、大学生の時に、腎生検という検査だ入院した時に、同室に、同じ年の透析患者がいました。その当時は、ようやく、身体者手帳が透析患者にも交付され、透析に保険適用がされ出した頃だと思います。でも、透析施設がまだ少なく、彼も千葉県から、お茶の水の大学病院に入院して透析を導入したようでした。腕に、シャントが露出していて、普段は、カバーしてありました。あの時は、自分が透析するようになるとは、想像もしていませんでした。(高校生の時には、1年近くも地元の病院に入院していました。当時は、慢性腎炎の治療は、安静が中心でした。その時に、若い女性が入院してきましたが、腎不全で、目が見えなくなっていました。まだ、透析医療のない時代だったので、病院の付き添いの人たちが、彼女の命はあとわずかだと、噂をしていました。そんな時代が、長く続いていました。)
さて、話はだいぶ脱線してしまいましたが、僕が透析導入した時は、腕の動脈と静脈をつなげて、針を刺しても耐えられる太い血管を作る手術をしました。これが、内シャントです。耳を当てると、ゴーッという工事現場か、地下鉄のような音がします。この音がしている間は、血液が順調に流れている証拠です。
そのシャントが、今年の春についに詰まってしまいました。前日の朝から腕の血管が痛み出し、透析の日に、詰まっていることが判明し、急きょ、対応策の検討に移りました。もし、シャントが復活しなければ、腿の付け根か、首に動脈に、直接針を刺して透析を受けなければなりません。主治医が、病院を当たってくれて、その日は、透析無しで、クリニックから直接に病院に直行しました。すぐに、診断を受け、エコー検査では、一部が閉塞を起こしているだけで、他の血管は無事でした。その日のうちに、シャントの再建手術となりました。これが、最初の「痛」でした。でも、すぐに、手術を受けることが出来たのは、ラッキーでした。翌日、透析が出来ましたから。その後、聴診器を買いました。シャント音をいつも聴くためです。
シャントが詰まった部分は、前から膨らんで、瘤が出来ていました。りゅうってこぶのことですね。見た目が悪くて、夏の半袖の季節になると、リストバンドで隠していました。手話サークルで、手話を使う時などは、いつも、緩めのリストバンドです。シャントの再建手術の時に、執刀医に出来たら取ってもらいたいと希望を述べた所、手術の様子を見ながら検討するということになりました。結局、手術の時は、出血の問題もあるので、後日、やってもらうことになりました。
そして、夏のお盆の頃、シャント瘤の手術に行きました。ところが、手術室に入ってから、体温が39度近くあり、急きょ、手術をするかどうかの検討に入りました。実は、その時、肛門が腫れていて、座るのもつらい状態でした。そのことを医師に告げ、手術室で検査、CTも撮って、肛門周囲膿瘍と診断。この時も、運が良かったのか、その日の夕方に同じ手術室で、肛門の手術を行うことになりました。腰椎麻酔をするので、入院となりました。実は、その病院は、比較的自宅の近くだったので、家族に連絡をして、もう点滴に入りました。患部切開、ドレイン挿入ということで、その日は、麻酔のために、下半身が全く動きませんでした。
入院中は、病院の近くでは夏祭りが行われており、祭囃子を聴きながら複雑な思いに駆られていました。肛門の方が、落ち着いてきて数日後、入院を利用して、本来の、シャント瘤の摘出手術を行いました。この年、同じ手術室で3回も手術をする羽目になった訳です。
おまけの話。新型インフルエンザの広がりが問題になり始めた頃、激しい下痢が止まらなくて、体温が38度超え。透析前に、マスクをさせられ、インフルエンザの簡易キットで検査。陰性で、腸炎のせいだと分かりましたが、この時も下痢がなかなか止まらなくて、(主治医は、無理に止めない方がいいという方針でした)、地獄の苦しみを味わったのでした。透析中は、便意を我慢するという試練が待っているのですから。
ということで、今年の漢字は「痛」でした。
「ザ・占い」PC版
透析して9年を通過して段階で、シャントが詰まってしまいました。
透析装置の回路に血液を送るためには、血管に太い針を刺さなくてはいけないんです。
昔は、腕の外にチューブが出ていて、そこから回路をつなげていました。外シャントと呼ばれていました。僕が、大学生の時に、腎生検という検査だ入院した時に、同室に、同じ年の透析患者がいました。その当時は、ようやく、身体者手帳が透析患者にも交付され、透析に保険適用がされ出した頃だと思います。でも、透析施設がまだ少なく、彼も千葉県から、お茶の水の大学病院に入院して透析を導入したようでした。腕に、シャントが露出していて、普段は、カバーしてありました。あの時は、自分が透析するようになるとは、想像もしていませんでした。(高校生の時には、1年近くも地元の病院に入院していました。当時は、慢性腎炎の治療は、安静が中心でした。その時に、若い女性が入院してきましたが、腎不全で、目が見えなくなっていました。まだ、透析医療のない時代だったので、病院の付き添いの人たちが、彼女の命はあとわずかだと、噂をしていました。そんな時代が、長く続いていました。)
さて、話はだいぶ脱線してしまいましたが、僕が透析導入した時は、腕の動脈と静脈をつなげて、針を刺しても耐えられる太い血管を作る手術をしました。これが、内シャントです。耳を当てると、ゴーッという工事現場か、地下鉄のような音がします。この音がしている間は、血液が順調に流れている証拠です。
そのシャントが、今年の春についに詰まってしまいました。前日の朝から腕の血管が痛み出し、透析の日に、詰まっていることが判明し、急きょ、対応策の検討に移りました。もし、シャントが復活しなければ、腿の付け根か、首に動脈に、直接針を刺して透析を受けなければなりません。主治医が、病院を当たってくれて、その日は、透析無しで、クリニックから直接に病院に直行しました。すぐに、診断を受け、エコー検査では、一部が閉塞を起こしているだけで、他の血管は無事でした。その日のうちに、シャントの再建手術となりました。これが、最初の「痛」でした。でも、すぐに、手術を受けることが出来たのは、ラッキーでした。翌日、透析が出来ましたから。その後、聴診器を買いました。シャント音をいつも聴くためです。
シャントが詰まった部分は、前から膨らんで、瘤が出来ていました。りゅうってこぶのことですね。見た目が悪くて、夏の半袖の季節になると、リストバンドで隠していました。手話サークルで、手話を使う時などは、いつも、緩めのリストバンドです。シャントの再建手術の時に、執刀医に出来たら取ってもらいたいと希望を述べた所、手術の様子を見ながら検討するということになりました。結局、手術の時は、出血の問題もあるので、後日、やってもらうことになりました。
そして、夏のお盆の頃、シャント瘤の手術に行きました。ところが、手術室に入ってから、体温が39度近くあり、急きょ、手術をするかどうかの検討に入りました。実は、その時、肛門が腫れていて、座るのもつらい状態でした。そのことを医師に告げ、手術室で検査、CTも撮って、肛門周囲膿瘍と診断。この時も、運が良かったのか、その日の夕方に同じ手術室で、肛門の手術を行うことになりました。腰椎麻酔をするので、入院となりました。実は、その病院は、比較的自宅の近くだったので、家族に連絡をして、もう点滴に入りました。患部切開、ドレイン挿入ということで、その日は、麻酔のために、下半身が全く動きませんでした。
入院中は、病院の近くでは夏祭りが行われており、祭囃子を聴きながら複雑な思いに駆られていました。肛門の方が、落ち着いてきて数日後、入院を利用して、本来の、シャント瘤の摘出手術を行いました。この年、同じ手術室で3回も手術をする羽目になった訳です。
おまけの話。新型インフルエンザの広がりが問題になり始めた頃、激しい下痢が止まらなくて、体温が38度超え。透析前に、マスクをさせられ、インフルエンザの簡易キットで検査。陰性で、腸炎のせいだと分かりましたが、この時も下痢がなかなか止まらなくて、(主治医は、無理に止めない方がいいという方針でした)、地獄の苦しみを味わったのでした。透析中は、便意を我慢するという試練が待っているのですから。
ということで、今年の漢字は「痛」でした。
「ザ・占い」モバイル版
オーディションも、プロジューサーにみる目がない場合があるというニュースで、才能とか、個性とか、将来性を、一応は専門家という人が評価することの意味を考えされられた。人が人を評価する時は、心して判断せよとの教訓かな。
イギリスの伝説的ロックバンド、レッド・ツェッペリンがデビューから1年後の1969年にBBCラジオのオーディションを受けた際、審査にあたったプロジューサーから「時代遅れ」「いまいち」などと酷評を受けていたことが、17日公表のBBCの資料から判明した。「専門家が聴くだけで 、昼間のラジオには向いていない」「時代遅れのサウンドだ」という評価、れきしてきには間違っていたということになる。評価は散々だったが、最終的には出演を果たしている。
また、オーディションでは、デビッド・ボウイは「個性がない歌手」、T・レックスも「思いあがったクズ」と酷評されていたとか。
他人を評価する時は、我々も、注意深く、謙虚であれということですね。
文部科学省公式サイト、ゲームはここから
文部科学省でも、子ども向けの教育ゲームを作っている。
冬休みにやるといいかもね。
もちろん、大人がやっても勉強にもなりそう。
今までにも、深海を冒険する「深海ワンダー」、南極ツアーに出かける「南 極ワンダー」も作っている。
今回のゲームは、「サテラ」と一緒に、ロケット打ち上げミッションを成功させる「宇宙ワンダー」だ。
名前を登録して、ミッションをクリアするたびにデータがセーブされる。
ゲーム上の100日以内の制限時間内に、ロケット発射の開発過程を体験できる。
他の2作と一緒に、勉強を兼ねてやってみるのにはいい時期だね。
でも、文科省でも、ゲームを制作していたなんて、今まで知らなかった。
文部科学省でも、子ども向けの教育ゲームを作っている。
冬休みにやるといいかもね。
もちろん、大人がやっても勉強にもなりそう。
今までにも、深海を冒険する「深海ワンダー」、南極ツアーに出かける「南 極ワンダー」も作っている。
今回のゲームは、「サテラ」と一緒に、ロケット打ち上げミッションを成功させる「宇宙ワンダー」だ。
名前を登録して、ミッションをクリアするたびにデータがセーブされる。
ゲーム上の100日以内の制限時間内に、ロケット発射の開発過程を体験できる。
他の2作と一緒に、勉強を兼ねてやってみるのにはいい時期だね。
でも、文科省でも、ゲームを制作していたなんて、今まで知らなかった。
