障がい者採用情報:カルビー | tootsie-123のブログ

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カルビー


わたし、うつなんです。

貧乏なので、楽しみ、少ないのです。

友達も病気になって、本当に少なくなりました。

「鬱」怖い病気なのです。

本当に失うものばかりです。

雨降って、地固まると言いますが、

「あとは」ぐちゃぐちゃです。



数少ない友人、自称、物知りの友人が

この有名企業様のこと

「ポテトチップスなどのスナック菓子を展開」

と教えてくれました。



「スナック菓子」ですが、

有名な「ウィキペディア」さんに

「スナック菓子とは、軽食代わりに

食べられる菓子類の総称で、

その中で芋、豆類、トウモロコシなどの

炭水化物を食用油で揚げたものを

指すのが主流である」

とのことです。



創業者、松尾 孝(まつお たかし)様です。

「ウィキペディア」さんに

「カルビーの前身は1950年(明治38年)

広島市 宇品で創業した広島名産 柿羊羹製造の

“松尾巡角堂”である。

1927年(昭和2年)広島第一中学校

(現広島県立 広島国泰寺高等学校)5年のとき、

母が亡くなり、病弱で足も不自由な父と

弟を養わなくてはならなくなり家業を始めた。

1931年(昭和6年)広島第一中学校 卒業。

そこへ、父親が不慮の事故で死亡したため

中学卒業とともに家業を継ぐことになった。

1945年(昭和20年)7月召集、

同年8月福岡県 北九州に居た時に

広島市に原子爆弾が投下される。

当時の自宅は爆心地から約1.5kmにあった

楠木町にあり、広島には妻と3人の息子を残して

出征したが奇跡的に全員助かった。

復員して、戦後も続いた食糧難に対応するため、

まだ死臭の漂う広島市内で、

戦中時代に作っていた代用食や、

新たに鉄道草(ヒメムカシヨモギ)の団子や

キャラメルを作り始める。

孝 は戦中戦後の食糧難の中で

『健康にいい栄養のあるお菓子をつくること』

を志した。

これが今日のカルビーの社名や

かっぱえびせん誕生へとつながっていく。

1955年(昭和30年)新会社“カルビー製菓”

として再スタートする。

債権者には必ず負債を返済すると

宣言した上での設立だった。

試行錯誤していく中で、当時配給制で

値段が高かった米の代わりに

アメリカから大量に輸入されていた

小麦粉を使う食品作りに転換し、

その中で日本で初めて小麦あられ製造に成功、

1955年“かっぱあられ”販売にこぎつけた。

地方のベンチャー企業の一つに過ぎなかった

カルビーにとって首都圏での販路拡大は大きな問題で、

孝 自身も『東京の人は田舎の商品なんか歯牙にもかけない』

と思っていた。そこで 孝は

『米国で評判になればお江戸もきっと振り向く』と

1967年(昭和42年)ニューヨークでの

国際菓子博覧会に出展した。

そして1968年(昭和43年)

『やめられない、とまらない』の

キャッチコピーとともにCMを開始し

ブランド化に成功、

以降爆発的に売れ1970年(昭和45年)には

単品売上で100億円を超えた」

と草創期のことがご説明されていました。



現在のお社長、伊藤 秀二(いとう しゅうじ)様、

1979年、法政大学 経営学部をご卒業、

同年、カルビー株式会社にご入社

とのことです。



会社四季報に

「スナック菓子最大手。

2009年に米国ペプシコと資本提携。

北米、韓国でも展開。シリアル製品も扱う」

と記されています。



四季報には、

「国内はポテチ値上げ寄与。

海外は中国がEC経由で拡大し営業増益。

ただ為替差益剥落と特益減。

2021年3月期は北米の回復と買収社が通期寄与。

国内はスナック堅調前期息切れのフルグラは

小型商品投入でテコ入れ。原材料費安定し小幅増益。

2019年秋買収の米国PBスナック会社の設備で

『えびせん』など現地生産。

茨城県のサツマイモ卸会社を4月買収」

の記述も過去にはありました。



「ウィキペディア」さんから引用します。

「1949年(昭和24年)、

広島県 広島市(現在の南区宇品)にて、

松尾糧食工業株式会社として設立。

1955年(昭和30年)現在の会社名の

カルビーに変更。カルビーは、

当時の日本人に不足しているとされた

カルシウムの『カル』と、

ビタミンB1の『ビー』を組み合わせた造語である。

1964年(昭和39年)に発売された、

瀬戸内海の小海老を使った

『かっぱえびせん』がヒット商品となり、

カルビーの名が知られるようになる。

仮面ライダーのカード付きスナック菓子や、

藤谷美和子を起用した『カルビーポテトチップス』の

CMでも話題になった。

1973年(昭和48年)に本社を広島から東京に移転。

2005年(平成17年)には3代続いた

同族経営をやめて、創業家外の社長兼CEO・CIOとして、

中田 康雄 が就任。

バランスト・スコアカード(BSC)を

経営に積極活用し、BSCを用いて立てた

仮説を検証するために、

“経営の見える化”を図った。

2009年(平成21年)6月には

米ペプシコの全額出資子会社である

ジャパンフリトレーの買収を発表。

『ドリトス』などトウモロコシを

材料とする商品で強みを持つ

ジャパンフリトレーを傘下に加えることで、

ポテト関連商品の割合が70%を超える

同社が新たに成長軌道を描くための基盤を整えた。

同時にペプシコが、

子会社のフリトレー・グローバル・インベストメンツ社

(オランダ法人)を通じて、

カルビーの株式を20%取得し大株主となった」

と、ご解説がありました。



「ペプシコ」様ですが、

同じく「ウィキペディア」さんに

「ペプシコ(英語: PepsiCo, Inc.)は、

ニューヨーク州ハリソンのパーチェスに

本社を置くアメリカの

多国籍食品・スナック・飲料企業である。

ペプシコは、穀物ベースのスナック食品、

飲料、その他の製品の製造、

マーケティング、流通事業を行っている。

1965年に

ペプシコーラ社(Pepsi-Cola Company)

と、フリトレー社の合併により設立された。

その後、1998年にトロピカーナ・プロダクツを買収し、

2001年にはクエーカーオーツ社を買収し、

『ゲータレード』ブランドを傘下に収め、

『ペプシ』ブランドだけでなく、

より幅広い食品・飲料ブランドへと拡大してきた。

2012年1月26日現在、

ペプシコの22ブランドの小売売上高は

10億ドル以上であり、ペプシコの製品は

200カ国以上で流通しており、

年間の純売上高は433億ドルに達している。

純売上高ベースでは、

ペプシコはネスレに次ぐ世界第2位の

食品・飲料事業者である。

北米では、ペプシコは純収益で

食品・飲料事業で最大の企業である」

とご説明がありました。



わたしの愛読紙、日経新聞には、

「(前略)

原材料やエネルギー価格の高騰を受けて、

主力の『ポテトチップス』や『じゃがりこ』を

9月納品分から値上げすると発表した。

(中略)

食品各社の値上げ発表が相次ぐなか、

『市場シェアの高いカルビーは値上げが受けられやすい』

(いちよしアセットマネジメントの 秋野 充成 氏)

との声がある。

値上げが業績拡大につながる可能性もある。

しんきんアセットマネジメントの

藤原 直樹 氏は『新型コロナウイルス禍が落ち着けば、

学校行事やレジャーの再開がスナック菓子の

販売増加につながる。値上げが需要を下げることを

想定しない』と話す。

ただ、物価高が家計の負担増につながっているとの

不満は高まっている。

カルビーの値上げは発表は2021年10月から4度目だ。

度重なる値上げは販売数量に響きかねず、

既存商品の付加価値を高める取り組みや

新商品の発売にも注目が集まりそうだ」

と記事になっています。



株主リストを見ますと、

FRITO-LAYGLOBALINVESTMENTSB.V. 様

 20.71%

一般社団法人幹の会 様

 14.34%

日本マスタートラスト信託銀行株式会社 様

 11.6%

GICPRIVATELIMITED-C 様

 4.68%

THEBANKOFNEWYORKMELLON 様

 3.99%

株式会社日本カストディ銀行 様

 3.14%

カルビー従業員持株会 様

 1.61%

鳥越製粉株式会社 様

 1.5%

THEBANKOFNEWYORK 様

 1.24%

BANQUEDELUXEMBOURG-CLIENTACCOUNT 様

 0.99%

とのことです。



お会社の経営理念は、

「私たちは、自然の恵みを大切に活かし、

おいしさと楽しさを創造して、

人々の健やかなくらしに貢献します。

グループビジョン:

顧客・取引先から、次に従業員とその家族から、

そしてコミュニティから、最後に株主から

尊敬され、賞賛され、そして愛される会社になる

カルビーグループは、

『自然の恵みを大切に活かし、

おいしさと楽しさを創造して、

人々の健やかなくらしに 貢献します。』

という企業理念の下、時代とともに変化する

消費者のニーズに応えた商品を開発し、

新たな食の価値を創造してきました。」

を掲げていらっしゃいます。



障がい者雇用は、

カルビー・イートーク株式会社

特例子会社をお持ちです。

本社、グループ会社での

求人もあるようです。

ご興味ありましたら

ハローワークや

支援機関の方とご相談なさるのが

よろしいかと思います。



以下は友人からの情報の引き写しです。

「スナック菓子メーカー大手。

じゃがいも、小麦、コーン等を原料とした

スナック菓子や、

シリアル食品などを製造販売する。

ポテトチップスなどのポテト系

スナック菓子でシェア1位。

代表的な製品は、スナック菓子では

『ポテトチップス』『じゃがりこ』

『かっぱえびせん』、

シリアル食品では玄米やオーツ麦といった

穀物にドライフルーツを加えた『フルグラ』。

海外では、米国、タイ、香港、中国、台湾などに

製造販売拠点を持つ。

中長期的な成長戦略として、

海外でも積極的な事業展開を進める方針。

世界最大規模の食品・飲料メーカーである

ペプシコの持分法適用関連会社。

海外売上高比率、23%」

とのことです。



健常者様のコメントです。

「福利厚生は、充実している。

会員制の福利厚生で、ポイント制での利用、

割引きの店舗もあり、それもうれしい」

「福利厚生で、住宅補助がある。

年齢制限があるが、寮制度で生活が楽。

ただ、住宅補助の期間を減らすようだ」

「福利厚生は良いと思う。

育児、介護、子供の看護、病気による休職などの

両立支援、サポートが充実していて、

ほとんどの社員が離職せずに働ける」

「福利厚生は多岐にわたる。

家賃補助、財形貯蓄、社員持ち株会、

さらにカフェテリアプランも使える」

「働き方だが、基本、カレンダー通りの

休暇となっており、

プラスで年末年始、お盆、ゴールデンウイークなどは

長期休暇も可能」

「働き方だが、休みは取りやすいので、

効率的に仕事ができる人間は

メリハリをつけて仕事ができると思う」

「働き方だが、工場の製造現場なので

3交代制で残業は大体月に10~20時間程度。

日曜日とシフトの関係で、平日、1日休める」

「働き方だが、所属部署では、繁忙期と

閑散期で残業時間に大きく差が出る。

年2回ほど繁忙期があったりして、

業務が集中する」

「働き方だが、スタッフ部門に関しては、

『フルフレックスタイム制度』『リモートワーク』も

可のため、かなり自由度がある」

「自分は30歳代の女性正社員。人事。

年収300万円。

賞与は個人評価で上下する。

しっかり働ければ、それなり昇給もする」

「自分は30歳代の正社員。企画。

年収600万円。

基本、給与は年功。普通にしていれば

毎年1万円くらいは昇給していく。

飛び級もあるが、実態はわからない」

「自分は30歳代の女性正社員。営業支援。

年収600万円。

基本給は、1年ごとに定額で昇給していく。

賞与は、年2回。夏の賞与で、人事考課で

差が出るようだ」

「自分は40歳代の正社員。営業。

年収520万円。

基本給は一定の評価テーブルがあり、

年次昇給があり、

年功序列な側面が強い」

「自分は40歳代の女性正社員。営業。

年収400万円。

年度始めに目標を設定し、これらの達成率と

会社の業績をあわせて、次年度の

ボーナスが決まる。

営業なので、個人の数字も大切」

とのことです。