21日 天秤座新月の夜



しん…と空気の輪郭だけが浮かび上がるような夜。

水面のように揺れる月の気配――まだ姿を見せていない、新月の静けさである。


チャップは、カフェ・ルミエールの裏庭のハーブ小径に身を潜め、

風の匂いを深く吸い込んだ。“いつもと違う風の流れ”を、猫の感覚はすぐに見抜く。


それは、誰かと誰かが再び出会い直す 『選びなおしの風』。

天秤座の新月は、星の意志をそっと囁く――


「いま、心のバランスを、美しく整え直しませんか?」


その瞬間、遠く、見えない水脈の奥が震えた。

22日、海王星が 魚座へ逆行を始めたのだ。

「今はもう忘れたと思っている記憶」「夢の深層に沈めた願い」が

波紋となって世界の底から浮上してくる。


チャップの瞳に、ほんの一瞬だけ――

“過去のチャップ” が重なる。まだ誰にも見つけられていなかった頃の、

さびしく小さく灯っていた光。その記憶が、そっと胸を締めつける。


だが、23日。太陽が 蠍座 へ入る。

その微細な動きを感じ取るように、チャップは夜の草陰の奥へと歩み出した。


これは終わりではない。

「本当のわたし」を思い出す夜のはじまり。


闇は深さをふくみ、まだ満たされぬ願いを優しく抱きしめながら、

新しい物語が、ひそやかにめくれる音がした。


――チャップの長い旅が今ここから目覚めようとしていた。