衣笠 祥雄に学ぶ | トニーの成幸ブログ

男は、進駐軍の兵士として
日本に駐留中だった
アフリカ系アメリカ人の父親と、
日本人の母親の間に生まれた。

 

小学生の高学年から柔道を始める。

 

中学に入ると、柔道部がなかったため、
仕方なく野球部へ。

 

高校でも野球を続け、
選抜高校野球大会にて、
捕手としてチームをベスト8に導く。

 

男はいつしかプロ野球選手になることを
夢見る。

 

「野球選手になったら、
でかい家を買って綺麗な女と結婚する」

 

高校卒業後、広島東洋カープに入団。

 

コーチから内野手転向を命じられ、
プロ2年目から一塁手のレギュラーとして
定着。

 

背番号が「28」であったことから
当時流行ったアニメ「鉄人28号」から
“鉄人”の愛称で呼ばれるようになる。

 

その愛称が示す通り、
野球選手の中でも小柄な体格でありながら、
正反対に飛び抜けて体が頑丈でもあった。

 

骨折など負傷しても休まず
試合に出場し続けた。

 

そしてついに、
プロ野球で連続試合出場の
日本記録を樹立。(世界2位の記録)
国民栄誉賞も受賞した。

 

男の名は衣笠 祥雄。

 

その他、多くの輝かしい記録を打ち立てた。

 

連続フルイニング出場歴代3位。


通算本塁打数歴代7位の記録保持者。

 

赤ヘル打線の主砲として
1970年代後半から1980年代の
広島カープ黄金時代を築き上げる
原動力となった選手の一人。

 

現役引退後、彼のつけていた背番号「3」
はカープの永久欠番となった。

 

彼のモットーはフルスイング。

 

「当てる」バッティングを全くせず、
常にフルスイングで打席に臨んでいた。

 

引退後は、野球解説者になり、
分かりやすいコメントで
多くの人から親しまれた。

 

71歳でガンに侵され死去。

 

彼の人生そのものがフルスイングであった。

 

あなたは今、
自分の人生にフルスイングしていると
自信を持って言えますか?

 

人の死期はそれぞれだけど、
人生に手抜きをせず、
精一杯生きてきた人間の
最期に後悔はない。

 

一度しかない人生、
好きなことにフルスイングしてみよう!

 

『誰にも好きなことはあるだろう。
やっていて飽きないことがあるだろう。
だからお父さんは言うんだよ。
何でも好きなことをしなさいって。
好きなことには、
きみたちの素質があるからなんだ』

by 衣笠 祥雄

 

良い週末をお過ごし下さい。