三菱財閥に学ぶ(前半) | トニーの成幸ブログ

日本には3大財閥が存在します。


「三井」 「住友」 「三菱」 ですね。


この中で、ゼロから一代で財閥を築いたのはただ一人。


そう、三菱の「岩崎弥太郎」です。


今回は日本の財閥を築いた岩崎弥太郎氏の一生をふり返り、成功者になるためのヒントを学びたいと思います。


長くなるので、2回に分けてお送りします。


今日は、岩崎弥太郎が財閥を築いたキッカケについて。


そして、明日は岩崎流の成功術についてお届けします。


日本を代表する三菱財閥の創始者、岩崎弥太郎は、一代で財閥を築くぐらいだから、さぞかし恵まれた環境に育ったと思いきや、まったく逆。


彼の出自は、土佐藩の地下浪人(じげろうにん)。


地下浪人とは、藩士から差別される郷士のさらに下。


カネも立場もない、その日暮らしの生活という身分。


今で言えば、路上生活者のような感じですね。


それでも彼は学問で身を立てようと、藩の学者が江戸に向かう際の、小者としてくっ付いて行った。


そんな苦労が報われて、江戸で有名な塾に入学できると喜んだのも束の間、父親が冤罪で投獄されたとの連絡を受ける。


不本意ながら、地元に帰り、父親の裁きに抗議をしたことで、自分が牢獄に入れられてしまった。


しかし、この牢獄に入った経験が大きかった。


同じ牢に入れられていた者は、藩に禁止されている材木を密売した罪で捕まったという。


弥太郎は、彼の話を聞くうちに、商売の魅力と、人のやらない商売がいかに儲かるかを知った。


「学問が出来ても、地下浪人からのスタートでは、出世はたかが知れている。やはり商人の方が大きなチャンスが待っている。」


これが、三菱財閥を築く第一歩になった。


(投獄されるという)ピンチを、(商人として財を成す)チャンスに変える。


いつの日も、大成する人間は、こんな逆境をプラスに変えているのですね。


<明日につづく>

------------------------------------