私が以前、ブログ用に書いたものです。自分を『スーパーカブ』に登場させようとしてwww
暇つぶしに宜しければお読み下さい。www
「第XXX話 オレンジライダー」
小熊の学校近くの寺には彼岸桜の古木があり、それが咲き始めたというニュースを地元のラジオでアナウンサーがちょっと大げさに話していた。この町に暮らすようになってから一度もその桜を観たことがない。
甲府盆地よりやや遅く桜のシーズンを迎えるこの街では、地元の人の桜に対する関心がどうやら低いようで、学校でも話題になることはない。4月になってもまだ寒い日が多く、咲いた桜の花もなんとなく気の毒にも思えた。
「ちょっといい?」
礼子が小熊のところに小走りでやってきて、制服の袖を引っ張って教室の外へ連れていった。「私、昨日凄いのをみたのよ!」
「どうしたの」
何だか興奮気味な礼子の様子を小熊は少しうざいと感じながらも、何を観たのかが気にならないこともない。生活の変化が足りない田舎の生活に礼子は何を運んできたのか。
「私ね、白州から韮崎へ抜ける農道でWAVEを観たのよ。そのWAVEのライダーがね……。」礼子は堰を切ったように話しを始める。その農道は白州にある道の駅の裏から、広域農道に繋がっている道で信号が一つもない道。ほぼ地元の人しか利用しないが、たまにツーリングのオートバイを見かけることもある。
それにしても、WAVEって何だろう?小熊は礼子にまずそこから順を追って話してもらうことにした。
「WAVEっていうのは、タイで売られているカブで、タイカブとも呼ばれているのよ。私が観たのは124ccの少し古いWAVEだったんだけど……。それがとっても速いのよ!」
地元の道を走り慣れている礼子が驚くような速さで走るタイカブとは……。
そこへ椎が二人を見つけて、話に加わった。「WAVEって……白いカブみたいなのですか……オレンジの服を着た男の人が乗っている……。」
なんでも椎の店の前を先週あたりからよく走っているのを見かけるそうだ。
「そうそう!私が観たのも白いWAVEで、オレンジ色のウインドブレーカーのライダーだった。多分同じ人かな。そのWAVEをハンターカブで追いかけたんだけど、距離が縮まらないまま見失ったの。悔しいわ……。」
「別に追い付けなくても、何ということはない。カブは速さではない。」と小熊はきっぱりと二人に言った。
面白いかと期待した礼子の話はその程度のものだったのかと呆れかけた時、礼子は声を荒げた。
「それがね、オレンジライダーは音もなくスーッと消えるようにいなくなったの。マフラーから排気音が全くないのよ……。」
音もなく走り去るパワフルなタイカブ・WAVE……。小熊も少し興味を覚えた。
と同時に、白にオレンジって、センスないような……複雑な思考が小熊の頭の中を交錯する。
「で、そのWAVEはまた現れるのかな?」小熊は二人に聞いてみた。何だかそのオレンジライダーを観ていないのが自分だけなのも悔しい。
オレンジライダーは何をしにこんな所を走っていたのだろう……。「もしかして、桜を観に来たのではないでしょうか。うちの店にも、桜を観に来るツーリングの人が増えています……。」と椎が言った。
桜といえば、お寺の古木のほかにも桜並木として人気が出始めた山裾の道も近い。この桜はもう少し後だけれど。
小熊はWAVEというタイのカブと、オレンジライダーを頭の片隅の忘れてもいい部分にインプットした。
数日後の週末、小熊は一人で中央市のバイク中古用品店に向かった。
日野春はまだ桜が咲き始めたばかりで寒いのに、甲府盆地の真ん中に近づくにつれて気温はどんどん高くなった。上着を着ていると暑い位といってもオーバーではない位。
中央市近辺の桜の花もソメイヨシノが満開の少し前位。 山梨は高低差があるため、場所によって花の咲き方がまちまちで、長い間桜を楽しむことができる。
小熊はちょっと小さめのバックミラーを探したが、気に入ったものがなかったので向かいのホームセンターに移動してティッシュペーパーを買い込み、カブに積んで帰ることにした。
帰りはいつもの道とは違う富士川沿いの国道へ出て、そこから広域農道を使って帰るルートを思いついた。
いつもよりも距離は遠いが、信号が少ないしカブに似あっている道だと時分に言い聞かせてキックスタート。
何だかエンジンの調子が悪いのか、スロー回転でのエンジン音が不均等な感じがする。今までカブに乗ってきて感じたことのない……。
山の中の農道でもしカブが止まるようなことがあっては、あとが大変だ。
小熊は農道を走るのをやめて、南アルプス市で高速道路の側道を北上し、いつもの国道20号に戻ることにした。
少し祈るような気持ちで、信号待ちをしているとカブのエンジンがプツンと停まった。
エンストだ……。
ガソリンもちゃんとあるし、理由がわからない……。パンクは直せるけれど、エンジンのトラブルは未体験。
もう少し先に道の駅がある……とりあえずそこまでカブを押して歩くことにした。
春の天気は変わりやすい。押して歩くうちに風が強くなり、気温も下がってきた。ああ、ついてない……そんなことを考えながら道の駅に着くと、そこに黄色いカブが停まっていた。
黄色いカブには、黄色いナンバープレートが付いている。70cc?……見たことにない少し古そうなカブ。
小熊は黄色いカブの隣にカブを停め、自動販売機でコーラを買って一息。
「焦っても仕方ない。エンストの理由はきっとある……。」と、自分に言い聞かせるように目を閉じでじっと考えてみる。
「どうしたの」
不意に道の駅のトイレから出てきた男の人が声を掛けてきた。
オレンジのウインドブレーカーだ……。もしや礼子と椎が言っていたあのオレンジライダーか?でも、置いてあるのは白いWAVEではなくて、黄色いカブだ。
小熊はカブに乗っている人ならば、何かわかるかと少し期待をした。「急にエンジンの調子がおかしくなって……。理由を考えているんです……」
するとオレンジライダー氏は、「悪いけど、俺はあんまりメカは詳しくないんだよね。でも、近くに腕のいいバイクの店があるから、そこへ案内しようか?」と。
「それって、どのあたりですか?」と聞くと2km位だと言うので、そこまでカブを押すか・・・と思っていると、オレンジライダーは背負っていたオレンジ色のデイパックからオレンジ色のロープを取り出した。「これで牽引して、引っ張っていくから」。
カブでカブを牽引する!そんなことできるの?
オレンジライダー氏は、黄色いカブの荷台と小熊のカブのライトの下を3mほどの間隔を開けてロープで繋いだ。
そして、ロープの真ん中を赤いバンダナで縛って、目印した。何となく免許の教本に書いてあったような……。
「じゃあ、俺が引っ張るから。素直に引っ張られてね。曲がるときは合図するから、一度停まって足で蹴って曲がってね。まあ、曲がるのは一回だけだけど。」
バイク店までのルートを教わって、ギヤをニュートラルに入れた小熊のカブは、黄色いカブにゆるゆると引っ張られて行った。
旧道にある小さなバイク店までは、自動車の通行も割とあってドライバーから奇異な目で見られたが、オレンジライダー氏は気にしていない様子。小熊も少し楽しくなってバランスを取りながら引っ張られていた。
バイク店の主人は小熊のカブを調べて「プラグが死んでるね。交換すればすぐ治るよ。」と言った。プラグって高いのかな……と心配になる小熊。
そんな小熊の気持ちが伝わったのか、店主は「程度の良い中古でよければ工賃込みで500円にしておくけど、大丈夫?」と言ってくれたので、お願いすることにした。
プラグを換えると、エンジンの不調は嘘のように無くなって、調子も前よりも良くなったようだった。もしかすると、プラグは少し前からダメになっていたのかもしれない。
オレンジライダー氏は牽引に使ったロープを仕舞いながら「プラグだけで済んで良かったね、これで帰れるよ。」と笑っていた。
小熊は勇気を出して「ありがとうございます。ところで、間違っていたらすみませんがWAVEというタイカブにも乗られていませんか?」と聞いてみた。
オレンジライダー氏は驚いて「何で知っているの?こんな若い女の子に知られているなんて……光栄だなぁ」とがははと笑った。
バイク店主は「この人はね、TONYさんといってね。WAVEとこの黄色いカブの他にも、いろいろなカブを持っているんだよ。いわゆるカブオタクだな!」と一緒に笑った。
黄色いカブには「本田宗一郎」というステッカーが貼ってあった。
「本田宗一郎さんと、おっしゃるのでしょうか?」と小熊が聞くと、オヤジ二人はより大きな声で笑うのだった。
(おわり)