好評?につきもう一話お目汚しですが、私が以前書いたものです。
暇つぶしに宜しければお読み下さい。
「第×××話 富士山ツーリング」
日曜日の朝8時。
四月の北杜市はまだ肌寒いが、晴れて雨の心配はない。
国道20号の牧原交差点には小熊と礼子、椎の三台のカブが集まり、ツーリングは始動した。
小熊が先頭、次に水色のリトルカブの椎、そして最後尾にハンターカブの礼子の順で走っていく。初心者を間に挟むのは、千鳥走行と呼ばれるツーリング隊列の基本形。
互い違いに列を作り、初心者を間に挟んで慎重に走るのだ。
「大丈夫。思っていたよりもいい感じで走れている」と信号待ちで小熊は椎に言った。「お二人が頼りです」と椎がにこりと笑った。「後ろから煽ってくる奴は私に任せて」と礼子もVサイン。
今回は静岡県駿東郡小山町にある本田宗一郎さんのお墓を目指すツーリングだが、なるべく峠道は避けるコースを選んだ。少し遠回りになる分は早めに出ることと、訪問地で長居をしないことでなんとかなるだろう。
国道20号は韮崎までは渋滞がなくスムーズに走れた。ショッピングモールを右折して国道52号で下部温泉を目指すが、信号の間隔が短いのでゴー・ストップを繰り返すうちに桃の花が咲いている畑の脇を通った。甲府盆地は百花繚乱の時期を迎えていたのだ。
「やっぱり春のツーリングは気持ち良い。だけど気をつけないといけない」と小熊がリトルカブを指しながら言った。「それ、前にも言われました」と椎が返す。礼子は笑っている。
鰍沢を過ぎると、富士川に沿って国道は車線を減らし、カブのように遅い二輪車は後続車に気を使いながら走ることになる。これがストレスになる事が分かっていたので小熊は富士川を渡って反対側の県道を南下するルートを調べていた。県道9号は、JR身延線に沿って南下する道。
三台のカブは信号もほとんどない道を気持ちよく駆け抜けていく。道は適度にアップダウンを繰りお返し、飽きることがなかった。
こうして、下部温泉の道の駅に到着して休憩。ヘルメットを外すと春の風が心地よい。でも、この先にツーリング最大の難所が控えていた。
国道300号は下部温泉と本栖湖をつないでいる山の中の道。通過する自動車の数が少ないが、一部区間にカールコードのような急勾配がある。この区間を越えるとサプライズが待っている。
椎のリトルカブを心配したが、体重が軽いせいかぐんぐんと力強く登っていく。「パワーウエイトレシオってやつね」と礼子はつぶやいた。トンネルを抜けると本栖湖畔に出た。そこには美しい富士山が出迎えてくれていた。「五千円札の富士山」で知られている風光明媚な場所。
ここからは峠道を避けるために朝霧高原を抜けて富士山の南をぐるっと回って、目的地である静岡県小山町の霊園を目指すのだ。
国道139号から469号を経て、御殿場を抜け「道の駅ふじおやま」で正午となった。さすがに疲れて手が痺れている。約140キロを4時間で走った事になる。
「さて、お昼ご飯は」と礼子が言いかけた時、椎が「私がお弁当を用意しました!」と言って手を挙げた。椎はリトルカブに着けた鉄の箱からランチボックスを取り出すと中にはサンドイッチが奇麗に並んでいた。
小熊と礼子にエスプレッソを飲まそうと、マキネッタという上下二段構造のコーヒーポットも持参していた。三人は道の駅の隅で、ランチタイムを楽しんだ。
「霊園まではもうすぐ」と言って小熊が立ち上がろうとすると、白いWAVE号の姿が見えた。「オレンジライダー!TONYさんだ!」
小熊は手を振ってWAVEを招き寄せた。「どうしてここにいるんですか」
TONYは富士山の須走口で五合目まで走る「富士山ヒルクライムラン」というイベントの下見に来ていて、偶然に小熊たちに遭遇したのだ。「凄い偶然です」と言う小熊に、「いや、これが本田宗一郎さんのお導きかもよ!」と笑って答え、桜が出迎える霊園にともに行くことになった。
霊園内にある本田家の墓まではTONYの案内で迷わずに行くことができた。いつか礼子が言っていた「WAVEが音もなく走っていた」と言うのは、ノーマルマフラーのままで静かな状態だからであった。
名所として知られる桜の花は八分咲きであったが、「満開ばかりがベストではない」と小熊は思った。
大きく「本田」と書かれた墓に手を合わせて、スーパーカブをこの世に出してくれた人に挨拶をした。TONYは用事があるらしく先に帰ってしまった。
まだ1時半を回ったばかりだが、さほど長居もできない。予定では来たコースをそのまま戻るのが安全な道。
すると椎が口を開いた。「私、篭坂峠を越えてみたいです・・・・山中湖も観たい」
篭坂峠は傾斜のきつい急カーブが連続する峠道。50ccのリトルカブで上るのは大きな危険が伴うが、往路の国道300号の様子から見ても、大丈夫かもしれない。
「何があっても大丈夫だよ、スーパーカブが一緒だから」と礼子が言った。
霊園から国道138号に戻って山中湖方面に向かう3台のカブ。ガソリンを補充して、「いざ篭坂峠へGO!」
篭坂では行き交う車やバスも多く、初心者の椎には恐怖の洗礼となったがトラブルもなく通過することができた。三人は山中湖が見える旭丘の交差点で「やったね!」とハイタッチをした。
山中湖から河口湖、西湖、精進湖を経て、国道358号で甲府盆地を目指した。「もう峠道も大丈夫!」
椎を店に送り届けると、椎の父が三つのカップにコーヒーを注いでくれていた。三人でイートインスペースのテーブルを占拠し「次はどこに行こう?」と話し合った。
春はまだまだ続くのだ。
(おわり)