たった今、水平線まで広がっていたコバルトブルーの海は見えなくなった。
壺の中に戻ったフィニアンの金貨の山が底を塞いでしまうと、巨大クジラとペルセウスがいた時空は、ザワンの小型宇宙船フェアリーシップから切り離されてしまった。
ロミは傍らで見守っていたフィニアンを見た。
「今のは、ほんとうにあのクジラさんかしら」
彼はロミの裸身が気になるようで、目を閉じて指先で自分のこめかみを突いていた。
「ロミ、まずはちゃんとトーガを着てくださいな」
壺を覆っていたロミのトーガを愛の妖精ファンションは優しく剥がし、ふんわりとロミの頭上に舞い広げてくれた。
ロミはするりと黄金色のトーガを身に纏い、フィニアンが脱がした靴を履き直した。
フィニアンは瞼を開けて、小さく息を吐いてから言った。
「そう、あのクジラはロミ、あなたのクジラです」
「12才のあなたが裸で泳いだカリフォルニアの海にいた、あの大クジラ」
そうだった、一緒に遊んだイルカたちの向こうに、あのクジラが私を見守っていてくれた。
「サイボーグ戦士ロミが、アンドロメダと出会ったトリスタン・デ・クーニャ島で、そこに、トーマスが現れて、あなたを助けるために思念を送ったあのときの、エンパシーの伝導者巨大クジラ」
私が初めてエンパシーの力を学んだあのときも、同じクジラさんがパワーをくれた。
「そして砂漠の海で、あなたとトニー・マックスそしてスフィンクスが、大勢の悲しき魂たちを救ったときのドラゴンも、あの巨大クジラでした」
ロミは巨大クジラとの出会いのときを、改めて思い描いていった。
「フィニアン、そうするとパリのモンマルトルからケージを日本に連れて行ってくれたクジラさんは、今もメグミの像を守っているという訳かしら」
すると、ファンションが妖精水のグラスをロミに手渡しながら言った。
「ロミ、メグミがケーイチローを救いに南氷洋を潜ったあのとき、私もいたのよ」
ロミは笑顔を取り戻し、ファンションの小さな身体を抱きしめた。
「そうね、ファンション愛の妖精さん、あなたはイルカさんにもなれるのよね」
「ロミ姉さん、そろそろ元の時間に戻りますよ」
操縦席に戻った万里生が言った。
「そうですよロミ、あの巨大クジラの行方を探さなくては、では元の時間に戻り、博士たちが待っている青山の本部へ帰りましょう」
フィニアンに促されて、ロミたちも席に着いた。
――ユマ、いえ女神ユマーマさま、ほんとうにありがとう。
ロミは目を閉じて、タイムトラベルを行うためにマチュピチュから応援に来てくれた神の使者に礼を言うと、小型宇宙船フェアリーシップ・ユマは、静かに時空を移動し始めた。
次項Ⅴ-109に続く
(写真と動画はお借りしています)
