ロミと妖精たちの物語 34話「灰かぶり姫の涙は黄金色に輝く」① | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

 

ロミはコロンビア大学の編入試験に合格して、十月から通い始めていた。

 

政府は燃料の備蓄を優先し市場への供給を抑制しており、大学もこれに従い生徒のマイカー通学は原則禁止され、放課後の学内はローラースケートやスケボー自転車で賑わっていた。

 

秋だというのに連日の暑さにも関わらず、冷房は自粛され、学生たちは半袖やタンクトップにショートパンツという姿が大半だった。

 

ロミは長袖Tシャツにジーンズを穿き、足元はジョギングシューズといういつものスタイルだった。夏から身長が三インチ伸び、腕の筋肉も目立ち始め、長袖を着るようになっていた。父親ゆずりの筋肉質な身体が、長い手足とバランス良く美しかったが、本人は気に入らなかった。

 

入学してしばらくは、あの聖少女ロミが入学したと話題になり、周囲の目が気になったが、なるべく地味に過ごし、今では注目を浴びることも少なくなったと、本人は勝手に思っていたが、その容姿と美貌は学生たちには眩しく映り、単に近寄りがたく思っていて、学生たちは男女を問わず皆、憧れを持って見守っていたのだが。

 

 

「ロミ、ちょっと待って」

 

胸しか隠さないへそ出しルックに、ミニスカートから細い脚をむき出しにした長い赤毛の女学生が、ハイヒールをカタカタ鳴らして近づいてきた。

 

「私も今終わったところよ、一緒に帰りましょ」

おへそにケルト十字のピアスを付け、三インチのハイヒールを履いた彼女がロミに並ぶと、視線はちょうど同じ高さにあった。

 

 

「ガーティー、どうしたのその格好」

ロミは周りの視線を気にしながら言った。

 

「学園祭の女王のオーディションがあったの、ジェーンに勧められて出たのよ。それでおしゃれをしてみたの、トニーは褒めてくれたけど、だめかしら」

 

「ううん、そうじゃないの、似合ってるわ、とっても素敵よ、ちょっとびっくりしただけ」

「文学部の女の子は、みんなミニスカートにタンクトップよ、医学部もみんな短パン姿でしょ」

優しいガーティーは、ロミの服装のことまでは言わなかった。

 

 

「そうね、別に驚くことではなかったわ、それで、オーディションの結果はどうだったの」

 

「みんな背の高いきれいな子ばかりで、かえって私だけ目立っちゃったのね、女王に選ばれてしまったのよ。今年の出し物はね『ユリシーズ』よ、ホメーロスの『オデュセイア』を骨組みに、当時としては斬新で複雑な文体で、私の曽々祖父が書いた本なの、ロミも知っているでしょ」

 

著者はジェームス・ジョイス、イギリス近代文学の中でも難解な小説として、大学の講義では必ず課題として取り上げられる実験的な文学小説だ。

 

「ええ、知ってるわ、ブルームとディーダラスの二人の酔っ払いが、ダブリンの街をさまようお話でしょ、まさか酒場の踊り子の役をするの?」

 

「違うわ、私の役は第九挿話『王女ナウシカ』よ、そう、おじいちゃんの本ではガートルードが主人公よ、脚の不自由な露出趣味の女の子、ブルームを誘惑するのよ」

 

「まあ、名前まで一緒なのね、それに今日のあなたの格好にぴったりだわ。まさか学園祭に、アイリッシュのケネディjr大統領が来るわけじではないでしょうけど、なんでダブリンなの」

 

 

 

 

 

 

「それがそのとおりなのよ、アイリッシュの大統領が今度のケネディ大統領で七人目ということが大きな理由らしいの、それにコロンビア大学のOBでもあるし、何といってもあっちの妖精の方が強いからだわ」

 

「そうでしょうとも、ところでガーティー、どうやって編入試験で満点をとったの」

「あっ、トニーから電話だわ、ちょっと待ってね」ガーティーはPHを取りだした。

 

「なあにトニー――うん、今ロミと一緒よ――えっ、そうなのすごいわ――わかった、ロミに伝えるわ、じゃあね」

スイッチを切ると、ショルダーバッグにそれをしまった。

 

トニーとの連絡は特別なことが無い限り、携帯電話など一般の通信を使うようにしているが、今日のオーディションに着ていく衣装については、昨夜彼のテレパシーを使って見てもらっていたのだ。

 

彼の思念は世界中に届くほど強くなっており、超能力者たちが増えている中、不用意にテレパシーを使うと、情報が混乱してしまう恐れがあった。

 

「トニーがね、ほらフレッドとマチピュチュへ行ってたでしょ、その仕事が片付いたので、今からニューヨークへ帰ってくるってゆうの、それで博士の家に行ってみんなで食事をしようって言ってきたの、ロミも一緒にね、いいでしょ?」

 

「もちろん大歓迎よ、で、編入試験のことはどうなの」

 

そう言ったあとでロミは後悔した。どうしてガーティーに意地悪なことを言ってしまったのだろうと、ロミは唇を噛んだ。

 

ガーティーはロミの手を取り、人通りを離れ、植栽に囲まれた大きなマグノリアの木陰に連れていくと、周りに人がいないことを確かめて、声をひそめて言った。

 

「ロミ、イギリス文学って簡単なのよ、試験に数学も物理も出ないの、自主論文と文学史とあとは与えられた課題にたいする、文学者たちの評価と自分の評価の比較と歴史的考察、それだけよ」

「ロミ、ここだけの話、大学が考える問題については、私はたぶん全部知っていることなのよ、教わらなくてもね。大学に入った目的は、図書館を自由に使えることと、教授たちの文学の系統的な教養を学ぶためなの」

 

「そしてロミ、あなたとこうして一緒にいたいからなのよ」

 

 

 

 

ロミはマグノリアの巨木の幹に背をもたれ、教科書を入れたバッグを両手で抱え、うつむいて視線を地面に落としたまま、顔を上げることも出来ずに言った。

 

「ごめんなさいガーティー、私つまらない質問をしたわ」

ロミは恋も大学生活も順調に送っているガーティーに対し、嫉妬している自分に気が付いて恥ずかしいと思った。

 

「いいのよロミ、医学部の試験がどれだけ難しいか、分かっているわ、頑張ってね。私も次からは満点を取らないように気を付ける、九十点くらいにするわ」

二人は小さく笑い、お互いの頬にキスをした。

 

ロミはガーティーの思いやりに感謝して、にっこりと微笑んだ。

 

その時だった、ガーティーはロミの黄金色に透き通った瞳に魅入られてしまった。

「ロミ、とっても綺麗な目、なんだか吸い込まれてしまいそうよ、背も高くなっているし、ロミはだんだんアンドロメダに似てくるみたいね」

 

マグノリアの巨木にもたれているロミの瞳に吸い寄せられるように顔を近づけ、ロミのあごを掴みそっと口づけをした。バッグを抱えているロミは抵抗しなかった。

 

ガーティーはしばらくそのままでいたが、ロミの口がゆるむと、そっと舌を差し入れてみた、そして抵抗しないロミの舌に絡み付こうとした。

 

「うぷっ、どうしたのガーティー」

ロミはバッグを持つ腕でガーティーを押しのけた。

ガーティーは不慣れなハイヒールによろめいたあと、放心したような面持ちでロミを見ていた。

 

「私いったい何をしているのかしら、ロミごめんなさい、ねえこの木から離れましょう」

 

ガーティーはロミの手を取り再び道路の方へ戻り、自分たちを幻惑させたマグノリアの巨木を見上げた。

 

春に白い大きな花を咲かせるマグノリアは、昔から花の咲く向きによってその年の天候や豊作を占ったり、旅をする妖精たちが宿代わりに居付いたりすることも有るといわれている。

 

ましてこの巨木は三百年を超えて生きており、その霊性はかなり強いものと思われた。

 

「あっ、居た、ガンコナーだわ」

ガーティーは右手の人差指を立て、巨木の中央の大きく伸びた枝の葉むらに向かって鋭い息を吹きかけた。

 

すると、ざわざわと揺れる枝の間から小さな男が落ちてきた。小さな男は立ち上がると、照れくさそうに歪んだ笑顔を見せて、恐るおそる二人に近づいてきた。

 

「女王様おゆるし下さい、あまりにもお二人がお美しいので」

と言って頭を下げた。

 

 

 

 

ガーティーは値踏みするように小さなガンコナー妖精を見た。

背丈は四フィートぐらいで、ハイヒールを履いているガーティーのバストの高さに頭があり、五頭身ぐらいに見えるが、赤茶色の髪はきれいに櫛で分けられ、ライトグリーンのスーツに黄色の蝶ネクタイ、靴もグリーンのエナメルシューズと、上から下まで森の保護色に包まれている。顔は面長で鼻が高く、口はいかにもよく喋りそうに前に出ている。

 

キザでおしゃれなガンコナー妖精は垂れ目の大きな目を見開いて、何を命令されるか心配そうに妖精の女王を見上げていた。

 

「ガンコナー、あなたの名前は?」

妖精の女王ガートルードが訊ねた。

 

 

 

 

「フィニアンと申します」

ちいさな男は困ったように答えた。

 

ガーティーはアイルランドの古語、ゲール語でフィニアンに何ごとかを言った。

 

すると、ダンディーな格好をした小さないたずら妖精ガンコナーは、困ったような笑顔を見せて妖精の女王にお辞儀をしたあと、ロミにウインクをして、そのまま空気に溶け込むように見えなくなった。

 

フィニアンが姿を消すと、それまで青々と葉を繁らせていたマグノリアは急に姿を変え、黄葉した葉が今にも舞い落ちてきそうな晩秋の装いとなった。

 

「ロミ、ごめんなさい、私たちいたずら妖精にたぶらかされちゃったみたい。トニーとの電話で私の気がゆるんでいたのね、でもあれで彼は私たちにあいさつをしたつもりなのよ」

 

「ニューヨークにも妖精がいるのね、驚いたわ」

ロミはマグノリアの黄葉が、ゆっくりと地面に舞い落ちてゆくのを見ながら言った。

 

「うん、陽気な集団妖精たちはいないけど、孤独なタイプの妖精は時々旅人にくっ付いてよその国へ行ったりしちゃうのよ」

「たいていは地元の精霊とうまくやっていけなくて、あっちこっち転々として、やがて故郷へ帰ってしまうのだけれど、都会では人間が多すぎてよそ者も気にならないみたいね」

 

「ガンコナーは基本的に怠け者だけど、善良な人には尽くす妖精なの、美人が好きで、いたずらもするけど、困った時には手助けをしてくれるのよ、用が有るときに呪文を唱えて彼の名前を呼べばすぐに現れるわ、でも用事のないときは呼んではだめよ、すぐ調子にのるんだから」

 

ガーティーの話を聞きながら、ロミは歩道を通行する学生たちの視線を気にしていた。

 

「ロミ大丈夫よ、妖精の姿は普通の人には見えないのよ、彼らは見せたい相手にしか自分の姿を見せないの、名前だって覚えて欲しい相手にしか教えないのよ」

 

「さっきのガンコナーはね、ロミが気に入ったのよ、でも気を許すとすぐ調子に乗るから、どうしても来てほしい時だけ名前を呼ぶのよ、わかった?」

 

「ガーティー心配しないで、私は大丈夫よ」

 

ロミは改めてガーティーの肩を抱き、優しく微笑んだ。

 

 

次項につづく

 

 

 

 

 

またまた火魔人さんの動画をお借りしています。

中元すず香さん世界へ飛び出すまで