ロミと妖精たちの物語15 第3章「アッパーウエストの聖女」① | 「ロミと妖精たちの物語」

「ロミと妖精たちの物語」

17才の誕生日の朝、事故で瀕死の重傷を負いサイボーグとなってし
まったロミ、妖精と共にさ迷える魂を救済し活動した40年の時を経て
聖少女ロミは人間としてよみがえり、砂漠の海からアンドロメダ銀河
まで、ロミと妖精たちは時空をも超えてゆく。

 

 

 
ロミと妖精たちを乗せたアメリカ軍の超音速ジェット機アタッカーが、夕暮れの空軍基地から飛び立って行くのを、博士とジェーンは空港ビルから見送った。
 
地平線の向こうに沈んだばかりの太陽を追いかけ、その残光を反射しながらアタッカーは、まるでそのまま宇宙空間へ飛び出してしまいそうなほどのスピードで、西方へ、太陽に向かって飛び去って行った。 
 
博士はラウンジの窓越しに、アタッカーが消えた西の空を見つめながらジェーンに訊ねた。
「ジェーン、君は行かなくてよかったのかね」
 
「ええ、兄のことだったら、ロミに任せた方がいいと思います。――それに、博士あなたこそ、ご実家へ行った方がよかったのでは」
 
博士は、ジェーンをまぶしそうに見た、そしてジェーンは小さく笑みを返した。
 
妖精たちを乗せたアタッカーは、上空3万メートルの成層圏を超音速で北周りに日本を目指していた。
 
はじめガーティーは「超音速だなんて、私は遠慮するわ」と尻ごみしていたが。
「ガーティー、今回は急を要しています」とミドリに言われ。
 
「それに相手の正体がまるで分からないし、やっぱり私たち四人、一緒にいたほうがいいと思うわ」とロミに説得された。
 
離陸まで石のように固まっていたガーティーも、安定高度に達すると、ほっとしたのか小さな丸窓から外の景色を興味深そうに見入った。
 
「超音速といってもたいしたこと無いわね、さっきから太陽は同じ所にいるわ」
「ガーティー、だから超音速なのよ、夕方ニューヨークを発った私たちが、四時間後に高知に着くころには太陽に追いついてお昼前なのよ。いえ、むしろ先に私たちが着くわね」
 
アタッカーは丸い地球を近回りするために、北太平洋を横断する。ベーリング海から高知を目指すときには南に向かうことになり、すでに太陽を追い抜いていることだろう。
 
 
「ところでロミ」 ミドリが声をかけてきた。
「最後に映った映像ですが、あまり気にすることはないと思います。あれは、あくまでトニーの人視線画像です、現実に起こったことではないと思います」
 
「あら、ミドリ、私おばあちゃんに嫉妬してなんかいないわよ。おばあちゃんは日本人よ、あそこに映っていたのは年を取った私かも知れない、きっとまだトニーの時間が混乱しているのよ、ご心配なく。――でも、ありがとう」
 
三人の妖精たちは、ロミのおばあちゃんに会ったことがないので、少し誤解をしていたようだ。ロミは自分の母親を知らないが、ドイツ人であることは知っていた。日本人とヨーロッパ人の血を受け継いでエキゾチックな容貌のロミが生まれたのだ。映像のおばあちゃんはロミに似すぎていた。
 
機内では、飛行機に乗りなれないガーティーが、様々なことについて質問し、ミドリが一つひとつていねいに答えていた。
 
二人のおしゃべりを聞きながら、ロミは窓から遠い空を眺め、高知にいるトニーとおばあちゃんたちのことを考えていた。
 
――でも、いったい何故今ごろトニーは映像を送ってきたのかしら。私が目を覚ますまで、待っていてくれたのかしら。
 
 
 
 
 
 
基地から国連本部までは距離にして約五十キロ、地下を走るR.M.T(リニアモータートレイン)で途中いくつかの停車駅があるが、直通では三十分ほどの時間で着く。
 
博士とジェーンは国連本部へ帰り着き、研究室に向かった。
「ロミたちが向こうに着くまでまだ三時間くらいあるわ、少し休みましょう」
 
二人が乗ったシースルー・エレベーターの窓の向こう、すっかり闇に包まれた空に浮かんだ上弦の月を見ながら、彼女は博士のたくましい身体に腕をまわした。
 
まるで三十年間の空白なんて無かったことのように、ごく自然に二人は寄り添った。
「そうだね、すこし疲れた、おいしいコーヒを入れよう」
 
昨日の朝、妖精の女王がロミの部屋に現れてから、めまぐるしく事が進んだ。博士はジェーンの肩を優しく包みながらエレベーターを下り、いたわるように部屋までエスコートした。
二人は研究室の中にある博士の個室に戻った。
 
博士がキッチンに入っている間、ジェーンはソファーに座り、ゆったりと背中をもたれてまどろんだ、閉じた瞼の中で過去の出来ごとを思い出していた。
 
ロミの記憶を補足するいくつかの出来ごと。
事故の時のトニーの行動と、それによって重傷を負いロミと共に受けた博士の手術。
 
――子供だった私は博士を偉大だと思い、また恐ろしくも感じていたわ。
 
手術は無事に終わり、二人は順調に回復してゆき、先に治癒したトニーがリハビリを受けながらロミを看病した。
 
そして成長ホルモン/イコール老化遺伝子を塞がれ、 不滅のサイボーグ戦士となって生まれ変わったロミ。事故のショックで記憶を失い、空っぽになってしまった彼女の心を、私たちは必死で埋めようとしたけど、博士の実験的手術により新たに芽生えた能力が勝り、そのまま宏美は長い眠りについた。そして、伝説のサイボーグ戦士、聖少女ロミが誕生した。
 
博士が大皿に盛ったサンドウィッチと、入れたてのコーヒーを持ってきた。
「冷蔵庫の有り合わせで作ったけど、召し上がれ」
博士はジェーンの隣に腰を下ろした。
 
ずっと独身を通してきた博士は、料理がとても上手い、家事も手際よくこなしていく。
「とてもおいしいわ、博士――ケージロー」とジェーンは美しい笑顔を見せた。
 
「よかった、それからコーヒーは、エスタが持ってきてくれたエチオピアコーヒーだ」
「エスタって、ほとんど口をきかないけれど、とてもきれいな人ね。ロミも含めてあの人たちは私よりも五才も年上なのに、私ひとりおばさんで、ちょっとショックだわ」
 
博士はジェーンの肩に腕をまわし、そっと抱き寄せた。透き通った青い瞳の上に広がる、なめらかでかたちよい彼女の額に軽く唇をつけ、そのまましばらく目を閉じた。
「君だって三十年前から少しも変わっていない、あの57年ミスアメリカのままだ」
 
博士はジェーンのあごを引き、正面からその美しい顔を見つめた。彼女は大きく目を見開き、その青い瞳が金色の光彩に包まれて潤み、博士の黒い瞳を見つめた。
 
徐々に二人の顔は近づき、お互いの息づかいが絡み合う。博士はジェーンのあごから手を離し、かたちよい両の耳をつまみ、手のひらでそっと頬を包み、ゆっくりと唇を重ねた。やがて味わうように情熱的なくちづけとなり、彼の手はブロンドの髪を撫で、滑らかな首筋から肩におちてゆき、ジェーンの豊かな胸にたどりついた。
 
玉ねぎと胡椒の匂いの混じり合った情熱的なくちづけを交わしながら、彼は大きな手で彼女の乳房を柔らかく包み、控えめな愛撫を始めた。
 
そしてもう一つの手は、まるで彼女の鍛えられた背筋を確かめるかのように、背中からゆっくり撫で下ろしてゆき、そして、引き締まったウエストから腰骨に届いたとき、彼女はその手をそっとつかんだ。
 
「ごめんなさい」
ジェーンは唇を離した。
 
「三十年も経ってしまったけれど、私の愛はかわらないわ、信じて」
「でもまだ昨日の今日よ、私にも心の準備が必要なの、ね、待ってくれる?」
 
「ごめん、身も心も君は三十年前のままだ、なんていうか、愛している、心から」
博士はジェーンの額にそっとキスをして、ソファーから立ち上がった。
 
 
 
次項につづく